ライディングやドライビングを楽しむうえで、タイヤが重要な存在なのは言うまでもない。その上で、元WGP250王者の原田哲也さんと、世界のレースで戦うレーシングドライバーの荒聖治さんは、「なにも気にしなくてよいタイヤこそ『良いタイヤ』。その条件にミシュランタイヤはふさわしい存在だ」と、口を揃えて言う。そんなタイヤは、どのように開発されているのだろう?
●文:ミリオーレ編集部(伊藤康司) ●写真:長谷川徹 、日本ミシュランタイヤ
レースも一般道も、タイヤに求めるものは変わらない
しっかり『丸い』ミシュランタイヤは、修正舵なしで行きたいところに行ける。過酷なル・マン24時間レースで700km連続走行しても、その性能を維持。そしてウエット路面でも安定していてタイムが落ちない……。Vol.1ではそんなミシュランらしいエピソードが飛び出した。
これらはレースにおいて大切な性能。しかしながら一般公道の方がサーキットと比べて「不確定要素」は多く、それに加えてウェアインジケーター(スリップサイン)が出るまでタイヤを使い続ける一般ユーザーは多い。この点を考慮しても、レースも一般道も求められるタイヤの性能に優劣はないのだ。
どんな使用環境においても性能を発揮・維持させる。これを重んじながら具現化できるのは、ミシュランにはレース活動で鍛え、培ってきた技術があるから。
そんなタイヤは、いかにして開発されるのか? ミシュランならではの研究設備やコンセプト、そして開発姿勢まで、日本ミシュランタイヤの小田島広明さん、山田寿一さんを交え「良いタイヤの作り方」を語り明かす。
299km/hのリミッターが効きっぱなしの高速テストコース
原田「荒さんがドライブするようなル・マン24時間耐久レースで使うタイヤは、研究施設のラドゥで開発しているんですか?」
小田島「そうです。ラドゥの施設の中にはFIA基準のサーキットがあって、そこでGTカーの開発やGTカーのシェイクダウンもやっていました。設計は別にモータースポーツ部門があるのでそこで行っていますが、ラドゥのコースも使っています」
原田「あのテストコース、大きいですよね!」
小田島「ハイスピードで1周8kmのコースというのは、なかなか他のメーカーでは使っていないですね」
原田「実は僕も走ったことがあるんです。朝一で、しかも気温43℃の中で(笑)。あのようなテストコースがあるのは、特に市販タイヤの開発では大きい。299km/hでリミッターが効いたまま1キロも2キロもスロットルを開け続けられるストレートには驚きました。僕と岡田さん(元WGPライダーの岡田忠之さん)で走ったんだけど、用意してもらったカワサキZX-10RやスズキGSX-R1000が吹け切っているんですよ。そして、先導してくれたテストライダーが速いのなんの(笑)」
小田島「確か330km/hくらい出ますね」
山田「ミシュランのテストライダーはちょっと……」
原田「キレてる!」
小田島「スピードレンジだけではなくて、マルチコースは走りましたか?」
原田「走りました。ハンドリングコースみたいなところですよね」
研究することがいちばん大事
小田島「僕は研究所に勤めていた時もあって……、その頃はタイヤのパターンがどういう風に排水しているかを、床下から写真で撮ったりしていました。蛍光インクを混ぜた水を路面に撒いて、下からプリズムで写真を撮るんです。
シミュレーターによるデータはあるのですが、実走で撮影をしたり、荷重計の上を通過するときにフロントとリヤにどれくらい荷重がかかっているかを見るんです。四輪のタイヤってキャンバーやトーが付いているので、XYZの三分力が路面にどう伝わっているか計測する機械があって、それでクルマのダイナミックアライメントの良し悪しを調べられるんです。
他にもエアロパーツを変えると、どれくらい前後タイヤの比率が変わるとか、それを昔のツーリングカーJTCCとかを作る時に使っていましたね。単にタイヤを製造するというだけではなくて、タイヤを設計して研究して開発して、最終的に製品にする。やっぱり研究というのがいちばん大事ですから」
