新しいテクノロジーか、興行としての面白さか

世界GP王者・原田哲也のバイクトーク Vol.79「クアルタラロのスキルは頭ひとつ抜けているけれど……」

1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第79回は、日本メーカーがようやく挙げた初勝利についてなど。


TEXT:Go TAKAHASHI PHOTO:YAMAHA, SUZUKI, HONDA

ミシュラン パワーGP2

「日本メーカーが勝ってほしい」という特別な思いはない

MotoGP第4戦アメリカズGPはドゥカティのエネア・バスティアニーニがタイヤをうまくマネージメントして優勝。そして第5戦ポルトガルGPはヤマハのファビオ・クアルタラロが独走優勝を果たしました。バスティアニーニは今季2勝目、クアルタラロは今季初優勝でしたね。

実はこの第5戦でヤマハが優勝するまでの4戦は、第1戦ドゥカティ、第2戦KTM、第3戦アプリリア、第4戦ドゥカティと、すべて海外メーカーが勝利していました。グランプリの最高峰クラスで日本メーカーがこんなに勝てないことも、めったにない珍事。僕はちょっと記憶にありません。

この出来事をもって、「日本メーカーの技術力が落ちている」とか、逆に「海外メーカーが力を付けている」などは、僕には判断できません。というのは、今のMotoGPはできるだけイコールコンディションになるように、レギュレーションで絶妙な「縛り」を設けているから。実際、誰が勝つか分からず、ファイナルラップまで白熱した競り合いが多く見られる今のMotoGPは、観客の立場からすると確実に面白くなっています。

僕個人としては、「日本メーカーが勝ってほしい」というような特別な思いはありません。速いマシンを造れたメーカーが勝つ。レースはこれが自然だと思っています。ただ、以前にもこのコラムで書きましたが、せっかくレース専用に造られるプロトタイプマシンですから、もっと自由な技術開発が許されてもいいのにな、とは思います。MotoGPが、新しいテクノロジーが試される場であってほしい。

今は量産車も厳しい排ガス規制などがかけられる時代なので、単純な性能追求は難しいかもしれません。でも、MotoGPだからこそチャレンジできる技術が、何かに生きる可能性はあります。だから開発は自由にさせてほしい……一方で、そうなると資金力、技術力のあるメーカーの一人勝ちになり、興行としては面白くなくなってしまうんですよね……。

ただ、今シーズンに入り、各メーカーのパフォーマンスはほとんど横一線になったように感じます。ここからMotoGPがどうなっていくか、でしょうね。このままレギュレーションで縛り続けていると技術的な発展や進歩は望めないし、かといって縛りを緩めればどこかだけが勝つような単調なレースになるかもしれない。どうバランスを取っていくか、注目したいと思います。

リンちゃんことアレックス・リンス選手は4位で13ポイントを稼ぎ、ランキングは首位と同ポイント(66pt)の2位。

開幕からここまでの印象では、スズキの仕上がりがかなりいいように感じます。まだ勝利こそ挙げていませんが、どのコースでもいつも安定して上位につけていますよね。全然合わないコースがない一方で、ものすごく合うコースもない、という感じで、平均的には好成績。未勝利のアレックス・リンスが、ポイント争いでクアルタラロと同点というあたりが、スズキらしい印象です。

逆にヤマハは、ポルトガルで勝ちはしましたが、ポルティマオはジェットコースターのようにアップダウンがあるかなり特殊なサーキット。クアルタラロのスキルが頭ひとつ抜けていることは確認できましたし、結果だけ見れば独走ですが、実はかなりリスキーなレースだったと思います。

というのは、今の彼には序盤から飛ばして逃げ切る、という戦略しかないから。タイヤを温存させていては、置いてけぼりを食らってそれきりになる可能性があります。そして序盤にハイペースで走るのは、やはりリスキーなんです。タイヤは温まり切っていませんし、マシン、路面、そして自分自身のコンディションも分かりませんからね。

ハイリスク・ハイリターンのレースを戦い抜きましたが、長いシーズンを考えるとやはり厳しそうです。そしてヤマハのマシンパフォーマンスは、まだちょっと不透明ですね。エンジンパワー不足は解消しているようには思えませんし、コースによって好不調の波が大きいのも気がかりです。

