マルケスはスーパーセーブ発動

世界GP王者・原田哲也のバイクトーク Vol.80「スタートから数百メートルの攻防で勝敗は決していた」

1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第80回は、MotoGP第6戦スペインGPのハイレベルな戦いについて。


TEXT:Go TAKAHASHI PHOTO:YAMAHA, DUCATI, HONDA, Red Bull

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ペースがよかったのはクアルタラロのほう

MotoGP第6戦スペインGPは、「ようやく」という感じでドゥカティのフランチェスコ・バニャイアが優勝しました。最新型エンジンがピーキーな特性で、車体の挙動にも良からぬ影響を与えていたようで、開幕からここまで苦戦していましたが、やっとセッティングがまとまってきましたね。

2位のファビオ・クアルタラロとの勝負は、決勝レーススタート直後の1コーナーで決まっていました。クアルタラロとしては、あのタイミングでバニャイアの前に出ることしか勝つチャンスはなかった。逆に、バニャイアとしては何としてでもクアルタラロを抑えたかった。スタートから数百mのハイレベルな攻防で、勝敗が決していました。

レースウィークを通していいペースを維持していたのは、クアルタラロの方だったんです。FP4までの各セッションのタイム動向をチェックしましたが、クアルタラロがもっとも早く、安定していた。バニャイアはポールポジションこそ獲得したものの、安定性ではクアルタラロに届いていませんでした。

中盤にやや差は広がったものの、終盤にかけてクアルタラロが追いついて僅差のゴール。

レースがスタートし、トップで1コーナーに飛び込むホールショットを奪ったのはバニャイア、2番手はクアルタラロ。ストレートスピードが高いドゥカティと、コーナリングスピードが高いヤマハのバトルになりましたが、最初からバニャイアがレースを支配していました。

ストレートで引き離されるクアルタラロは、コーナーではバニャイアの背後に迫ります。しかし頭をバニャイアに押さえられているため、自分の理想とするコーナースピードで走れません。そうすると思うような立ち上がり加速ができず、スロットルを大きく開けてしまい、リヤタイヤを傷めがちなんです。そしてストレートエンドでも引き離されないようにブレーキングを頑張るので、フロントタイヤも傷めがち……。最終的に両者の差は0.2秒でしたが、クアルタラロは数字以上の差を感じていたでしょう。

アレイシ・エスパルガロ、マルク・マルケス、ジャック・ミラーの3人による3位争いも見応えがありましたね~! あのバトルのキーマンは、やはりマルケス。ブレーキングはめっぽう強いけどコーナリングスピードが上がらないマルケスに対して、エスパルガロとミラーはなかなか自分のペースで走らせてもらえません。マルケスの前に出ても、すぐブレーキングで抜き返されてしまいます。

でも、マルケスが転びそうになったところを見逃さず前に出たエスパルガロが、その瞬間の差を足がかりにして「マルケス・ブレーキング」の魔の手から逃げることに成功。一気にマルケスを引き離すと表彰台を獲得しました。なかなか見事なレース運びだったと思います。アプリリアはこれでコンセッション(優遇措置)の対象外に。いよいよ群雄割拠という感じになってきました。

ちょっと気がかりなのはマルケスです。バトルになれば強さを発揮するものの、まだまだ本調子とは言えなさそう。予選では必ず誰かの後ろについて引っ張ってもらっている状態です。複視の影響が残っているのか、腕が完調ではないのか、それともレース勘がなかなか戻らないのか……。原因は分かりませんが、全盛期の勢いは取り戻せていません。とはいえ、レース中に見せたスーパーセーブはいかにもマルケスらしいもの。復調に期待したいですね!

普通なら完全に転倒していたはずでも、ウルトラ反射神経で持ち直す。こんなマルケスらしさ全開のスーパーセーブは久しぶりで、復調の兆しと見ることもできそう? ゴールした後のシーン(写真右)でも車両を路面に擦った跡はない。

勝負強さに欠けるミラーは、来季どうなる?

エスパルガロ、マルケス、ミラーのバトルでしたが、どうしても印象に薄いのはミラーの存在です。Moto3では’14年に6勝してランキング2位、MotoGPでもこれまで通算3勝を挙げているミラーですが、抜かれてしまうとそのままズルズルと下がってしまう展開が多いように感じます。

本当に強いライダーは、逆。レース中のバトルで後続に抜かれたとしても、「抜かれた」というより「あえて前に行かせた」という受け止め方です。実際、前に他のライダーがいるとペースを乱されがちな反面、走りやすくてラクな部分もあります。もちろん引き離されては意味がないので着いていかなければならないし、自分のコンディション次第では頑張りも必要です。

でも、強いライダー、チャンピオンになれるライダーが常にイメージしているのは、「チェッカーを受ける瞬間」。それまでのバトルで抜かれても、「別に……」という感じであまり気にしません。むしろ、後方からライバルのライディングを観察できる絶好のチャンス。マシンの特性差を見極めたりしながら、勝負どころを決めて行きます。

もちろん、レース展開はさまざま。バニャイアとクアルタラロが見せたレースのように、恐ろしくハイレベルでスタート直後に勝敗が決してしまうケースもありますし、今説明したように、いったんは後ろに下がって改めてチャンスを伺う戦略もあります。そういう引き出しの多さが「勝負強さ」ということなんですが、ミラーにはそれが少し不足していますよね。

