人間くさいドラマがあるから面白い

世界GP王者・原田哲也のバイクトーク Vol.64「アプリリアの表彰台獲得には特別な思いがある」

1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第64回は、思い出深いアプリリアと、移籍することになったビニャーレス選手について。


TEXT:Go TAKAHASHI PHOTO:Keishi OKUZUMI, YM Archives

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来季の優遇措置は失おうとも

MotoGP第12戦、シルバーストーンサーキットで行われたイギリスGPで、アプリリアのアレイシ・エスパルガロ(兄)が3位表彰台を獲得しましたね。今シーズン、唯一コンセッション(優遇措置)が適用されていてエンジン開発が可能なアプリリアは、どんどんパフォーマンスを高めていました。そしてついに表彰台! 僕はアプリリアで長くレースしていたので、最終ラップで繰り広げられたエスパルガロ兄とジャック・ミラーのバトルには思わず声を上げてしまいました(笑)。

かなり熱いバトルでしたが、エスパルガロ兄は冷静でした。いったんミラーに抜かれましたが、瞬時にクロスラインで抜き返すことを考えていたのでしょう。抜かれても無理をせず、狙い通りに抜き返しましたね。表彰台に立つ時、そして勝つ時って、意外と冷静なものなんです。バトルを繰り広げながら、エスパルガロ兄の頭も冴えわたっていたことでしょう。

シルバーストーンのイギリスGPで3位表彰台を獲得した#41アレイシ・エスパルガロ選手。マシンをここまで育て上げてきた立役者だ。

ぶっちゃけてしまうと、表彰台を獲得すると来季の優遇措置がなくなってしまうので、一瞬、「う〜ん!?」と思いました。正直、マシンはまだAクラスには追いつけていないので、できるだけ開発を進めたいのが本音でしょう。でも、目の前に表彰台があればそれをもぎ獲ろうとするのがレーシングライダーというもの。そりゃあ4位よりは3位を狙いますよね。喜びを爆発させるチームスタッフを見て、「よかった!」と心から思いました。

僕はアプリリアで長く過ごしましたが、今のチームに当時のスタッフはほとんど残っていません。トラックの運転手さんやヘルパーさんの1〜2人じゃないかな。それでも自分にとっては思い入れのあるメーカーなので、今回の表彰台獲得には特別な思いがあります。

最高峰クラスでは、’00年のイギリスGPでマクウイリアムズおじさん(※ジェレミー・マクウィリアムズ。’90年代〜’00年代にかけてヤマハ、アプリリア、プロトンなどで活躍したイギリス人GPライダー)が3位表彰台に立った時以来だから、21年ぶりの快挙。感慨深いものがあります。その前年、’99年には僕も2度、アプリリアで最高峰クラスの3位表彰台を獲得しています。

アプリリアは、イタリアはベネツィアの郊外、ノアーレという田舎町にあるメーカーです。スクーターからスーパースポーツまでフルラインナップを揃えていますが、日本の4メーカーに比べると規模はコンパクト。でもその分風通しがよくて、僕が直接関わったレーシングデパートメントも、「レース屋」という表現がピッタリの熱いスタッフばかりでした。

イタリアンというと「仕事よりバカンス」といった楽天的なイメージを持つかもしれません。でもアプリリアのスタッフはめちゃくちゃ働き者でした。今のMotoGPのパドックにも多くのイタリア人がいますが、みんな意外なほど働き者ばかりなんですよ。朝早くから夜遅くまで働き詰めです。「体力あるなぁ〜」と感心します。

2000年の日本GPで最高峰クラスを走る原田哲也さん(タイトル写真も同じ)。前年とはマシンのグラフィックもかなり異なっている。

イタリアメーカーのアプリリアに日本人の僕が加入したのは’97年のこと。以降、’01年まで5シーズンにわたってお世話になったわけですが、居心地はめちゃくちゃよかったです。自分ではなぜか分かりませんが、当時社長だったイヴァーノ・ベッジオさんにすごくかわいがってもらいました。ベッジオさんの自伝を奥さんが出版した時、僕とロリス・レジアーニのふたりだけインタビュー記事が載ったんですよ。ベッジオさんは’18年に73歳で亡くなられましたが、常々「テツヤは特別な存在だ」と言ってくれていたそうです。

そんな風にかわいがってもらっていたら、やっぱり「頑張らなくちゃ!」と思いますよね。イタリアのメーカーが日本人ライダーを走らせることには、マーケティング的なメリットはほとんどなかったはずなのに、エースとして迎え入れ、走らせてくれるわけですから、そりゃあ僕としては結果を残すしかない。こう見えて、義理人情の男ですから(笑)。

チームとの関係を築くために、自分なりにやるべきことはやったと思います。チームは僕に最大限のサポートをしてくれたと思うし、僕もチームのために頑張ろうと全力を尽くしました。関係良好なアプリリア時代でしたが、残念なことにチャンピオンは獲得できませんでした。なぜでしょうね。それが分かっていればもう2、3回チャンピオンになれたんじゃないかな(笑)。なぜか自分のマシンだけが壊れるような不運もありました。

