MotoGPはつくづくメンタルのスポーツ

世界GP王者・原田哲也のバイクトーク Vol.45「ジョアン・ミルの冷静さが王座を呼んだ」

  • 2020/11/16

1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第45回は、ついに決着した今シーズンモトGPのタイトルについて。

MICHELIN

“誰が勝ってもおかしくない”状況でタイトルを引き寄せる

ジョアン・ミルがタイトルを獲得しましたね! いろいろな混乱があって難しいシーズンでしたが、常に安定して好成績を残した成果です。見事な戦いぶりでした。

以前にも書きましたが、MotoGPライダーはみんな速い! 当たり前のことですが、各国選手権を勝ち上がってきたような連中が集っていますので、はっきり言ってテクニック的には誰が勝ってもおかしくありません。今シーズンのMotoGP、ここまでの13戦で9人が勝っていることがその証です。

もちろん、たまにその中でも勝ち続ける“ズバ抜けたライダー”もいます。全盛期のミック・ドゥーハンやバレンティーノ・ロッシ、そして今ならやはりマルク・マルケスということになるでしょう。そういったスペシャルなライダーを除けば、誰もがいつでも勝てるぐらいハイレベルな連中が集まっているんです。

そして、改めて言っておきたいのは、MotoGPは1シーズンを戦ってタイトルを獲るゲームだ、ということです。このゲームの目的はひとつのレースで勝つことではなく、シーズントータルでタイトルを獲ること。つまり、着実にポイントを獲ることが最大の目的なんです。

誰が勝ってもおかしくないメンバー。そして着実に高ポイントを獲るという目的。つまり、勝てない時も多々ある中で、どれだけいいポジションを確保するかが重要ということです。そして今シーズン、MotoGPというゲームをもっともよく理解していたのがミルだった、ということでしょう。

彼がスゴイのは、我慢できることです。ちょっと地味に聞こえますよね(笑)。でも、速さを見せつけようとせず、今の自分の状況を的確に判断しながら、引くべき時は引くという冷静な落ち着きは、チャンピオンになるために絶対に必要な条件です。

バレンシアサーキットでは第13戦ヨーロッパGPと第14戦バレンシアGP、2週連続同じコースでレースが行われましたよね。ミルは調子のよかった第13戦では見事に初優勝を遂げました。僕が注目するのは、その翌週の第14戦を7位で走り切ったことです。1週間で状況は変わり、ミルとしては絶好調ではなかったのでしょう。でも、前週には勝っていますし、タイトルに王手を懸けたレースですから、勝ちたい気持ちは強く持っていたはずです。

それでも彼は、アレイシ・エスパルガロを決して深追いせず、後ろから追い上げてくるアンドレア・ドヴィツィオーゾに焦ることもなく、着実に自分のペースを守りました。つまり、今回のレースで1番いいポイントを獲るために、我慢できたんです。23歳という若さ、しかもMotoGP参戦2年目でこの冷静な割り切りは、チャンピオンにふさわしいものだと僕は思いました。

ドヴィツィオーゾの猛追を交わしきって7位ゴールを果たしたジョアン・ミル選手。

物事がうまくいかない時にどう振る舞うか

MotoGPはつくづくメンタルが大事なスポーツなんだ、と思わされたのは、ミルのタイトル獲得の影で、転倒してレースを終わらせてしまったファビオ・クアルタラロの存在です。彼が今シーズンもっとも速いライダーだったことは間違いないでしょう。何しろ3勝を挙げていますから、少なくともシーズン序盤にはもっとも王座に近かった。でも彼は、その速さを自分で抑えることができなかったんです。

さっきも書いたように、誰が勝ってもおかしくないということは、誰が負けてもおかしくないわけです。必ず好不調の波はある。むしろ、マシンのセットアップやコースコンディション、タイヤチョイスなど、すべてがバチッと噛み合うことの方が少ないのが現実です。物事がうまく行かない時にも、自分の気持ちとしては速く走りたいのがレーシングライダーという生き物。その思いを我慢できなかったのがクアルタラロの敗因です。

第7戦サンマリノGPではレース中に2度の転倒を喫し、本人も「エキサイトしすぎた」とコメントしていましたが、あのあたりから完全に調子を崩してしまいましたね。精神的な落ち着きを取り戻せないまま、ミルに王座を奪われてしまいました。

でも、これはほとんどのライダーが通る道です。僕だって今でこそこんな風に分かったようなことを言っていますが、現役当時は「我慢すればよかった……」という失敗ばかりでした。クアルタラロも今季の手痛い敗北経験から多くを学んだことでしょう。……というより、学んで来季以降に生かせればチャンピオンになれるでしょうし、そうでなければチャンピオンにはなれない、ということだと思います。

失敗から学ぶ、という意味では、第14戦バレンシアGPでの中上貴晶くんも同じです。ポル・エスパルガロに仕掛けていつもとは違うラインを通ったら、ギャップに乗って転倒してしまいました。もう少し落ち着いていれば……と思う一方で、中上くんの気持ちも実はすごくよく分るんです。

序盤はコンディションがよくなかった中上くんですが、タイヤチョイスもあって、走っているうちにどんどんペースが上がっていきました。自己ベストタイムで追い上げて、離れていたエスパルガロがグングン近付いてくる……。あれは仕掛けますよね(笑)。たぶん中上くんの目は、直前のエスパルガロよりも、その前にいるジャック・ミラーやフランコ・モルビデリを捉えていたはずです。

表彰台を目指したが転倒を喫した中上貴晶選手。

結果的にチャレンジは失敗に終わりましたが、これもまた経験ですし、内容としては第12戦アラゴンでの転倒から確実にステップアップしています。最終戦ポルティマオ、そして来季のさらなる活躍に期待したいところですね!

第14戦バレンシアGPは、最終ラップのモルビデリとミラーの攻防が見事でした! レース後に両者とも語っていた通り、クリーンでハイレベルなバトルで盛り上げてくれましたね。お互いにタイヤのグリップレベルが落ちている中、あれだけの抜き合いを展開するという集中力が本当にスゴイ!

最終ラップの激しいバトルは、クリーンでハイレベルなものだった。ジャック・ミラー選手を押さえたフランコ・モルビデリ選手に軍配。

特にモルビデリは、ミラーがどこで仕掛けてくるか、仕掛けてきた後はどうなるか、そしてどこで抑えるべきかをすべて読み切っていました。本来は、背後からずっとモルビデリの走りを観察できたミラーの方が有利な状況でしたが、「後ろに目がある」とはこのことですね。モルビデリはよく計算し尽くしたものだと思います。レース後のインタビューでは「最終ラップのことは覚えていないんだ」と言ってましたけどね(笑)。

これでMotoGPも第15戦ポルトガルGPを残すのみとなりました。タイトルは決まりましたが、シーズンに新たに加わったサーキットでのレース。最高峰のライダーたちがどんな走りをするのか、注目したいと思います。Moto3の小椋藍くんには、タイトル獲得の可能性がありますしね!

Supported by MICHELIN

TEXT:Go TAKAHASHI
※本記事の内容はオリジナルサイト公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。 ※特別な表記がないかぎり、価格情報は税込です。

最新の記事

原田哲也

原田哲也

記事一覧を見る

1993年ロードレース世界選手権(WGP)250の世界チャンピオン。1992年に全日本で同クラスのチャンピオンを獲得し、翌年に初挑戦のWGP250で戴冠した。現役当時のニックネームは「クールデビル」。'02年に現役を引退し、現在はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。