来季はドゥカティのファクトリーチームのシート喪失という噂も聞こえているミラーですが、常勝が義務付けられているファクトリーなら仕方ないことです。ミラーの後釜にはホルヘ・マルティン、エネア・バスティアニーニの名前が挙がっていますが、実はこのふたり、ジジ(ドゥカティのゼネラルマネージャー)が早くから期待していたんです。

その時点では両者とも今ほどの活躍をしていなかったので、僕としては「ホント~?」と若干疑いの眼差しでしたが(笑)、さすがにジジは見る目がありますね。ただ、ふたりともまだ転倒が目立ちます。速さがあるマルティンに対して、タイヤマネージメント能力はバスティアニーニの方が高そう。さて、ドゥカティ・ファクトリーはどちらのライダーを選ぶのでしょうか……?

今ひとつ存在感を見せつけられないジャック・ミラー(左)。すでに今季2勝を挙げたエネア・バスティアニーニ(中央)と、昨季ほどの活躍は見せていないものの速さは持っているホルヘ・マルティン(右)が虎視眈々とファクトリーマシンのシートを狙う。

小椋藍くんには日本人のGP優勝回数記録を抜いてほしい!

Moto2では小椋藍くんがついに初優勝を遂げました。ポールポジションから飛び出し、ホールショットも奪い、1度も他のライダーを前に出すことがなかった完全勝利です。トップを延々走る展開は、自分でレースをコントロールできる一方で、ずっと単独走行のプレッシャーがかかり続けるわけでもあり、他と競り合っている時よりもずっと長く感じたはずです。精神的な負担はかなり大きかったはずですが、初優勝とは思えないほどの見事なレースでした。

が……、意外にもGPデビューしてから60戦めでの初勝利なんですよね。存在感があるライダーなので、今まで勝てていなかったのが不思議なぐらいです(笑)。しかし、小椋くんはここからが本当の勝負ということになるでしょう。1回勝ったことで自信は得たはず。それをどれだけ自分のものにして、いつ早く次の勝利につなげられるかが大事なポイントになります。

でも小椋くん、今21歳という若さなんですよね。21歳といえば、僕はまだ全日本で岡田忠之さんからタイトルを奪えず、ジタバタしていた頃(笑)。一方の小椋くんはMoto2で勝ったわけですから、この先何回勝ってくれるのかが本当に楽しみ。僕のGP優勝回数は17回で大ちゃん(故加藤大治郎さん)と日本人タイ記録だけど、小椋くんなら記録を更新してくれるのではないかと期待しています。

勝利は近し! を印象づけていた小椋藍選手がついに初勝利。チームメイトのソムキアット・チャントラ選手が先行して初勝利を挙げたのも刺激になったはず。

奥さんも娘たちもモナコに帰ってしまったゴールデンウィークは、NetflixでF1のドキュメンタリー「Drive to Survive(栄光のグランプリ)」を観ていました。ものすごく面白くて、止まらなくなる! 演出過剰という批判があったり、「撮影には協力しない」というドライバーもいたりと賛否あるようですが、より多くの人にF1の魅力を知ってもらうという意味では、僕は大いに賛成派。実際、アメリカでは「Drive to Survive」ブームのおかげでF1人気が高まっているそうですし、何ならMotoGPバージョンにも期待してしまいます。

渋滞がひどかったのでツーリングには出かけませんでしたが、トライアルには行きましたよ。これがまた、難しくてちっともうまくならない!(笑)「下り坂を下り切ったところで左にグルッと曲がり、また上る」と、言葉にするとものすごくシンプルなんですが、これが全然思い通りにできないんです。

左ターンのポイントは逆バンク状態なので、まずちゃんと曲がってくれない。マシンが明後日の方向に行きそうになります。じゃあ、とフロントに荷重をかけようとすると、思わずかけすぎてしまいハンドルが切れ込む。どうにか曲がれて不用意にスロットルを開けると、リヤタイヤがスピンしてしまう。1度スピンが始まると、もうどうにも上れない……。どうしたらいいんですか?(笑)

やらなければいけないことは分かっているんですが、それが実践できないんですよね。サーキット走行会で先導させていただくと、よく「原田さんのライン取りは分かっているけど、同じラインを通れません」と言われるんですが、その気持ちがよく理解できる!(笑)分かっちゃいるけど、できないもどかしさ。

オンロードにはスピードという武器があります。スピードによって勝手に荷重がかかったり勝手にグリップが得られたりする。レーシングライダーはスピードと戦っていますが、スピードに助けられてもいます。でもトライアルにはスピードがない。極低速で行う競技だから、荷重やグリップを自分で生み出さなければいけないんです。これが難しい……。そして面白い……(笑)。

このコラムでも何度かトライアルについては紹介していますが、1度やれば誰もがハマる奥深さ。「下り坂を下り切ったところで左にグルッと曲がり、また上る」なんて、やってることは見た目にも地味ですが(笑)、ぜひ皆さんにも体験していただきたいカテゴリーです。やめられなくなりますよ!

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