ブリヂストンがMotoGP(ロードレース世界選手権)でタイヤサプライヤーだった時代に総責任者を務め、2019年7月にブリヂストンを定年退職された山田宏さんが、その当時を振り返ります。今回は、マルク・マルケス選手が最高峰クラスにステップアップしてバレンティーノ・ロッシ選手がヤマハに復帰した2013年シーズンに向けた、ブリヂストンの取り組みについて。
TEXT: Toru TAMIYA PHOTO: DUCATI
2013年に向けたシーズンオフのテストでは大きな変更こそなかったが……
2012年のMotoGPクラスは、1000cc化された初めてのシーズンでしたが、前年の800ccから排気量がアップしたことにより最高速はシーズン平均で10km/hも速くなり、車重が増えたことでブレーキング時の負荷も増加したことから、タイヤにはより厳しい条件となりました。もちろん、それはシーズン前から我々も予想していたところで、以前からあった耐熱構造スペックをより多くのコースで投入するなどの対策をしました。結果的に、ポールポジションタイムは前年と比べて10大会で速くなり、全大会平均で約0.2秒のマイナス。決勝のトータルタイムは9レースで短縮され、平均で10秒ほどゴールタイムが短縮されました。もちろんこれらは、エンジンの排気量アップやマシンの進化によるところが大きいのですが、それに対してタイヤもしっかり対応できていて、グリップダウンが少なかったという証拠でもあります。
この年、左右非対称スペックは17レースに投入。年間18戦でしたから、1戦を除いてすべてのレースで左右非対称コンパウンドを使ったことになります。また、選手全員が決勝用に同じスペックを選択して、“ワンコンパウンド”となったレースも数戦。ブリヂストンはMotoGPにおいても、「よりワイドレンジに」という目標を掲げながらタイヤ開発を続けてきましたが、全員が同じスペックをチョイスするということは、それがある程度のレベルで達成できていたということです。
そのため、翌年(2013年シーズン)に向けては、大きくタイヤの構造などを変更することなく、リヤタイヤのハードコンパウンドのみ少し変更を加える方向でシーズンオフのテストに臨みました。この時代、ファクトリーマシンの電子制御はどんどん進化を続け、これにより加速でリヤタイヤがスピンする量が減少。結果として、リヤタイヤのライフが持つようになり、決勝レースで使用する(選ばれる)タイヤのソフト化が進みました。そこで、ハードコンパウンドをより使いやすい仕様に改良しようと考えたわけです。
ちなみに2013年は、アロケーションの内容にも少し変更が加わりました。2011年の途中から、すべてのレースにソフトコンパウンドのフロントタイヤを設定し、ソフトがレギュラースペックに設定されていないラウンドでは3種類のフロントタイヤを用意して9本を供給していたのですが、オプション設定していたフロントタイヤは、実際に使われることがほとんどありませんでした。そのため2013年は、この制度を廃止して全ラウンドで前後とも2種類のスペックを供給することに統一。ただし本数については、ライダーやチームなどからの要望により1大会9本を供給することにしました。
またリヤタイヤは、予選方式が変更になったことから、アロケーションする本数を増やしてほしいという強い要望をライダーやチームなどから受け、前年よりも1本増となる1ラウンド11本の供給にしました。予選は、3回のフリー走行にも順位を与え、その11位以下がまずQ1を走行。次にフリー走行のトップ10とQ1の上位2名がQ2を走り、予選の上位12番手までを決め、13番手以下はQ1の結果により決まるという、現在とほぼ同じ方式となりました。これにより、前年以上に3回のフリー走行が重要になるため、走行時間は変わらないとはいえタイヤ本数を増やしてほしいとお願いされました。予選方式の変更は、興行としてよりMotoGPを盛り上げるために考案されたものですから、我々もできる範囲で協力しようということになりました。
量産エンジンベースのほうがリヤタイヤは発熱する?!
一方で、2012年から導入されて2年目を迎えたCRT(クレーミング・ルール・チーム)には、プロトタイプマシンよりもワンランクソフトなタイヤを供給することにしました。これは、MotoGPを運営するドルナスポーツのカルメロ・エスペレータ会長から要望を受けたものです。CRTは、メーカーの撤退などで慢性的な参加台数不足に悩んでいたロードレース世界選手権の最高峰クラスに、より多くのチームが参加できるチャンスを与えることを目的に設立されたルール。量産車用をベースとするエンジンをオリジナルの車体に搭載したマシンで参戦できたのです。2012年のCRTマシンは、ワークスマシンと比べて1周で4~5秒も遅いことがほとんど。そのため、よりソフトなタイヤを使えるようにして、タイム差を埋めよう……というのがエスペレータ会長たちの考えだったようです。
ただし2012年の後半あたりから、CRTマシンはだいぶ速くなってきて、こうなるとむしろリヤタイヤの発熱量がプロトタイプマシンよりも多いという事態に……。CRTマシンの電子制御はプロトタイプマシンと比べて粗く(2013年からCRTマシンはマニエッティ・マレリ社のECUを使用)、しかもパワーはプロトタイプマシンほどないので、スロットルを“バカ開け”しながら走るライダーも多く、スピン量の増加から発熱しやすい傾向にあったのです。
エスペレータ会長としては、「よりソフトなタイヤを使えれば、ラップタイムは短縮できるはず……」という思惑があったようですが、我々としてはむしろよりハードなコンパウンドを履かせたかったくらい。過度な発熱による故障のリスクを低減できますから……。その点で、何度かエスペレータ会長と話し合いを持ち、CRTマシンにソフトコンパウンドを供給することはやめてほしいと訴えましたが、やはりタイム的な劣勢をタイヤでもサポートしてほしいとの強い考えがあり、結局のところCRTマシンにはワンランクソフトのリヤタイヤをアロケーションすることに決定しました。
そのため開幕前のテストでは、タイヤサイドに入れるカラーラインのテストも実施しました。2012年まで、ソフト側のタイヤにはサイドに白いラインを入れて、どちらのコンパウンドを使っているのか目視で簡単に確認できるようにしていたのですが、2013年は各ラウンドでリヤには3種類のスペックが混在することになります。そのため、3種類のスペックを色分けしたかったのですが、これが意外と大変でした。
いくつかのメーカーから塗料を取り寄せ、ときには一緒に改良しながら、塗装の作業効率がいいこと、視認性に優れること、走行中の色落ちが少ないことを評価していったのですが、なかなか採用決定には至らず……。それまで使ってきた白の塗料は、四輪のF1参戦時に塗料メーカーと共同開発したくらいですから、タイヤに使えて条件を満たす塗料をつくるのは難しいのです。
理想としては、リヤタイヤはエキストラソフト、ソフト、ミディアム、ハードの4種類の色分けにしたく、白のほかに赤、黄、緑などをテストしたのですが、元々白文字の「BRIDGESTONE」ロゴがあることもあり、黄色と緑色はテレビ画面での視認性が悪く諦めました。結局ソフト側から白、黒(色なし)、赤として、CRTマシンには白と黒、プロトタイプマシンには黒と赤という色分けにしました。タイヤの性能とは直接関係ないのですが、よりMotoGPを盛り上げるため、ブリヂストンはこのようなことにも取り組んできたのです。
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