タイヤが負けず嫌い精神に火をつける!?

山田宏の[タイヤで語るバイクとレース]Vol.39「“雨ならBS”がパドックでの共通認識に」

TEXT:Toru TAMIYA

ブリヂストンがMotoGP(ロードレース世界選手権)でタイヤサプライヤーだった時代に総責任者を務め、2019年7月にブリヂストンを定年退職された山田宏さんが、そのタイヤ開発やレースの舞台裏を振り返ります。2007年、ウェットレースのたびに勝利を収めるブリヂストン。すでにレインタイヤの優位性は、GPパドックの誰もが認めるところに……。

好成績が望まない状況を生み出す?

2007年の第3戦トルコGPで優勝から6位までを独占して以降、ここまですでに2勝を挙げていたドゥカティワークスチームのケーシー・ストーナー選手を筆頭に、ブリヂストンユーザーの活躍が目立つレースがさらに増えました。例えば続く第4戦中国GPでは、ストーナー選手が優勝してスズキワークスチームのジョン・ホプキンス選手が3位初表彰台に登壇。第5戦フランスGPでは、スズキワークスから参戦していたクリス・バーミューレン選手が初優勝を挙げ、ホンダサテライトチームのホンダ・グレシーニから参戦したマルコ・メランドリ選手が2位、ストーナー選手が3位に入賞して、再びブリヂストン勢が表彰台を独占(タイトル写真)しました。

雨のフランスGPを快調に走るに走る#33マルコ・メランドリ選手。 [写真タップで拡大]

この第5戦フランスGPは、MotoGPクラスの決勝開始直前に雨が降りはじめ、ウェット宣言が出されてスタート。途中で雨が激しくなり、ピットインしてレインタイヤを装着したマシンに乗り替えるフラッグ・トゥ・フラッグのレースとなりました。フランスGPの舞台となってきたル・マンサーキットは路面ミューが低く、なおかつ路面の場所によるグリップの変化がわかりづらいことで有名。そこに雨が降ると、転倒者が続出するような難しいコンディションとなります。しかしそのような状況でも、ブリヂストン勢は快調に走ることができていました。

バーミューレン選手は、レインマスターと称されるほど雨のレースに強く、スズキ勢としては2スト時代だった2001年第12戦で優勝したセテ・ジベルナウ選手以来となる勝利を得たのですが、そもそもパドックではこのときすでに、雨なら絶対にブリヂストンタイヤのほうが強いという雰囲気になっていました。フランスGPというのはミシュランにとってホームグランプリですから、当然ながら彼らは勝利に向けて躍起になっていたはずですが、結果的にはブリヂストンが2戦連続で表彰台を独占。我々としてはしてやったり……だったわけですが、皮肉なことにこの好成績がさらに我々が望まない状況を生み出そうとしていました。

2007年フランスGPで自身の初勝利を挙げた#71クリス・バーミューレン選手。レース序盤はドライだったためスリックタイヤで10位以下を走行しており、この時点では後ろに中野真矢選手の姿も(その後リタイアした)。降雨後の10周目にピットインし、ウェットタイヤに交換してからトップに浮上した。 [写真タップで拡大]

ストーナー選手のタイトル獲得が現実味を帯びる中……

当時のMotoGPで圧倒的な実力を誇っていたバレンティーノ・ロッシ選手が、公式コメントとして頻繁に「ミシュランタイヤがよくなかった」とか「ブリヂストンタイヤのほうが性能で勝っていた」というようなことを発言するようになったのも、ちょうどこの時期から。そして、以前にも話題にしましたが、予選用タイヤを廃止すべきという動きも、ロッシ選手の意見が強く影響していました。

1~2周のみ強力なグリップを発揮できる予選用タイヤ(リヤのみ)は、これを履いたときに運よくクリアラップを得たライダーが予選上位になることがあるために本来の実力が反映されないとか、それ以外のタイヤで走るのとスピード差があるため危ないなんていうのが、反対するライダーや関係者の意見でしたが、ロッシ選手の思惑は別の部分にもあったようです。この年、タイヤ本数規制が導入されたことで、1大会で使用できるリヤタイヤの数は17本となりました。ミシュランでは通常、コンパウンドが異なる5種類のリヤタイヤを3本ずつ登録してレースウィークを戦っていたらしいのですが、1種類につき3本ではレースに向けてのセッティングが不十分なので、予選用の2本分もレース用タイヤに振り分けたかったらしいのです。ちなみにこの予選タイヤに関しては、我々も無意味と思っていたので、予選タイヤを排除する規則を考えたものの、予選タイヤの定義づけやコントロールができないので、ワンメイクになるまでは実現できませんでした。

