ノービス時代から一緒に走っていた

世界GP王者・原田哲也のバイクトーク Vol.33「僕を世界GPに呼んだ親友、若井伸之くん」

1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第33回は、1993年に亡くなった若井伸之さんの話。


TEXT:Go TAKAHASHI PHOTO:YOUNG MACHINE Archives ※タイトル写真は1991年・日本GPの若井伸之さん ※本内容は記事公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。※掲載されている製品等について、当サイトがその品質等を十全に保証するものではありません。よって、その購入/利用にあたっては自己責任にてお願いします。※特別な表記がないかぎり、価格情報は税込です。

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ただ、とにかく全日本が厳しかった。’91年は、若井くんに釣られるような形で坂田和人くん、上田昇くんがGPに参戦し始めました。ふたりとも活躍していましたし、シーズン終わりには改めて若井くんに「哲也も早くGPに来いよ。絶対に通用するから」なんて熱く言われましたが、まだ僕には刺さらなかった。’92年は市販レーサーTZ250改のTZ250Mで戦うことになっていて、ランキング2位も危ういと思っていたので、「うーん、オレは全日本で頑張るよ……」としか言えなかったんです。

ところがこのTZMが素晴らしい出来栄えでした。ジョン・コシンスキーのYZR250に乗ったことが大きなきっかけになったんですが、長くなるのでこの話はまた別の機会に……。

そして’92年全日本は岡田さんと激しいチャンピオン争いを繰り広げるわけですが、シーズン途中の7月、僕と岡田さんがハンガリーGPにスポット参戦することになったんです。ヤマハとホンダの上層部が話し合ってのこと、と聞いていますが、僕としては「海外旅行に行けてラッキー!」程度の軽い気持ちでした。自分がGPで通用するなんてこれっぽっちも思っていませんでしたからね(笑)。

しかも出発直前になってFIMから「グールベルグ兄弟に参戦枠を使うことになったので、原田と岡田の参戦は認められない」と言われてしまったんです。でも当時のヤマハ・モータースポーツ開発部の黒田部長に「せっかく航空券やホテルを予約してるから、視察してきなさい」と言われ、「ホントにただの海外旅行になってラッキー!」とウキウキする始末でした(笑)。

1992年、全日本ロードレース第7戦 菅生でも熾烈な戦いを見せた#1岡田忠之、#2原田哲也、#3青木宣篤。

ハンガロリンクのパドックでは、GP2年目の若井くんにあちこち案内してもらいました。「すげえ! 外国人がいっぱいいる!」と、完全にお上りさん状態です。若井くんも片言英語だったと思いますが、「ハロー」しか言えなかった僕からすればすごく立派に見えました。

いろんな人のところに僕を連れて行っては何やら話しているので、「何て言ってたの?」と聞くと、「『こいつは原田哲也っていうんだ。絶対にGPに来てトップ争いをするから』って紹介してるんだよ」と若井くん。「そういうこと言わないでよ~」なんて言いながら、実はうれしかった。若井くんは僕の1番のファンでした。若井くんのお姉ちゃんいわく、家でもいつも「哲也はすごい、哲也はすごい」と繰り返していたそうなんです。

お互い、先のことなんかまったく分からなかったノービス時代を一緒に過ごしてましたからね……。とにかくレース、レースで、お互いにプロになることを夢見ながらたくさんの話をした親友です。その若井くんがそんな風に認めてくれるのは、素直にうれしかったし、励みにもなってました。

ハンガリーGPの視察で、僕は衝撃を受けます。マックス・ビアッジの走りです。コースサイドの金網にしがみついて、縁石のさらに外側を走る彼の走りに「なんだコイツは!」と驚きました。調べたら僕よりひとつ年下でさらにビックリ。よくよく聞いたらGP2年目とのことで、「なにー!?」って感じです。「この人たちとレースしてみたい」と思いましたが、やっぱり「全日本でチャンピオンを獲ってからだな」という考えは変わりませんでした。

1992年、雨の日本GPを走る若井伸之さん。

「こいつは原田哲也っていうんだ。絶対にGPに来てトップ争いをするから」

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