電動キックボードの規制緩和・新分類などを含む道路交通砲の改正が可決されたのは2022年4月。さまざまなメディアや業界団体から危険性を懸念する声が上がっていましたが、9月25日には死亡事故が起こってしまいました。場所は駐車場内、車止めに引っ掛かって転倒したといいます。
●文: Nom(埜邑博道)
電動キックボードで飲酒運転かつノーヘルで初の死亡事故が起きた
ついに、というかやはり起きてしまった電動キックボード乗車中の死亡事故。
報道によると、去る9月25日、会社役員の男性が電動キックボードを運転中に、東京都中央区のマンション駐車場で方向転換をする際に車止めに衝突。頭部を強く打ち、搬送先の病院で死亡が確認されたそうです。
警察の調べによると、飲酒運転の可能性があり、男性が乗っていたのは実証実験中の電動キックボードでヘルメット着用は任意であり、男性はかぶっていなかったといいます。
WEBヤングマシンでも、数度にわたって電動キックボードに関する記事を掲載してきました。そのなかでも、今年の4月に衆議院議員で可決された電動キックボードの規制緩和・新分類などを含む道路交通法の改正に疑問を呈しました。
すでにみなさんもその内容はご承知だと思いますが、あらためてご説明すると、一定の条件を満たす電動キックボードは、従来の原動機付自転車(原付)区分から「特定小型原動機付自転車」という区分とされ、・運転免許証は不要、・ヘルメットの着用は努力義務、・走行場所は車道と自転車走行レーンで条件付きで歩道も可、・制限速度は20km/h(歩道走行時は6km/h)、・運転者の年齢制限は16歳以上というものでした。
一定の条件というのは、・電動車に限る(出力は600W以下)、・最高速度20km/h以下に制限されている(スピードリミッターの装着が必須)、・長さ190cm×幅60cm以内(普通自転車相当)、・特定小型原付に必要な保安部品が装着されていること、です。
誰もが驚いたのは、16歳以上であればノーヘル・無免許で、公道で電動キックボードに乗れるという点でしょう。
この道交法改正案が議論されている間も、街中での電動キックボードの危険な運転についてTVのワイドショーなどが盛んに取り上げていました。一時停止を守らない、一方通行を無視する、信号を無視する、ナンバープレートを付けていない、歩道を通行する、などなど。
バイクに乗るときは道路交通法を順守し、安全運転を心がけるのが基本である我々ライダーにとっては信じられないような、法律も安全性も無視した運転が頻繁に見かけられていたのです。
社会が問題視し始めていた電動キックボードの無謀運転がありながら、上記のような道交法改正案が決定されたのですから、各種報道からも反対意見が数多く聞かれたのもご存知の通りです。
産業競争力強化による生産性向上のためには危険でもいい?
我々にしてみれば無謀とも思われるこの道交法改正案が可決された背景には、「産業競争力強化法」があります。経済産業省のウェブサイトを見ると、我が国産業における生産性の向上を目指すもので、事業再編を行う取り組みを行う事業者に税制優遇や金融支援等の支援処置を講じることで、当該取組を後押しする、と書かれています。
簡単に言うと、産業競争力強化のために、それを阻害している要件を緩和、さらに金銭的な支援も行って、生産性を向上させるというもので、その中に電動キックボードのシェアリング事業もあります。
都心におけるラストワンマイルの便利な手段であり、カーボンニュートラルな電動キックボードを有効活用することで、産業競争力や生産性を向上するという狙いがあり、そのためにシェアリング事業者からの要望を受けて、現在各所で行われている電動キックボードの「実証実験」においては新事業特例制度を活用して特例処置が設けられました。
その特例処置が・ヘルメットの着用を任意とすること、・普通自動車専用運行帯の走行を認めること、・自転車道の走行を認めること、・自転車が交通規制の対象から除かれている一方通行路の双方走行を認める、というものです。
つまり、電動キックボードのシェアリング事業をよりユーザーが使いやすいものにすることで、さらなる普及を目指すという風に読み取れます。
「手軽で便利な電動キックボードだけど、ヘルメットをかぶらなきゃいけないなら乗りたくない」という声が多いことは、容易に想像が付きます。この特例処置の中でも、ヘルメット着用は任意という項目が他の項目に比べて格段に利用者の増加を招くものだと思います。
しかし、電動キックボードのシェリング事業という新たなビジネスモデル普及のために、安全性には目をつぶるような特例処置は果たして妥当なのでしょうか。
ヘルメット着用義務化が今日まで続く原付の販売台数減少を招いた
ヘルメット着用に関して、ひとつ思い出すことがあります。
