1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第91回は、最終戦を残すのみとなったMotoGPについて、いつもよりちょっと熱く語ります。
TEXT:Go TAKAHASHI PHOTO:DUCATI, MICHELIN, RED BULL, YAMAHA
自分を抑えることがとにかく大事……だけどライダー心理も分かる
第19戦マレーシアGP・Moto2クラスを観戦していた日本のレースファンの皆さんは、最終ラップに思わず声を挙げたのではないでしょうか? 僕もそのひとり。本当に「あーっ!」と叫んでしまいました。2番手を走っていた小椋藍くんがトップのトニー・アルボリーノに仕掛けて、転倒してしまったあのシーンです。
今まで何度かこのコラムで、「チャンピオンになるためには、自分を抑えることがとにかく大事」と繰り返してきました。もちろん今も、そう思っている自分がいます。でも今回言いたいのは、真逆のこと。藍くんには、「僕もレーシングライダーだからね。アルボリーノのインに突っ込んだ気持ちは、すごくよく分かるよ」と声を掛けたいんです。
僕自身、現役時代には何度も何度も同じ失敗を繰り返してきました。後になって思えば「やめておけばよかった」というチャレンジで転倒したり、勝つことにこだわりすぎてミスをしたり……。’97年、そして’98年はそういう自分に負けるかたちで、チャンピオンを逃しています。
でも、仕方ありません。ライダーはそういう生き物なんです(笑)。それに、誰よりも強く「勝ちたい」「目の前にいるライダーを抜きたい」という思いを持っていなかったら、そもそもタイトル争いする位置にはいられません。藍くんだって、その積み重ねでランキングトップに立っていたわけです。チャンピオンになる最大の近道は、勝つこと。勝とうとすることが出発点なんです。
勝ちたい気持ちがあるからこそ、速く走る。当たり前ようですが、これはレーシングライダーにもっとも必要な基本的な資質です。いったん気持ちが守りに入ってしまうと、もう攻められなくなってしまうんじゃないかという恐怖感があります。一方で、もちろん速く走ること、攻めることにはリスクもある。だからタイトル争いをしているレーシングライダーはもちろん、勝利や表彰台が目の前にあるライダーたちは、みんな走りながら「守るか? それとも攻めるか?」と、ものすごくせめぎ合っています。
そしてやっぱり、「チャンピオンになるためには、自分を抑えることがとにかく大事」なんですが、それはあくまでも外から見ての結果論。僕がこんなことを言えるのも、今は現役じゃないからです。「抑えるか、攻めるか」という葛藤に正解はありませんが、レーシングライダーならどうしても攻める気持ちが勝ってしまう。タイトル争いの重大な局面でポイントを失った藍くんの転倒を見ると「あーっ、もったいない!」と言いたくなりますが、走っている側としては「そんなに冷静に計算しながら走っていられないよ」というのが本音でしょう。
僕は現役時代、「クールデビル」と呼ばれていました。でも本人としては、「え~?」と納得していなかった(笑)。たぶん戦略的にレースを組み立てるから「クール」という印象だったのでしょう。でも内面は、勝ちたくて仕方がなかった。勝つために戦略的になっていただけのことで、クールとは真逆でめちゃくちゃ熱い男だと、自分では思っていました。「クールとか言って、勝手に冷ますなよ」と(笑)。
そりゃそうです。いつも言いますが、グランプリは各国のトップが集まり、その中でさらにトップを競う場ですからね。誰もが「オレが1番だ!」と強い気持ちを携えてレースに臨んでいるんです。そんな中、ただ冷静に走っていて勝てるものではありません。だから僕はマレーシアGPでの藍くんのアタックと転倒は、レーシングライダーである限りはやむを得ないことだ、と理解しています。
でも藍くんは今頃、めちゃくちゃ後悔していることでしょうね(笑)。さっきも書いたように、ものすごく葛藤しながら走っていたとは言え、結果的に転んでしまい、タイトル争いが一気に不利になったことには変わりありません。最終戦バレンシアGPがどうなるかはまったく分かりませんが、藍くんとしてはとにかく勝ちに行くしかなくなりました。
最終戦までもつれ込んだMotoGPクラスは、バニャイアが圧倒的に有利
同じように勝ちに行くしかないのが、MotoGPクラスのファビオ・クアルタラロです。アラゴンGPでマルク・マルケスと接触・転倒して以来、どうも流れがよくないクアルタラロ。第18戦オーストラリアGPでも転倒し、チャンピオン争いしているフランチェスコ・バニャイアに大きな差をつけられましたが、マレーシアGPでは指を負傷していながらも気迫の走りを見せて3位に。なんと6戦ぶりの表彰台獲得で、首の皮一枚つながっている状態です。
ここで少し時間を戻しますが、オーストラリアGPではスズキのアレックス・リンスが優勝しました。彼はバトル中のブレーキングがすこぶる上手く、ブロックラインの取り方も巧み。後から迫るマルケスの動きを読み切りながら、マルケスが前に出にくい絶妙なラインを通っていました。
逆にマルケスは、無理をするとフロントが切れ込んでしまい転倒の恐れがあったため、思うようにコーナーに飛び込んでいけないようでした。マルケスがフロントを切れ込ませるシーンは以前からよく見られましたが、復帰してからは今まで以上に増えているように感じます。このあたりにRC213Vの課題が見え隠れしているのでしょう。来季、本格的にマルケスが復調して開発に取り組めば、また強いホンダ×マルケスが見られるはずです。
もてぎで4位、ブリラムで5位、フィリップアイランドで2位、そしてセパンでは7位になったマルケスは、あっという間にポイントランキングでホンダ勢トップになっています。大きな負傷を受け、長くレースから離れていたにもかかわらず、そのブランクを感じさせないほどのマルケスの実力は、空恐ろしいものがあります。来シーズンの見所のひとつになることでしょう。
さて、クラルタラロがタイトルを獲得するには、とにかく最終戦バレンシアGPで優勝するしかありません。2位以下になってしまうと、その時点でバニャイアは自動的にチャンピオンです。仮にクアルタラロが優勝しても、バニャイアが14位以上ならタイトルはバニャイアのもの。圧倒的にバニャイアが有利な状況ですが、レースは本当に最後の最後まで何が起こるか分かりませんので、ドキドキしながら観戦しようと思います。
それにしても今シーズン中盤戦以降のバニャイアの強さは見事でしたね。彼の強みは、トップを走っていて後ろからつつかれてもまったく動じないことです。もちろんたまにはミスもありましたが、基本的に動じない。今回のマレーシアGP決勝でも、エネア・バスティアニーニにぴったりと迫られても、走りにほとんど乱れが見られませんでした。
彼のこの強みは、予選中でも確認できます。最近のMotoGPの予選は、スリップストリームを使ってタイムアップを狙うやり方が常套手段になっています。でも、誰だって自分の走りに集中したい時に真後ろにピタリと着かれるのはイヤなもの。前を行くライダーはだいたいイライラした様子を見せます。でもバニャイアは、まったく気にする素振りを見せない。よっぽどメンタルが強いのでしょう。
最終戦でのバニャイアは、無難に走るだけでタイトルを獲得できます。でももちろんライダーですから、勝って決めたい気持ちもあるでしょう。メンタルの強い彼は、守るのか、攻めるのか。いったいどんなレースになるのか、11月6日の決勝に注目したいと思います。
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