今季初勝利のファビオ・クアルタラロ選手は66ptでランキング首位。ポルトガルGPではヨハン・ザルコ選手(左)が2位、アレイシ・エスパルガロ選手(右)が3位だった。

「加速しない」「曲がらない」「止まらない」というコメントの理由

ところで、MotoGPマシンは世界最高峰の二輪車なのに、コースによって合う・合わないがあるというのも、ちょっと不思議な感じがしますよね。ライダーは「このコースは合わない」なんて平気で言いますが、「最高峰のマシンなら、どこのコースでもうまく走れるはずだ」と。でも、逆なんです。ストレートスピードは最高、ブレーキングパフォーマンスは最高、そしてコーナリングスピードも最高とすべてを突き詰めた最高レベルだからこそ、ほんのちょっとのことが大きく影響します。

今季、大きく方向性を振ったと言われるホンダのマシンで今ひとつ速さを発揮しきれないマルク・マルケス選手(右)と、調子が上向いてきているアレックス・マルケス選手(左)。ポルトガルGPの兄弟対決は兄マルクに軍配。

ものすごく速いマシンをギリギリで走らせているMotoGPライダーたちは、ほんのちょっとしたことさえ見逃さず、「加速しない」「曲がらない」「止まらない」とコメントします。たぶん一般ライダーの方たちには分からないようなレベルのことも、彼らは許しません。そして「このコースでは加速が足りない」「このコーナーでは曲がらない」と言うんです。ライダーとしては、どのコースのどのコーナーも速く走りたいですからね。

飛び抜けたセンサーとライディングスキルを持っていて、誰よりも速く走りたがるMotoGPライダー。わがままな彼らを満足させるために、マシンはどんどん進化していきます。その技術的な蓄積が、メーカーにとっては財産になる。だからやっぱり、MotoGPのテクニカルレギュレーションはもう少し緩めた方が……(笑)。

Moto2では、トップ争いに降雨による多重クラッシュが発生し、そこまでいい走りをしていた小椋藍くんもリタイヤしてしまいました。小椋くんの前にもう何人かいれば様子を見て判断できたと思いますが、トップ直後につけていたので、そうおいそれとスロットルを緩めるわけには行きません。調子がよかっただけに非常に残念です。

逆に、運を持っていたのはセレスティーノ・ビエッティ。ランキングトップでポルトガルGPに望んだ彼ですが、決勝は不発で11番手に沈んでいました。でもそれが幸いしてクラッシュを免れ、2位に。ポイント争いでリードを広げる結果となりました。これは本当に、運。でも運を持っていることは、タイトル争いでとても重要です。開幕からの5戦で90点を築き、ランキング2位の小椋くんに34点差を付けたのは大きいですね……。ただ、今の時点でタイトルの行方はまったく分かりません。小椋くんには、運も追いつかないぐらいの力走でタイトルを奪い獲ってほしいと思います。

MotoGPのTV解説もお楽しみに!

4月初旬から、家族とともに日本に来ています。奥さんと娘が日本を訪れるのは3年ぶり。買い物、旅行、ドライブ、買い物、買い物、買い物……と、パパ業的にはかなり大変でした(笑)。娘たちも日本が大好きで何やらいろんなモノを買い込んで楽しんでいましたが、「日本は遊びに来るには最高にいいけど、住みたくはない」と。友達がいないので、長く過ごすとモナコが恋しくなるようです。

それに、娘たちは日本の学校で言えば高1と中2。平日にショッピングモールなどをうろうろしていると「どうしたんだ……?」という目で見られるそう。そんな視線を感じた時は、わざとフランス語が聞こえるように会話するんだとか。見た目はバリバリの日本人の娘たちですが、いかにも「海外から遊びに来ている人」という雰囲気を醸し出してクリアするそうです(笑)。

そんな奥さんと娘たちもモナコに帰ってしまい、日本に残ったパパはひと息つきながら、やはりちょっと寂しさもあります。でも、大丈夫。日本ではイベントなどでバイク乗りの皆さんと顔を合わせることができますから! MotoGP第6戦スペインGPと第8戦イタリアGPは日テレジータスの解説もさせていただきますので、ぜひご覧ください。

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