モビリティリゾートもてぎで2024年5月18日・19日に開催される「2024 Hertz FIM トライアル世界選手権 第1戦 大成ロテック日本グランプリ」も目前に迫り、レプソルホンダチームが来日。17年間にわたってタイトルを独占してきた最強チームの監督にインタビューする機会を得た。
●文/写真:ヤングマシン編集部(ヨ) ●写真:ホンダ ●外部リンク:トライアル世界選手権 日本グランプリ
最高峰クラスで王者になった唯一の日本人、監督として3年生に
41歳で引退するまで、豪快な開けっぷりから“フジガス”と呼ばれた藤波貴久さんは、現在レプソルホンダチーム(Repsol Honda Team)で監督を務めている。普段はチーム本拠地であるスペイン在住だが、モビリティリゾートもてぎで2024年5月18日・19日に開催される「2024 Hertz FIM トライアル世界選手権 第1戦 大成ロテック日本グランプリ」を目前にチームともども来日した。
そんな藤波監督、現役時代はトライアル世界選手権で2004年に日本人として史上唯一のチャンピオンを獲得。トップカテゴリーと言われる世界選手権モータースポーツの最高峰クラス(または無差別クラス)で年間チャンピオンを獲得した唯一の日本人であり、引退した2021年にも開幕戦で5年ぶりの優勝を遂げている。世界選手権におけるキャリアは26年間にもおよび、現役最年長ながらランキング上位争いの常連だったことから鉄人と呼ばれたこともあった。
引退後の2022年より自身が所属してきたレプソルホンダチームの監督に就任し、監督業は今年で3年目。エースライダーは、17年間にわたってトライアル世界選手権(アウトドア)とX-Trial(インドア)を連覇し続け、計34個もの個人タイトルを獲得してきたトニー・ボウ選手だ。チームメイトには成長著しいガブリエル・マルセリ選手を擁し、日本グランプリで1-2フィニッシュを目指す。
チームの来日に際し、本田技研工業本社にてインタビューさせてもらえることになったので、トライアル競技の魅力や日本グランプリでの意気込みを語っていただいた。
最強チャンピオンを擁して
(YM)──これまで2年間、監督としてチームを率いてきましたが、あらためて現役時代とどのようなの違いを感じていますか?
藤波監督「まあ、やっぱり考え方はまるっきり違いますよね。現役時代はルーティンとして毎日練習をしていました。それがほぼ練習しない日常になり、オフィス仕事に変わったりだとか。当然、以前所属していたチームをそのまま継続で監督をさせていただいているので、大筋でやり方はわかるんですけど、やっぱり全てが違うというか。ライセンスひとつ取るにもどこに連絡したらいいの? っていうところから始まっているので、本当に1年目はすごく大変でした。ただ大変でしたけど、その中にもやっぱりやりがいっていうのも見つけています。
やっぱりこれだけ偉大なチャンピオン(トニー・ボウ選手)の監督になって、もしこれでチャンピオンが取れなかったらどうしよう……っていうプレッシャーも凄く高かったんですけど、彼もそのままチャンピオン取ってくれて。今は本当にすごく楽しいですし、3年目になる今年はいろんな意味でわかってきて、本当に藤波だからこそっていうできるっていうやり方でやっていますね」
──それはやはり信頼関係であったりとか?
「そうですね。ライダー目線で気持ちがわかるというのは大きいと思います」
──今でも自分で走ってみたい気持ちになったりしますか?
「たまには走っています。さすがにルーティンとして毎日走るということはしませんけど(笑)。ただ、トニー(ボウ選手)やガブリエル(マルセリ選手)の練習に付き合ったりはするんですけど、そこで乗りたいとは思わないですね。やっぱりレベルがどんどん上がってきてるので」
──トニー・ボウ選手といえば17連覇・34タイトルという想像もつかない記録を持っていますが、藤波監督から見た彼の凄さとは?
