世界チャンピオンの新たなるファンライド

世界GP王者・原田哲也がトライアルに挑戦〈後編〉【本多元治プライベートレッスン受講】

現役引退後もツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる世界GPチャンピオン・原田哲也さんが、かねてから念願だったトライアルにチャレンジ。トライアル選手として実績のある本多元治さんのプライベートレッスンを受けた。前ページのスタンディングスティルに続き、後輪8の字&フロントアップの模様をお届けする。


●文:高橋剛 ●写真:長谷川徹 ※本内容は記事公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。※掲載されている製品等について、当サイトがその品質等を十全に保証するものではありません。よって、その購入/利用にあたっては自己責任にてお願いします。※特別な表記がないかぎり、価格情報は税込です。

(右)生徒・原田哲也さん:’92年に全日本250ccクラスで王座を獲得した翌年、’93年の世界GPデビューイヤーにいきなりチャンピオンに。本格的なトライアル経験は今回が初めてながら、恐るべき能力を発揮。(左)先生・本多元治さん:’91年には全日本国際B級で、’01年には全日本国際A級でチャンピオンを獲得。現在はスクール開催やデモなど普及活動に取り組む一方でレース活動も継続。’19年は全日本国際A級で2勝を挙げた。

繊細な操作と体の使い方はロードにも確実に役立つ

前ページより続く)

レッスンの舞台となった埼玉里山トライアルエリアには、岩やタイヤなど、「ザ・トライアル」とでも呼びたくなるようなセクションも用意されている。だが原田さんはそれらに目もくれず、ひたすら平地で基礎練習を続ける。

「もともと大好きなんだよね、こういう地味〜な練習が。放っておいたら同じことを一日中やってるよ」と原田さん。本多さんや取材陣が「次の項目行きますよ!」と声をかけない限りは、延々とひとつのことをやり続けている。

「ひとつずつベースを作っていかないと、何がなんだか分からなくなっちゃうから。ある時、うまく行かないという壁にぶつかったとしても、着実にステップを踏んでおけば、そこまで戻ることができるんだよ」

放っておくとずーっと同じことをやっている原田さん。これがもう本当にずーっと。「反復練習が大好きだから、一日同じことをやってても飽きないよ」と笑う。

後輪8の字に挑戦

スタンディングスティルの練習をやめようとしない原田さん、次の課題は8の字だ。「8の字大好き!ライディングのすべての要素が詰まってるんだ、8の字には。子供の頃はポケバイで一日中8の字の練習してたよ」と目を輝かせる。

「トライアルの場合は『後輪がどこにあるか』『後輪がどこを通るか』がとても大事です。今回設定した8の字は結構タイトですが、後輪のラインを意識してみてください」(本多さん) 

【後輪8の字
ロードでも基本練習として改めて注目を集めている「8の字」。トライアルの場合は、極低速でバランスを取りながら非常にコンパクトな8の字を描く。ポイントは後輪のラインを意識すること。「大きく入って小さく出る」という基本はロードと同じだが、バランスを取りつつ直視できない後輪のラインを整えるのはかなり難しい。

「大きく入って小さく出る」が8の字の基本ライン。後輪がどこを通っているかできるだけ正確に把握しつつ、手前からラインを整えていく。8の字の交差付近(後輪近くにある赤いマーカー)の時点ですでに向きが変わっていないと曲がり切れない。前輪でラインをトレースしようとすると、後手後手になりがちだ。

できるだけラインの自由度を高めるためには、極低速でもバイクをバンクさせる。傾ければバイクはクリッと曲がるから、よりコンパクトなラインが選べる、というわけ。ただし車速が遅いので、バイクを傾けるにはライダーの体さばきが重要。

極低速でバランスを取りながら、クラッチワークをこなし、後輪のライン取りを考える。見た目には恐ろしく地味だが、ここにもトライアルの基本がギッシリと詰まっている。

「トライアルっていうと、すぐに岩などのセクションに挑戦したくなるものです。『乗り越えてナンボ!』って感じでね(笑)

でも僕は、とにかく基本が大事だと思ってるんです。今回原田さんに体験していただいてるのも、『トライアル』という競技のイメージからすると、かなり地味(笑)。でも、しっかりとここを掴んでもらわないと次に進めない大事なポイントです。 

…な〜んて、世界チャンピオンにこんなことを言うのは失礼ですよね、すいません…」(本多さん)

頭をかく本多さんをよそに、黙々と練習を続ける原田さん。「イメージよりもヘタクソなんだよな……」「あっ、指つった!」などと言いつつ、ひたすら8の字を描き続けた。

フロントアップに挑戦

午前中は、なんとスタンディングスティルと8の字のみ! お昼休みを挟み、午後になってようやくフロントアップに挑戦することになった。

ページ作りのための写真撮りを心配していた取材スタッフもひと安心。

「え〜、今日はスタンディングスティルだけでいいぐらいなのに……」と原田さん。とことん反復練習を愛する人なのだ。

さて、フロントアップ。エンジンパワーにモノを言わせ、クラッチをパンとつないで思いっ切りハンドルを引き……。「違います」と本多さん。足首を柔軟に使い、サスペンションの反動を利用すれば簡単に浮くのだそうだ。

【フロントアップ】
文字通り、前輪を浮かせるフロントアップ。ロードでは「ドンとパワーをかけて上体を引いて」というイメージだが、意外にも「足首をうまく使いこなそう」というのが本多流。前輪を上げることだけを目的にするのではなく、ステップワークのひとつとしていろいろな足の使い方を覚えれば、マシンコントロールの引き出しが増え、結果として前輪も浮く、という考え方だ。

コツさえつかめば、エンジンがかかっていなくても軽々とフロントアップできる。サスペンションの反動やエンジンパワーに頼ることなく、自分の足でのマシンコントロール。これなら応用も効く。

生徒:原田哲也さん

先生:本多元治さん

グッとステップを踏み、自分の体を伸び上げるようなイメージ。足首を動かしやすいトライアルブーツが必須だが、それより大きなステップワークが想像以上に困難。前輪を浮かすことに囚われず、足でバイクを操ることを心がける。

ページをハデにしたい取材スタッフがお願いすると「いいッスよ〜。トリャ」とあっさり豪快なエアターンを決めてくれた本多さん。見事なほど体の動きが先行し、バイクが従順についていく。

「求められることがとことん繊細。なおかつ自分の体を積極的に使っていく必要があるんだよね。これはロードにも絶対に役立つ。今まで以上の走りができそう。

トライアルは体にもよさそうだし、ずっと続けられるんじゃないかな。イーハトーブにも出てみたいね!」(原田さん)

夢を語りながらも、淡々とひたすら同じことを繰り返す原田さんだった。

最新の記事