エリザベス女王はモーターサイクルを乗りこなし、トラックのエンジン整備もマスターする傑物だった

  • 2022/10/07 14:38
  • [CREATOR POST]風間ナオト

●文:[クリエイターチャンネル] 風間ナオト

第二次世界大戦時に女性部隊へ入隊、バイクに乗る初めての王女に!

2022年9月8日、イギリスのエリザベス2世(エリザベス女王)が、96歳で亡くなられました。世界中から集まったVIPが参列した国葬の様子をニュース映像でご覧になられた方も多いでしょう。

1897年、当時の国王、エドワード7世の支援を受けて設立された『ロイヤル・オートモビル・クラブ(RAC)』がモータースポーツの発展に大きく寄与するなど、英国王室と乗り物には浅からぬ関係がありますが、実はエリザベス女王、若かりし頃にBSAやロイヤルエンフィールドのバイクに乗った経験をお持ちだったそう。

2012年のロンドンオリンピック開会式での映画『007』シリーズ、ジェームス・ボンドとの共演、今年6月に催された即位70周年の祝賀イベント、プラチナジュビリーの際に公開された、人気キャラクター『くまのパディントン』との映像の印象などから、近年はお茶目で親しみやすいイメージが強かったですが、第二次世界大戦を経ての大英帝国の終焉、北アイルランド紛争、ダイアナ元妃絡みの王室スキャンダル、EU離脱等々、激動の時代を常に毅然とした態度で治めてきた女王の内側には、固くしっかりとした芯が通っていたことはいうまでもありません。

そんな芯の強さが表れたのが、1945年の『ATS(Auxiliary Territorial Service:補助地方義勇軍)』への志願です。そこでバイクの運転を覚え、モーターサイクルを操る初めての王女、女王になりました。

エリザベス王女(当時)が乗った「BSA C10」。249ccの4ストローク単気筒エンジンは12馬力を発生しました。

『ATS(Auxiliary Territorial Service:補助地方義勇軍)』で使用された「ロイヤルエンフィールド WD/D」。

BSA、ロイヤルエンフィールドの軍用バイクで見事なスラローム走行

11歳の時、叔父のエドワード8世が“王冠をかけた恋”で退位し、突然、父が国王となったエリザベス王女は、最初こそ戸惑いを見せていたものの、成長する中で少しずつ女王となる覚悟を決めていったといいます。そして13歳の誕生日から数カ月後に始まった第二次世界大戦は、国へ奉仕する自分の気持ちをさらに強く固めました。

「私の全生涯を、たとえそれが長くても短くても、国民の皆さんと英連邦へと捧げることを誓います」とBBCを通じて世界に向けてスピーチしたのが21歳の時ですが、その3年前、すでに女王(当時は王女。ここから女王に統一)は、自らの身を国に奉じていたのです。

『ATS』とは第二次世界大戦時にイギリス陸軍が組織した女性部隊で、18歳を迎えた女王は「自分の役割を果たそう」と決意し、陸軍への入隊を希望。トラック運転手および整備士としての訓練を受け、陸軍に勤務したロイヤルファミリー唯一の女性となります。

そこで「BSA C10」「ロイヤルエンフィールド WD/D」といった250cのバイクでスラロームなどの練習に励み、腕を磨きました。

「BSA C10」は、第二次大戦前からの設計をベースにしたサイドバルブ単気筒エンジンが頑丈で、製造費、維持費とも安く、かつ運転しやすかったことからイギリス軍で多く使用されました。

また、「ロイヤルエンフィールド WD/D」も広く軍で用いられ、女王が乗ったと思われる250ccの他に350cc、570ccも存在していました。ちなみに車名に付く“WD”は“War Department”の略で、イギリス軍用を示します。

他のメーカーと足並みを揃えて民間用の生産を完全に停止し、軍用バイクを数多く製造したロイヤルエンフィールドは、通称 “フライング・フリー(空飛ぶノミ)”こと超軽量59kgの「WD/RE」も有名です。

当時、スラローム練習の様子を取材した現地ジャーナリストは、その「落ち着いた」ライディングに驚かされたとのレポートを残していますが、3歳で初めて馬に乗り、亡くなられる数カ月前まで乗馬を楽しまれていた女王にとっては、鉄馬の扱いはそこまで難しいものではなかったのかも?

フィクションではありますが、映画『ローマの休日』でアン王女が乗っていたのが、可愛らしいベスパなのに対し、軍用バイクを颯爽と乗りこなすなんて何ともイカしてます!

仲間の新兵たちと訓練を受けた女王は、トラックのタイヤ交換やプラグ調整、エンジンの分解整備など、車両メンテナンスの方法もマスター。一緒に働いた女性たちとも友情を築いたそうです。

父のジョージ6世が「娘が特別扱いされないように」と要望し、陸軍では他の若い女性と同じ役割を果たしましたが、さすがに全く同様の扱いともいかず、兵舎では眠らず、「爪の間が汚れた手、グリースが飛び散ったカバーオール」で夜は一旦ウィンザー城に戻り、翌朝、また出勤するスタイルでした。

戦時中、任務で運転している姿がたびたび目撃されていたとのことですが、周囲に「ハンドルを握るのが好きなの」と漏らしていたという話からも女王の乗り物好きぶりが感じられます。

戦時中、ロイヤルエンフィールドも民間用の生産を停止して軍用バイクを数多く製造。346cc、4速の「WD/CO」は重要な連絡手段として活躍しました。

“フライング・フリー(空飛ぶノミ)”とも呼ばれた126 cc・2ストロークの「WD/RE」はパラシュートやグライダーで運べる超軽量の59kg。

孫のウィリアム皇太子とハリー王子は熱心なモーターサイクル愛好家

女王の乗り物好きを受け継いだのが、孫に当たるウィリアム皇太子とハリー王子です。

ふたりは熱心なモーターサイクル愛好家で、ウィリアム皇太子はドゥカティのスーパーバイク1198とハイパーモタード、ハリー王子はトライアンフのデイトナ675に乗っていたんだとか。

バイク好きが高じて、2008年には子どもたちの慈善団体に贈る50万ポンドを集めるため、ホンダ CRF230Lで南アフリカを1万6000km走破するチャリティー・ツアーにも参加しました。

どこに行っても注目を集めてしまう王子たちにとって、人目に付かないように移動できるバイクは格好の気晴らしになるらしく、ウィリアム皇太子は「ヘルメットがどこまでライダーの匿名性を維持してくれるのか楽しんでいるよ(笑)」とも話しています。

90歳を迎えてからもレンジローバーやジャガーを自ら運転したエリザベス女王。天国では若い時分を思い出して、バイクにもぜひ乗っていただきたいですね。

「ベントレー・ステートリムジン」の後部座席に座り、移動される生前のエリザベス女王。ご自分で運転されるのもお好きだったようです。


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