彼に限ったことではないのですが、ロッシ選手はレースで勝利することに対してとくに貪欲。その影響力が甚大なことは本人も理解しているので、公式コメントでタイヤ規制を見直すべきと発言することで、自分が望むレギュレーションに変更しようと画策していたのです。つまりこれは裏を返せば、すでにミシュランで戦うのが厳しくなってきたということだったのかもしれません。

雨のレースに話を戻すと、第8戦イギリスGPも再びウェットの決勝となり、ここでもストーナー選手が優勝を果たし、バーミューレン選手が3位表彰台に上がっています。このドニントンパークサーキットも、ル・マンと同じく路面ミューが低く、しかも気温が14度で路面温度が18度だったため、ブリヂストンが用意できる一番ソフトなレインタイヤ用コンパウンドでも、まだハードすぎる印象でした。しかしそんな状況でも、ストーナー選手は2位に11秒以上の差をつけて独走。ますます、ブリヂストンのウェットタイヤに対する信頼性も上がっていきます。

第8戦イギリスGPで優勝した#27ケーシー・ストーナー選手。タイトル獲得が現実味を帯びてくる。 [写真タップで拡大]

この年、ブリヂストンがサポートする選手は10名に増えていて、当然ながら選手の層が厚くなれば上位入賞できる可能性も高くなるわけですが、そこで少しでも好成績を記録できると、思わぬ相乗効果も……。これはライダー心理とでも説明するべきものなのですが、同じメーカーのタイヤを履いたライダーが上位になると、「あいつがあそこまで走れるなら、自分はもっと上にいけるはず!」なんて競争意識が働きます。少なくとも、ストーナー選手が開幕から何勝も挙げているわけで、不調をタイヤのせいにはできなくなってくるわけです。もちろん、ライダーが増えることで開発が進み、その結果としてタイヤの性能が向上するという効果も大きいですが、ライダーの意識改革的なメリットも大きかったこと間違いなし。ましてやこの年のブリヂストン契約ライダーは、タレントが少ない代わりに実力が平均的で拮抗していたので、「あいつにだけは負けたくない!」という想いをそれぞれが抱えていたわけで、闘志を高めるという意味でも、サポートライダーが多いことはプラスに寄与していたはずです。

とはいえまだこの年は、どのサーキットでもほぼ勝てるというほど、ミシュランに対してアドバンテージがあったわけではありません。例えば6月下旬に開催された第9戦オランダGPでは、僅差とはいえロッシ選手に敗れ、ストーナー選手は2位。そして3位はニッキー・ヘイデン選手、4位はダニ・ペドロサ選手、6位がコーリン・エドワーズ選手と、ミシュラン勢に上位を占められています。このレースでは、ミシュランのほうが機能していたかもしれません。

ところでこのオランダGPでは、その時点ではまだ正式発表されていないものの、ストーナー選手が2010年までドゥカティワークスチームとの契約を更新したと聞かされました。じつはドゥカティワークスチームとブリヂストンの契約交渉は、これよりも約2ヵ月前、4月下旬の第3戦トルコGPのときからスタートしていました。開幕当初から成績がよかったことから、ドゥカティ側も継続には前向きでしたが、同時にいろいろと欲が出てきたようで、さまざまな条件を提示されていました。例えば、これまで並行して運営していたタイヤ開発のためのテストチームは、タイヤ開発が目的だから、それまでのようにお互いが負担するのではなくブリヂストンが全額負担するべきだとか、他社チームへの供給を断ってドゥカティと専属契約してくれだとか……。もちろん、それらの条件をこちらが認めることはできないので、お互いにジャブを応酬しながら腹の探り合いをしていました。

それだけでも悩ましい問題だったのに、7月以降は契約に関する頭の痛い問題が次々に湧いてきて、私は悩まされることになるわけです。一方で、現在進行中のレースでは、ストーナー選手のシリーズタイトル獲得が現実味を帯びてきた状況。あれこれ奔走する日々が訪れようとしていました。


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