井上ボーリングの仕事〈#4〉 車両メーカーに先駆けて、水素バイクを実用化‼
●文:中村友彦 ●写真:富樫秀明/井上ボーリング ●BRAND POST提供:井上ボーリング
既存の内燃機加工店の枠に収まらない仕事
世の中には数多くの内燃機加工店が存在するけれど、井上ボーリングのように、独創的で幅広い業務を行っているケースは、他に存在しないだろう。
まず他店がプロショップとの取り引きを主軸にしているのに対して、同社ではプライベーターからの依頼が全体の約60%を占めているし、20世紀に生産された旧車を長く楽しむ手法として、アルミメッキシリンダーのICBM/エバースリーブを開発したこと、2ストローク多気筒エンジンの寿命を大幅に伸ばすラビリを生み出したことも、他店とは一線を画する取り組み。
しかも驚くことに、最近になって注目を集めている水素燃料の導入を、井上ボーリングでは今から10年以上前に、オートバイで実現しているのだ。
ちなみに、EV(電気自動車)やFCV(燃料電池車)とは異なり、既存の内燃機の技術が転用できる水素燃料に関して、日本の2輪メーカーが本気の姿勢を示したのはごく最近のことで、2021年11月には水素エンジン活用技術の共同開発という姿勢で、4メーカーの合意が発表された。
それはもちろん、エンジン好きにとっては喜ぶべきことだが、井上ボーリングのこれまでの取り組みを考えると、ようやく……という気がしないでもない。いずれにしても、車両メーカーに10年以上先駆ける形で、内燃機加工店が水素エンジンを実用化したことは、賞賛に値すると言っていいだろう。
水素燃料のバイクを独自に開発
従来のガソリンに代わるエンジンの燃料として、クリーンな排気を実現する水素に注目が集まったのは、今から十数年前のこと。もっとも、水素燃料の研究は大昔から行われていたのだが、2000年代前半のモーターショーでマツダやBMW、フォードなどが、水素エンジンを搭載する試作車を公開したことで、多くの人がリアリティを感じるようになった。
「近年ほど強烈な勢いではないですが、2000年代前半は二酸化炭素を排出するガソリンへの逆風が強くなった時代です。そんな中で当社が注目したのは、水素燃料でした。ただしあの頃の我々が、次世代を見据えたカーボンニュートラルを真剣に考えていたかと言うと、そこまでではありません。実は水素バイクの開発に着手したきっかけは、2ストロークの延命を探ることでしたし、内燃機加工店の立場としては、EVやFCVではなく、既存の内燃機と同様の構成が維持できる、水素燃料に希望を見出したのは当然のことでしょう」
そう語るのは、井上ボーリングの代表を務める井上壮太郎さん。実際に水素バイクを製作するにあたって、開発で使用した車両は空冷2ストローク単気筒のヤマハTY250スコティッシュで、燃料は一般に市販されている水素ガスを使用した。
なおテスト車はキャブレターを装着しているものの、これは空気の吸入/制御とオイル供給用で、肝心の水素燃料は4つの気体用インジェクターを介して、シリンダーの掃気ポートに噴射している。
「気体燃料で着火の早いことなどを考えると、水素燃料の供給はインジェクションの一択になります。当社にはインジェクションのノウハウが無かったので、基本的なシステムの構築は、水素燃料仕様のエンジンを手がけた実績がある、広島のFCデザインさんにお願いしました。ただしFCデザインさんにとっても、2ストローク+水素燃料は初の試みですから、すぐに実走が出来たわけではありません。テスト中に最も大きな問題になったのは、クランクケース内で起こるプレイグニッション=早期着火で、これを解決するために、インジェクターの取り付け位置と燃料噴射量の見直しは何度も行いました。結果的にガソリンと同様のエンジンフィーリングを実現するまでには、数年の歳月がかかりましたね」
2009年に完成した井上ボーリングの水素バイクは、数多くのメディアから取材を受け、テレビ東京のワールドビジネスサテライトが取り上げたこともあるから、当記事を読んでいる人の中にも覚えている人がいるはずだ。
「排気ガスに含まれる有害物質が多いという理由で、2000年代に入ると一般公道用の2ストロークは市場から姿を消すことになりましたが、水素燃料なら、問題は解決できるんです。当社の水素バイクはマフラーからは多少の白煙が出ますが、ガソリン仕様と比較すると、計算上の二酸化炭素排出量は98%減になります。また、白煙の原因となる2ストロークオイルを植物性にすれば、カーボンニュートラルと言うこともできます。この仕様なら、堂々と胸を張って2ストロークに乗れるでしょう。もちろん日常的に使うとなったら、タンク容量や燃料補給など、解決すべき問題がいろいろとありますが、水素バイクの開発を通して、僕は内燃機と2ストロークの未来を感じたんです」
井上さんが考える今後の展望
ここまでの文章を読んでいただければわかるように、井上さんはエンジンの再生と存続に並々ならぬ情熱を注いでいる。その情熱が実を結んだ結果として、水素バイクやICBM/エバースリーブ、ラビリなどが生まれ、現在は750SS・H2用アルミ削り出しヘッドの開発資金をクラウドファンディングサイトのMakuakeで募っているのだが、井上さんの頭の中には、まだまだ数多くの新しいアイデアがあるようだ。
「オートバイに何を求めるか、オートバイのどんなところが好きかは人それぞれで、中には速さが一番と言う人もいるでしょう。でも近年になって、20世紀に生まれた旧車の価格が高騰していることを考えると、速さにこだわる人はもはや少数派で、多くの人が常用域の楽しさや、シンプルな機械としての魅力に惹かれているような気がします。そしてせっかく旧車を楽しむなら、妙な不安を感じることなく、長く楽しんで欲しい。そういった気持ちを前提にして、当社ではお客様に向けて、いろいろと新しい提案をしているんです」
井上さんの話を聞いていて興味深いのは、進むべき道、ビジョンがはっきりしていること。冒頭の文章と似た表現になってしまうけれど、内燃機加工店だけではなく、車両メーカーやバイクショップ、雑誌/ウェブメディアで働く人も含めて、井上さんほどエンジンとオートバイの将来を真剣に考えている人は、世の中にはほとんどいないだろう。
「僕にとってのオートバイは、“移動するアート”にして、“人間をインスパイアする機械”です。走らせていると極上の時間が楽しめるし、自分の精神がいい意味で揺さぶられる。さらに言うならオートバイには、金属製の機械だけが持ち得る“永遠の価値”が備わっている。これは、10年も持たずに壊れてしまい、修理ができない現代の電子機器では、持ち得ない資質だと思います。そう考えるとオートバイは、機械式時計やフィルム式カメラなどと同様に、親から子へと、世代を超えて伝えていくべきもので、今後の2/4輪業界の主役が徐々にEVとFCVにシフトするとしても、内燃機を搭載するオートバイにはまだまだ未来がある、と僕は感じているんです」
※本記事は井上ボーリングが提供したもので、一部プロモーション要素を含みます。※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。※特別な表記がないかぎり、価格情報は税込です。