
「この男の戦う姿を撮ってみたい」。ヤングマシンを含む二輪メディアを中心に活躍中のフォトグラファー真弓悟史。バイクから人物写真まで数々の印象的な作品を撮り下ろしてきた彼が、2024年は全日本ロードレース・JSB1000クラスに挑む長島哲太選手を追いかけてきた。プロに仕事とは無関係にレンズを向けたいと感じさせたその魅力に、渾身の写真と文章で迫る。
●文と写真:真弓悟史
プロジェクトの苦しさに相反する“優しい雰囲気”
全日本ロードレース最終戦・鈴鹿、金曜日の午前のセッション、私はサーキットに到着するとまず長島哲太のピットの姿を撮りに行った。プレスルームで初日のスポーツ走行のタイムを確認する。長島選手は2分7秒台で全体の11番手だ。
前週のワールドスーパーバイクのスポット参戦を終えスペインから水曜日夜に日本に到着するという強行スケジュールの疲れのせいだろうか、まだ初日の練習走行の成績とはいえトップは4秒台を出している中、このタイムや順位は苦しく感じてしまう。
走行を終えた長島選手がピットに帰ってきた。長島選手はピット後方の自分の椅子に座るとダンロップの3人のスタッフが彼を取り囲み、長時間に渡りタイヤの状況を伝えている。
その表情に険しさはなかった。眉間にシワを寄せるような表情もなく、時折笑顔を交えながら淡々と身振り手振り状況を伝えている。嫌な緊迫感やピリピリした感じはそこにはない。私の予想に反しどちらかと言うと表情は明るい。私はこのときの表情が妙に印象に残っていた。
レーシングライダーがピットに帰ってきてバイクを降りると、今コースで感じた状況を感情の高ぶりのままメカニックに熱く伝えているシーンをよく目にする。先日のMotoGP(モビリティリゾートもてぎ・日本GP)ではそのようなシーンをたくさん目にした。だが今の長島選手にそのような感じは受けない。とても冷静で、どちらかというと優しい雰囲気を出しながら話しているのが印象的なのだ。
DUNLOP Racing Team with YAHAGI|長島哲太
私は長島選手に「タイヤが思ったように機能しなかったりしてイライラしたりする事はないの?」と聞いてみた。
「たぶん嫌な顔をして話しても、笑顔で話しても(開発の)進み具合は変わらないと思います。だったら笑顔で話したほうがいいですよね。もちろん『ダメなところはダメ』って言いますよ。そして『悔しい』って気持ちもはっきりと伝えます。その辺りを共感してもらって“この悔しさを忘れないようにしましょう”と言う気持ちを一緒に伝えてます」(長島)
確かにそうだろう。どんな仕事でも相手に怒って言われるより、しっかりと分かりやすく気持ちを込めて伝えてもらった方がいいに決まっているし、やる気にもなる。しかし私が聞いた質問は合っていたのか? 私のピットで見た印象の答えがこれだったのか? まだしっくり来ていない自分がいた。
毎戦のように乗り方を変えるほどの難しさの中で
ダンロップタイヤを3年で勝てるタイヤにする──。このプロジェクトの最初の1年が終了した。年間ランキングは10位。表彰台には届かず開幕戦の4位が最高位だった。
2024年シーズン、開幕戦鈴鹿で予選ポールポジション・決勝4位、第2戦もてぎでは予選6位・決勝6位で上々だったものの、第3戦SUGOからは転倒やダンロップタイヤの苦手とする気温の上昇もありリザルトが下降して行く。涼しくなり期待された最終戦・鈴鹿だったが11位とリタイヤに終わり今回も満足できるリザルトは残せなかった。
DUNLOP Racing Team with YAHAGI|長島哲太
今年、4戦にわたって長島選手のレースを撮影させてもらった。このプロジェクトを外から見ている人間にとって、今年1年目の成績はかなり難しい状況だったのではと思えてしまう。長島選手はこのシーズンをどのように総括するのか聞いてみた。
「思っていた通りの難しさでした。今年に関して開幕戦以外は結果を追い求めるのではなく毎戦、走行ごとに実戦の場で新しいタイヤを試して行く状況でした。レースウィークの中でいろいろなタイヤを履いての繰り返しで、『良かった所』は引き継いで次に行くという開発作業を続けてきました。でも『そこが良くなったら他が悪くなったり』の繰り返しになったりして探っている感じでした。
今回の最終戦が終わって『やっぱりこういう方向だよね』という確認は取れたので、今年はタイヤの方向性を決める1年だったと思います」(長島)
それでも、まだトップグループにはついていけない状況だ。時折見せる速さはあるのだが──。
「1発のラップタイムを狙うだけなら、もう少し詰められる可能性はありました。でもレースで言ったら『まだまだ手も足も出ない』状況です、もっともっと頑張らないといけないですね」(長島)
苦しい状況であることを潔く認める長島選手。常に新しいタイヤをトライし続けた今年の“難しさ”についてもう少し知りたくなり、長島選手の所属するダンロップレーシングチームウィズ・ヤハギの藤沢監督に聞いてみることにした。