原田「1000ccのスーパースポーツのエンジンが吹け切るようなところで作っているタイヤでしょ。どんなところに持って行っても、タイヤが壊れることはまず無いんじゃないですか」
レースは「市販タイヤの研究所」
小田島「我々ミシュランにとって、モータースポーツは市販タイヤの『技術の研究所』。ル・マン24時間レースだと、正直言ってタイヤで競合しているところはありません。だからこそ自分たちへの課題として、なるべく長距離をいかに性能を維持できるかを研究して、チームのレース戦略に貢献。その『性能を維持する技術』を応用して市販タイヤに活かします。たとえばレースでタイヤがタレちゃう可能性はあるけれど、壊れてしまうような心配は無いでしょ?」
荒「まったく無いです。エンジニアから性能出すためにどういう使い方をして、性能保証・安全保障できる具体的な距離や、セッティングをこうしてくださいとか指示がありますが」
小田島「うるさいんですよ、ミシュランは(笑)」
原田「僕は温度管理がすごいなって思ったことがあります。500ccで2000年だったかな、ムジェロの予選で調子良かったんですよ。セカンドローくらいにいて『今回は表彰台行けそうだな』って思って、フィーリングがすごく良かった予選で履いたタイヤを使ったんです。
でも、ミシュランのエンジニアから『昨日より気温が3℃高いから、このタイヤだと持たない。違うのを履いて』って言われたんです。でもそのタイヤは、ちょっとアベレージが落ちるからあんまり好きじゃなくて……。
それで、3℃くらいならフィーリングの良い方で勝負したい、って思ったんですが、案の定ラスト5周くらいでタレて、結局表彰台にも登れなかった。ミシュランの言うこと聞かないとダメだなって思いました(笑)。それくらいミシュランは、温度レンジをわかっている」
小田島「タイヤメーカーがその時の需要をきちんと把握して、こういう風にした方が良いですよ、とソリューションを提供できることが大切なんです。荒さんがいまGT300で走っているけれど、じつはミシュランのタイヤエンジニアはル・マンで優勝した時と同じスタッフがやっているんですよ」
信頼感がなければ良いタイヤは生まれない
荒「小田島さんと小久保さんというエンジニアですね。じつは現在のチームも、ル・マンに参戦した時のアウディ・スポーツ・ジャパン・チーム郷と同じメカニックの集団なんです」
小田島「スタディさん(BMW Team Studie×CSL)としてはミシュランを履くのは初めてなのですが、スタッフは、ル・マンで優勝した時のメンバー。だから、安心してミシュランを使ってくれているように思います。今年から新しいクルマ(BMW M4 GT3)なので手探りな部分もありますが、人の繋がりとかタイヤに対しての信頼度は問題なかったですね」
荒「そうなんですよ。ミシュランはタイヤに対する考え方がしっかりしているから、そこに不安はなかったです。M4 GT3とミシュランのSUPER GTのタイヤは、今年初めてのコンビネーションとして始まったんですが、荷重域とか重量などしっかりと車の特性に合って、ゾーンに入ってくれば間違いなく性能が出るというのはわかっているんですよ。
でも、それを掴んでもらうための距離、それだけのデータをミシュランにフィードバックしなきゃいけない。2月くらいからテストを開始したんですが、ことごとく雪で……(笑)。雪とか雨ばかりで、ドライタイヤでは全然走れなかったんです」
小田島「結局ドライできちんとテストできたのは、開幕戦の公式練習でしたよね」
原田「日本のSUPER GT用に専用タイヤを開発しているんですか?」
小田島「すべて新設計というわけではないですが……。他のカテゴリーで走っているM4 GT3用はあるんですけど、SUPER GTはニュルブルクリンク(ドイツにある1周約20Kmのサーキット)で走っているクルマとは違うレンジになりますから。日本のサーキットを走らせるのは初めてで、どこがストライクゾーンになるかわからないから、それを探らないといけない。