「彼の凄さは目標設定の置き方でしょうね。1回チャンピオン獲って終わりではなく、常に自分をどれだけ超えられるかという挑戦になってるんですよ。チャンピオンを獲りました。じゃあ次は? と、その先を見る。それが全然衰えないんです。去年の自分に勝つ、その次に勝つっていう感じで、どんどん前に行っています。いろいろな取材の機会で彼に『どうやってモチベーションをどうやって保っているの?』なんて聞いたりもしているんですが、とにかくトライアルが好きなんですよね。まずそこが一番だからこそ、全然モチベーションも衰えないし、楽しいからやってるっていう。そんなシンプルさで、ずっと34回もチャンピオンを獲っちゃったっていう感じです」
──やはり世界チャンピオンになるにはメンタルが重要なんですね。
「だからこそ技術的にも向上しつづけています。メンタルが強くなければ、毎日あれだけハードなトレーニングや練習をしていたら嫌になってくるものなんです。でもそれが嫌にならないっていう。メンタルの持ち方次第で楽しめるっていうところもあるので。そしてもうひとつ、究極の負けず嫌いです(笑)」
──藤波監督は現役中に練習していて嫌になるみたいなこととかあったんですか?
「うまくいかない時は嫌になったりってありましたけど、やめたいと思ったことは1度もなかったですね」
──ガブリエル・マルセリ選手はどんな選手ですか?
「僕が3年前に引退して、その後釜にガブリエル選手を起用したんですが、最初は“レプソルホンダ”のプレッシャーもあってか、うまく成績に繋がらなかったんです。でも去年と今年(インドアでボウ選手と1-2フィニッシュを飾るなど躍進中)は成績も上がってきて、今後トニー・ボウを脅かすの彼なんじゃないかなって思っています」
──チームメイトはとても強力ですが……。
「そうですね。マシンも環境も同じで、チームメイトが偉大なチャンピオンという中、彼(ボウ選手)から得ることっていうのは本当に凄く多い。そしてトニーもやっぱり教えてくれるんですよ。まあ、やっぱり少し差があるからっていうのはあるとは思うんですけど、本当にチームメイトによく教えてくれる。そういう姿勢でお互いが上達しています。トニーはトニーで若手が入ってきて刺激になっていますし、本当に2人で切磋琢磨して上がっているっていう感じです。
ただ。複雑ですよね(笑)。僕は僕で今までの長い付き合いの中、当然トニーにはチャンピオンを獲って欲しいと思っていますし、でもマルセリ選手も次世代を担う者としてトニーをやっつけなきゃいけないっていうところもある。今本当にどんどんと近づいてきてる中で複雑です」
──チームとしても競技としても世代交代をしていかなければと。
「そうですね。トニーもこのまま一生続くわけじゃないくて、いつかは落ちる時が来ます。でも落ちるのを待ってるのではなくて、脂が乗ってる今の状態の時にやっつけてほしいというところもやっぱりあります。そのほうがファンからしても世代交代されたんだっていうのがわかりますしね」
ホンダがトライアル世界選手権にワークス参戦を続ける意義
──ホンダが日本メーカーとして唯一、トライアル世界選手権にワークス参戦しています。この意義については?
「一番はチャンピオンを獲り続けているカテゴリーということだと思うんですが、バイクの基本っていうのはやっぱりトライアルだと思うんですよね。バイクの手足のように扱えて、繊細な動きができて。そこはホンダの中でも大切にされていて、今はほかのモータースポーツのライダーもトライアルを取り入れて練習するようになっています。なんというか、本田宗一郎さんのスピリッツにもすごく合致しているのかなと思いますね」
──モトクロスでは 2010年前後から、ロードレースでは2020年代になって欧州メーカーが勢いを増してきています。モトクロスは盛り返してきていますが、トライアル世界選手権の現場ではどうでしょうか?
「今はガスガス(KTM傘下)が勢いがありますけど、やっぱりホンダチームとしてこれまでずっと勝っているように全く衰えていません。他にのメーカーさんからすると煙たい感じだと思いますけどね」
──ホンダは数少ない4ストロークで戦っているメーカーです。これについては?
「最初の頃は4ストロークにアドバンテージはないって言われたんですけど、それは逆の考えでどんどんと開発をしていって、4ストロークのいいところをどんどんと伸ばして。本当にホンダって負けず嫌いの会社だと思うんです(笑)。負けても這い上がろうっていう気持ちが凄いです」
──4ストロークの強みっていうのはどういうところにあるんでしょうか?