でも、タイトルこそ獲れませんでしたが、アプリリアのライダーだったことを僕はまったく後悔していません。アプリリアからはたくさんのことを教わりました。自分ひとりで走れているのではなく、スポンサーがいてくれるからこそ戦えていることも、そのひとつです。「スタート10秒前でもスポンサーが『写真を撮りたい』と言ったら応じるように」と、これはさすがに冗談でしたが、「誰のおかげで走れているか」というプロにとって必要な認識を、アプリリアが教えてくれたんです。

「言われてみればその通りだな」と思いました。スポンサーはもちろんですが、チームスタッフもいてくれなければ僕は走れません。もっと言えば、各パーツを作ってくれるメーカーや、その下請けメーカーの人たちも欠かせません。そしてアプリリアは、僕たちのレース成績によってバイクやスクーターの売り上げが左右されていた。ということは、社員さんや家族の生活も、僕たちの走りに懸かっている。

レースで目に見えるのは、僕たちレーシングライダーが走っている姿だけかもしれません。でもその背後には、数百、数千という人たちがいる。自分だけで走っているわけじゃない、と分かった時、僕は「今まで以上に頑張らなくちゃ」と思いました。そして頑張りすぎて転んじゃったりする(笑)。もちろんチームには謝ります。チームは僕を責めません。頑張った結果だから。逆に、攻めた開発によってマシンが壊れることもあって、チームが僕に謝ることもある。でも、僕もチームを責めない。チームが頑張ってくれた結果だからです。

1回しかない人生で、何を選択していくか

実はモナコに住むようになったのも、アプリリアに勧められてのことでした。日本をベースにして、イタリアにアパートを借りてグランプリを回っていたこともありましたが、留守がちになるので防犯面が心許なかったんです。「モナコは治安がいいから安心だよ」と、いろいろな手続きを手伝ってくれて、モナコ住まいが実現しました。僕はもともとインドア派で日本が大好きです。でもモナコに住むようになったおかげで落ち着いてレースに取り組むことができたし、人脈も含めて自分の世界が広がったのも確かです。

人生は1回しかありません。自分が「コレだ」と思った道を突き進めるのは、若いうちにしかできないことです。アプリリアに行くことやモナコに住むことは日本人の僕にはかなり大きなチャレンジでしたが、今となっては「あの時、無理をしてよかったな」と思います。日本のメーカーにいて、日本に住んでいれば何ひとつ不自由のない生活が送れたかもしれません。もしかしたらチャンピオンももっと獲れていたかもしれない。でも、あえてアプリリアに行ったことで、人生の幅は広がった気がします。

レーシングライダーとしての目標はチャンピオン獲得でしたが、人生はそれだけではありません。いろんな人たちとの出会いや、いろんな経験のすべてが、僕の人生を豊かにしてくれています。苦労はします(笑)。でも、もし若い人が「自分にはコレしかない」という道を見つけた時には、どんどん突き進んでもらいたいな、と思います。

そういう意味でも、僕はヤマハを去り、次のレースからアプリリアで戦うことになったマーベリック・ビニャーレスのことを支持します。確かに契約は’21年終了時点までだったのかもしれませんが、ぎくしゃくした状態のまま今のチームで走り続けることは、チームにとってもビニャーレスにとっても何のプラスにもなりません。きっかけや実情は別として、もう元に戻らない関係なら清算してしまった方がいいと思います。

ミザノサーキットで行われたテストでは好感触だったビニャーレス選手。今週末のアラゴンGPからアプリリアの選手として参戦する!

こういう話に関しては、「契約があったのに」という考え方もあるようですが、僕は逆。契約書は人を縛るためのものではなく、双方にとっての利益を守るように書かれるものだと思っています。双方の不利益になるような状態に陥ったら、新しい相手と新しい契約を交わした方がお互いのためでしょう。

チームの立場からすれば、望むような成果が得られなければ契約を解消するのもいいと思います。多額の契約金を払っているわけですしね。そしてライダーの立場から言えば、プロとして自分が気持ちよく走れてパフォーマンスを発揮できる環境を整えるのは当然のことです。契約を優先するあまりに、自分の力が発揮できない場でガマンするのは、僕は違うと思う。

はっきり言って、MotoGPともなれば速いライダーはゴロゴロいます(笑)。その中で勝ち上がっていくには、セルフマネージメントも非常に重要になってくる。プロのレーシングライダーとは言え人間ですから、気持ちよく走れる環境は何よりも大事です。そういう人間らしさを捨ててまで、契約書を優先する必要はないでしょう。僕たち外野も人間くさいドラマに興味があるし、人間同士がわちゃわちゃといろんな出来事を起こすからこそ、レースを観るんだと思う。MotoGPがロボットで競う合うようになったら、僕はあまり観ないと思います。

そんなわけで、僕は今週末のアラゴンGPをとても楽しみにしています。シーズン途中でアプリリアに移籍したビニャーレス。今までずっと直4GPマシンに乗ってきた彼が、初めてのV4GPマシンに乗ってどんな戦いを見せるのか、興味が尽きません。こんなワクワクをもたらしてくれるんだから、人間・ビニャーレスに感謝ですね!(笑)

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