そこで先ほど話した人のつながりが大事というのが重要なポイントになってきます。ともすれば『これに合わせてタイヤ作ってきてよ』とふんわりした話の中に実は細かい部分でボタンの掛け違いがあると、後々どんどんズレていってしまう。でも今回はドライバーとエンジニア同士が、クルマはこういうふうに進めたい、じゃあタイヤはこういう風に、とすごく建設的なコミュニケーションの構築と歩み寄りができました」
荒「他メーカーだと、その時々にソフトコンパウンドにする? どっちにする? みたいなやり方をすることもありますが、ミシュランは違うんです。ル・マンのアウディのワークスのタイヤテストも、全体のパッケージングとして『はい、次はこういうレンジでこういうタイヤにします』みたいな、整理整頓の仕方が全然違います。そこがミシュランのすごいところ。単純に硬いとか柔らかいではないんです」
小田島「そこで安全性を犠牲にしない。ちょっとこっちの方が速いけれど、レース後半で壊れちゃうかもしれない、っていうタイヤは絶対に使わない。もちろんモータースポーツなので、速いのはすごく良いことですが、ライダー・ドライバーの安全を犠牲にしてはいけない。その速さに価値はありません。
レース用のタイヤってギリギリで作っているんで、最後までバーストしないことはすごく重要なんです。だからこの範囲で使ってくださいね、内圧がこうです、キャンバーがこれくらい、距離……とか、うるさいんですよ」
MotoGPの17インチ化は、自分たちへのハードル
原田「ミシュランは2016年から公式のタイヤサプライヤーとしてMotoGPに復活したじゃないですか。とくに2年くらい前に大きく変わった印象がある。岡田さんも僕も『現役のときにこのプロファイルあったらな~』って(笑)。フロントに安心感が出て、良く曲がるようになった。そういう意味ではレースをやっているのは重要ですよね」
山田「昔はテクノロジーのフィードバックって、ラジアル構造をレースに使って市販にフィードバックしましたとか、レースに使ったシリカコンパウンドが雨の日に良いから市販タイヤに使いましたとか、けっこうわかりやすかったんですけど……、いまはわかりやすいテクノロジーというのがあまりないですね。
でも、原田さんがラドゥで試乗した時に言っていた前後のバランスというのは、MotoGPライダーも同じようにも言うんですよ。もちろんそれは、市販タイヤにも必要なパフォーマンスです」
原田「とにかくフロントに安心感が出た。かつてのミシュランって、もうちょっと寝かせたいという時にスッと無くなることがあったんだけど、いまは安心感が増している。それは岡田さんも言ってましたね」
山田「原田さんと岡田さんがフランス行った時(2019年6月)が、新しいパワー5が出る前年だったんですよ」
原田「僕が『フルバンクに持って行く時のひと寝かせが怖い』ってさんざん言ったら(笑)、エンジニアさんに『ちょっと待て、いまやっているから』って言われたのを覚えています。で、パワー5ですごく良くなった」
山田「MotoGPに復帰したのが2016年。それまでは16.5インチという市販で売っていないサイズだったのですが、2016年から市販と同じ17インチに戻しました。17インチで作ることで技術を市販モデルに移行できるようになります。まぁ16.5インチもミシュランが作ったんですけどね(笑)」
小田島「2016年以前は、他メーカーと競争していたので、16.5インチの方がレース性能としては上回っていた。でも今はワンメイクなので、それなら規格に無いホイールサイズを使わずに17インチにした方が市販タイヤに技術をフィードバックできますから」
【原田哲也さん×荒聖治さん対談:タイヤで広がるプレジャーの世界 Vol.3】プロが薦める『良いタイヤ』に続く
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