井上ボーリングの仕事〈#3〉 2ストロークの再生/長寿命化と、H2用ビレットヘッドの最新情報
●文:中村友彦 ●写真:富樫秀明/井上ボーリング ●BRAND POST提供:井上ボーリング
心強い味方からの新しい提案
2ストローク界の救世主。井上ボーリングに対して、そんなイメージを抱いている旧車好きは少なくないはずだ。もっとも、同社の守備範囲は2ストロークだけではなく、4ストロークでも幅広い業務を行っているのだが、カワサキ・マッハシリーズやヤマハRZ/RZ-R、ホンダNSR250Rなど、20世紀に生まれた2ストロークを愛用するライダーにとって、同社はとてつもなく心強い味方なのである。
井上ボーリングが現在の地位を確立した一番の理由は、2ストローク好きの夢を実現する形で、再生や長寿命化の手法を積極的に発信しているからだろう。もちろんそれ以前の話として、すべての作業に共通する技術力の高さという要素があるのだが(かつての同社は、ホンダNSR/RS用シリンダー他、純正サービスパーツの製作に携わっていた)、井上ボーリングが提案する新しいアイデアは、2ストローク好きに希望を抱かせてくれるのだ。
当記事ではそういった手法が生まれた経緯を、同社の代表を務める井上壮太郎さんと主任技師の小林丈晃さんに伺ってみた。
補修からモダナイズに発展
井上ボーリングが初めて提示した2ストロークに特化したメニューは、2000年代前半から開始したNSR250R用シリンダーの再メッキとクランクシャフトのオーバーホールだった。それ以前のNSR用エンジンパーツは、使用限度を超えたりトラブルが発生したりすると、新品に交換するのが普通だったのだが、誕生から10年以上が経過した初期のMC16/18は、純正パーツの欠品が増えていたため、同社は補修という方針を打ち出したのだ。
「シリンダーの再メッキは、メッキそのものの特性に加えて、NSRのように排気ポートの中央に柱が備わっている場合は、熱膨張を考慮した逃がし加工も重要です。当社はホンダさんの下請け仕事を通してそのあたりのノウハウを熟知していたので、冶具の準備に時間はかかりましたが、新品を再現する態勢を整えることができました。一方のクランクシャフトは、NSRは基本的にASSY交換が前提で、専用設計の消耗部品は一部が単品販売されていません。だからかつては、オーバーホールが出来ないと言われていたのですが、当社ではベアリングやセンターシールを独自に準備することで、既存の2ストロークのクランクシャフトと同様に、分解組み立てと芯出しが行えるようになったんです」(井上さん)
シリンダーの再メッキとクランクシャフトのオーバーホールで明確な手応えをつかんだ同社が、次なる課題として取り組んだのは、NSRの持病として有名なセンターシールの抜け対策だ。
2ストローク特有の部品であるセンターシールには、シンプルなゴム製とラビリンス構造の金属製の2種類が存在し、ライフでは金属製が圧倒的に有利だが、エンジン幅の縮小を考慮したのだろう、NSRの純正はゴム製を選択していた。その結果として、経年変化による破損が起こりやすかったのである。
「新車時から抜けが多発していたわけではないですが、当社にオーバーホールで入庫するNSRのクランクシャフトを点検すると、センターシール以外は問題ナシ、という個体が非常に多かったんです。だったらセンターシールの耐久性を高めるべきと考え、油圧機器類などのカタログを徹底的に調べて、NSRのクランクシャフトに装着できる、金属製ラビリンスシールを探しました」(小林さん)
既存の2ストロークが採用していた金属製ラビリンスシールと比較すると、井上ボーリングがNSR用として準備した製品は相当に幅が狭い。とはいえ実際にテストをしてみると、シール性は万全で、始動性やパワーという面でもまったく問題がなかったため、2019年から“ラビリ”としての施行・販売が始まった。
「お客様からは、吹け上がりが軽くなった、レスポンスが良好になったという声も挙がっていますが、ラビリの一番の目的はクランクシャフトの長寿命化です。どんな使い方をしても確実に劣化が進むゴム製シールとは異なり、金属製シールの寿命は半永久的ですから、当社が考案したラビリを導入すれば、NSRの持病は完全に解消できるんです」(井上さん)
ラビリに関しては、当初はNSRに的を絞った開発を行っていた井上ボーリングだが、現在は1970年代のカワサキ・マッハシリーズや、1991年以降のヤマハTZR250R、1996年以降のスズキRGV-Γ250SPに適合する製品も準備しており、パーツ単体での価格は、マッハシリーズ用が5万円で、その他の機種は3万円。なおシリンダーの再メッキに関しても、同社ではNSRと同時代に販売された2ストロークスポーツモデルの多くに対応することが可能で、1気筒当たりの作業工賃は、NSR用が3万3000円、その他の機種は4万円だ。
マッハシリーズはICBMの効果が絶大
第一回目でも述べたように、アルミシリンダー+鋳鉄スリーブが王道だった時代の2ストロークは、スリーブ内壁とピストンリングの磨耗が早く、定期的な整備を怠ると焼きつきが発生しやすかった。中でもその傾向が顕著だったのが空冷並列3気筒のカワサキ・マッハシリーズで、どんなに緻密なオーバーホールを行っても、以後の走行距離が1000kmに満たない段階で、磨耗によるメカノイズの増加を感じることが少なくなかったのだ。
「その問題を解消するのが、当社のICBMです。耐久性と冷却性の向上、軽量化、フリクション低減、熱膨張率の均一化、錆びの解消など、ICBMにはさまざまなメリットが備わっていて、そういった要素はすべてのエンジンに共通ですが、マッハシリーズはICBMを施行すると、明らかにメカノイズが減りますからね。ただしその原因は、スリーブを鋳鉄製からメッキ仕上げのアルミ製に変更したことだけではありません。マッハシリーズは吸排気ポートがかなり大きく、ピストンリングの飛びこみが起こりやすいので、NSRの技術を転用する形で、当社のスリーブは柱を新設しています。もちろん排気ポートは逃がし加工も行っています」(小林さん)
ICBMの施行に合わせて柱を新設する手法は、ヤマハDT-1やRZ/RZ-R、SDRなどでも明確な効果を確認しているし、初代TZR250/R1-Z用ICBMの開発時には、ノーマルのポートを再現する一方で、排気ポートの左右に補助ポートを追加するという新しい試みが行われた。
また、現在の同社は2ストローク好きの夢を広げる新しい提案として、750SS・H2用シリンンダーヘッドやRZ250/350用シリンダーなど、アルミビレットパーツの試作を行っている。前者に関しては近日中に、クラウドファンディングサイトのMakuakeに概要をアップし、開発資金を募る予定だ。
「公道用量産車の世界からは、20年ほど前に姿を消しましたが、僕は軽くてシンプルでパワフルな2ストロークが大好きで、オートバイのエンジンには最適じゃないかと思っています。だからこそ、4ストロークより耐久性が低いという2ストロークの定説を覆したい。では2ストロークの耐久性を左右するのはどの部品かと言ったら、やっぱりシリンダーとクランクシャフトで、ICBMとラビリを導入すれば、いずれも大幅に耐久性を高めることができます。言ってみればICBMとラビリは、当社にとっては2ストロークの再生と復権を後押しする手法なんですよ」(井上さん)
※本記事は井上ボーリングが提供したもので、一部プロモーション要素を含みます。※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。※特別な表記がないかぎり、価格情報は税込です。
※Makuakeの公開は2022年1月24日からとなります。