「先週テストで評価したタイヤが今週の気温や他のサーキットのコンディションの中で使えるかどうか分かりません。今年は毎戦のようにそのような状況の中でレースを戦ってきたので、セッティングも苦労しました。そんな中で、哲(長島選手)がそのタイヤに合わせて毎回乗り方を変えていかなくてはならなかった所が、一番大変だったと思います」(藤沢)
ファインダー越しにもわからなかった、ライダーの乗り方の微妙な違い。タイヤの特性の違いに合わせてライダーが乗り方まで変えていると気付けなかったことに内心で少し悔やしさも覚えながら、レースウィークの“本番”の中でセッション毎にタイヤを試しながら予選や決勝に向けてセッティング出すという複雑な作業をやってのけてきた長島選手に、改めて尊敬の念を抱く。
そしてもうひとつ、第3戦SUGOで事前テストから転倒が相次いだとき、藤沢監督はプロジェクト遂行のために大きな決断を下したという
「哲が評価できない体になってしまったら開発が止まってしまう。哲にはこれ以上リスクを負わせたくない。だから哲には70%から80%で(の力で)最終戦まで評価をし続けられる事が絶対条件だとSUGO終わりで判断しました」(藤沢)
藤沢監督はダンロップ側にもこの考えを話し了承を得た。もちろんダンロップもこのプロジェクトは長島選手がいなければ成り立たないことを分かっている。実はそんな“難しい”状況の中で行われていた今シーズンのタイヤ開発だったのだ。
「まず評価基準をそこに持って行って、トライを進めて行ったのが今シーズン。タイヤのベースを作って行く所は当然やりたかったんですが、タイヤのベースを作るためのトライを最優先で進めましたから、それをレースの中で最大限生かした所でやっぱり……。(そんな中では)今年の順位は受け入れられる順位なんじゃないかなと思います」(藤沢)
長島選手に今年求められていたのは、各開催サーキットのさまざまな路面状態でレース距離を最後まで走り切り、タイヤのデータを持ち帰ることだった。レーシングライダーなら少しでも順位を上げたかったに違いないが、その気持ちをグッと堪え、一歩一歩データを積み重ねて行くのが今年の長島選手に与えられた任務だったのだ。焦らず、確実に、淡々と。
私がピットで見た長島選手は目先のタイムや明日の勝利を目指しているのではなく、2年後の目的地を見据えていたのではないだろうか。藤沢監督の話を聞いたことで、ピットで見た長島選手の表情に私なりに答えが出たような気がした。
2025年はリザルトを意識したレースにシフトチェンジする
チームもライダーも3年目(2026年)の目標に向かってやるべきことを確実に行なっている。しかし、そうは言ってもあと2年後には勝たなくてはいけないのがこのプロジェクトの使命だ。この件について藤沢監督に聞くと──。
「現状のパフォーマンスには満足していないのは当然です。来年は明確にリザルトを意識したレースを組み立てます。そうじゃないと目標に間に合わないですからね。開幕戦から出来るかどうかは分かりませんが、来年のレースに関してはリザルトを意識したタイヤ作りを進めていきます。
今年はベース開発・基礎開発に振り分けていろいろなデータが取れましたから、来年は少しでもタイムをよくするために何ができるかという所をもっと詰めた形でレースを進めていけるよう準備をしていきます。そして来年こそどこかで表彰台に上がってチャンピオン争いの下の方にでも絡んで『よし! 2026年はチャンピオン取りにいくぞ!』と言って再来年のレースに向かう。それが2025年のテーマですね」(藤沢)
2025年は今年より一か月以上遅く、4月20日にモビリティリゾートもてぎで開幕戦を迎える。このシーズンオフ、チームとダンロップは各地で精力的にテストを行う予定だ。長島哲太が今年1年自分で蓄積したデータを使い作られたタイヤを武器に来年どこまで上がって来るのか。そして、目的が“順位を上げること”に変わったレーシングライダーの表情をピットでレンズ越しに捉える日が、今から楽しみでならない。
DUNLOP Racing Team with YAHAGI|長島哲太
DUNLOP Racing Team with YAHAGI|長島哲太
DUNLOP Racing Team with YAHAGI|長島哲太
【真弓 悟史 Satoshi Mayumi】1976 年三重県生まれ。鈴鹿サーキットの近くに住んでいたことから中学時代からレースに興味を持ち、自転車で通いながらレース写真を撮り始める。初カメラは『写ルンです・望遠』。フェンスに張り付き F1 を夢中で撮ったが、現像してみると道しか写っていなかった。 名古屋ビジュアルアーツ写真学科卒業。その後アルバイトでフィルム代などの費用を作り、レースの時はクルマで寝泊まりしながら全日本ロードレース選手権を2年間撮り続ける。撮りためた写真を雑誌社に持ち込み、 1999 年よりフリーのフォトグラファーに。現在はバイクや車の雑誌・WEBメディアを中心に活動。レースなど動きのある写真はもちろん、インタビュー撮影からファッションページまで幅広く撮影する。
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