「ゆっくり走れるところです。ゆっくり走ってマシンをコントロールできる。ただ、瞬発力は2ストロークに比べるとないと言われてきたので、そこはカバーするように開発しながら、4ストロークの力強さの部分を伸ばしています」
トライアルの面白さは、ありえない動きをする選手が間近に見られるところ
──トライアルを他の二輪競技と比べると、ジョルディ・タレスやドギー・ランプキンなど、長期政権になる人が多いような印象があります。こうした違いはどこからくるんでしょうか?
「トライアルという競技は、マシンとライダーで言うとライダーの技量がかなりパーセンテージ的には高いんだと思います。ロードレースやF1だとストレートの速さだとかコーナリングだとか、マシンの性能っていうのもかなり高いと思うんですけど、トライアルはまあ50:50以上ぐらいにライダーの技量がパーセンテージ的には高い。だから多分、他のライダーよりも頭ひとつ出ているとその分だけ長く頂点にいられるのかなと思います」
──また、トライアルは競技生命が長いような印象もありますが。
「これがですね、僕が41歳までやったんですけど、それが最長記録なんですよ(笑)。それまで多くのライダーが31、32歳で引退してたんです。トライアルは多くの選手が長くやってますよねって言われるんですけど、けっこう僕が引っ張ってそういうイメージを作った感じですね。ただ、そこで長くやれるという前例を作ったので、トニーが今37歳なんですが、全然やれるという雰囲気になっています。まあ、今はサプリだったりとかの考え方も変わってきていますので、トレーニングして体のケアもちゃんとやるというところで、他のカテゴリーのアスリートも一緒ですよね。
僕は目標はイチローさんでした。野球のイチローさん目標にしてたんですよ。全然カテゴリーは違うんですけれど、やっぱりあそこまで突き詰めてやってる人っていうのはやっぱりどのカテゴリーであっても目標になります。世界の最高峰で戦っているという部分で共感できることが凄く多かったので目標にさせていただきました」
──イチローさんと言えば、一時期は朝ごはんに絶対カレーを食べる、みたいな話もありましたね。
「朝起きて練習に行くまでのルーティンっていうのはありましたね。例えば顔を洗いに行ったりとか、靴を絶対右から履くとか。そういうのはずっとやってました。例えば石が左足のブーツの中に入ったりとかして、左足を脱いだらもう1回右足を脱いで、もう1回左を履き直すとか(笑)。トニーも“このパンツは勝負パンツ”とかっていうのが結構あるみたいです。皆さん何かしらそういうのがあると思いますよ。でも僕はやっぱりライダーのときよりはゲン担ぎはなくなりましたね」
──ルーティンによってメンタルを整えるみたいなことなんでしょうか?
「自分を安心させるっていう意味では、やっぱりそういうルーティンっていうのは大事なのかなと思います。トライアルって本当に凄くメンタルの競技なので。競技が5時間、6時間と続いている中で常に集中してやっていかないといけない。ひとつ失敗しても次のコースでまた盛り返すとか、本当にゴルフみたいな感じでひとつひとつセクションを攻略していくんです。自分との戦いで、自分が成功すれば成績がついてくるんですね。誰かが失敗すればとかじゃなく、自分の思っているようにできれば成績がついてきます。だから、ライバルの選手であってもラインを教えあったりとか、『俺ここ行くけど、お前はどっちから行くの?』とか……。あくまでも自分との戦いなので、ライダー同士の仲はいいですね」
──改めてトライアルの魅力を藤波監督の言葉で語っていただくと?
「道なき道を行くっていうのがトライアルなんですけど、観たことのない方からすれば想像を絶するような壁っていうのをオートバイで駆け上がっていく、それを本当に間近で観られるというところが魅力でしょうか。本当に1m、2mの距離で選手が走り、下見をして会話している言葉が聞こえたり、さらには観客と会話するアットホームなところもある。そんな距離感はロードレースやモトクロスにないものだと思います。ヘルメットも顔が見えるオープンフェイスですし、ライダーの悔しがる顔、喜んでる顔も見えます。
マシンが目の前を通り過ぎていくだけじゃなく、1個1個のコース全体を見れるっていうところも違いですね。さっきのあのライダーはこう超えていったけど次のライダーは? という楽しみ方ができるのもトライアルの魅力だと思います」
【動画】インタビューの様子はこちらから
【おまけ】ホンダコレクションホール内をバイクで飛び跳ねる藤波監督はこちら↓
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