1986年7月5日、道交法が改正され原付のヘルメット着用が義務化されました。安全性の観点からすれば当然かもしれませんが、昨日までノーヘルで乗れた原付が、いきなり着用が義務化になったのでかなり混乱したことを覚えています。
そして、この影響は如実に原付の販売実績に現れました。
この道交法が施行される前年の1985年の原付の出荷台数は164万6115台。それが、施行された86年は142万9110台になり、翌87年は102万9329台まで減少。その後92年に100万台を切り、2021年は14万2369台(生産台数)と86年の10分の1にまで減少しています。
この原付の台数減少については、ヘルメット着用義務化以外にも30km/hという制限速度や二段階右折、さらには排気量50㏄というカテゴリーが日本だけのガラパゴス状態になってしまったなどさまざまな要因がありますが、将来的には原付にも車載式故障診断装置「OBD2」の装着が義務化され、それによる価格上昇が予想されていて原付自体の存亡が危ぶまれているのが現状です。
ラストワンマイルどころか、その気になれば100kmでも200kmでも走れてしまい、国民の74.8%が所有している(2019年・内閣府調べ)四輪の普通免許で運転でき、燃費もよくて車体も軽量・コンパクトな原付は、とくに地方部では通勤・通学に欠かせない存在でもあります。
社会にとって非常に有益である原付は、二輪業界の長年にわたる規制緩和(最高速度や二段階右折など)の声を一切聞き入れてもらえていません。今年の4月に警察庁に筆者が行った、電動キックボードの件に合わせて原付の規制緩和は考えているかという質問に対しても、「規制緩和は予定しておりません」という回答でした。
すでに一定数の国民が便利に利用していて、その存在が確立している原付に関しては一切規制緩和を予定していないのに対して、新たなモビリティとして登場してきた電動キックボードに対しては規制緩和というか、新たなルールをつくってまで普及させようというのは、やはりとても不可解です。
今回の死亡事故を受けて関係各省・庁の考えは変わるのか?
今回の死亡事故について、電動キックボードのシェアリング事業に関係している各省庁はどのように受け止めているのでしょうか。
まず、特例処置を設けてシェアリング事業者が行っている実証実験を管轄している経済産業省。
「道交法改正案の中でヘルメット着用は任意となっているので、任意のままにするかどうかという議論は出ていない。警察庁が特例を設け、それにのっとって実証実験を施行していて、令和6年4月まで、事業者から早めに止めたいという申し出があった場合や違法行為があった場合以外は継続していく方針だ。ヘルメット着用に関しては、任意であるが着用を推奨していく」
次に、「新たなモビリティ安全対策ワーキンググループ」を開催して、電動キックボードの保安基準などを有識者と検討している国土交通省。
「今回の交通事故は承知している。しかし、免許やヘルメットなどに関しては警察庁が検討を行っているもので、国交省では特定小型原動機付自転車に該当する電動キックボードの保安基準を検討していて、ワーキンググループで決定した保安基準等について、年内にはパブリックコメントを募集する予定だ」
経産省、国交省ともにヘルメットの着用や免許の要・不要に関しては、警察庁が決めた特例にのっとっているもので、今回の死亡事故によりヘルメットの着用についての議論は特段出ていないとのことでした。
また、10月17日に「特定小型原動機付自転車」の保安基準に関するワーキンググループの検討結果が取りまとめられたとして、パブリックコメントを募集する旨のリリースが出ました。本稿ではその内容については取り上げませんが、みなさんには下記リンクからその内容をぜひご覧になって、ご意見のある方は提出していただきたいと思います。
では、警察庁はどういう見解でしょう。質問は、①今回の死亡事故を受けて、「特定小型原動機付自転車」にもヘルメット着用義務化を検討しないのか、②飲酒運転の防止には安全運転教育が必要だが、16歳以上は免許取得は不要のままなのか、③電動キックボードの安全運転教育はどのようにやっていくのか、の3点。
下記に警察庁交通局からの回答を記します。
「特定小型原動機付自転車は、その大きさ、性能上の最高速度等が自転車と同程度であることから、自転車と同様の交通ルールを定めることとしており、乗車用ヘルメットの着用については、自転車と同様に努力義務を課すことされました。
また、特定小型原動機付自転車の運転に免許を要しないこととされた一方、交通ルールを周知する機会を設けることが、利用者の安全な利用を促進する観点から重要であることから、特定小型原動機付自転車を販売し、又は貸し渡すことを業とする者に対して、その購入者又は利用者への交通安全教育を行うことを努力義務として課すこととされました。
警察庁では、関係事業者及び関係省庁等から成るパーソナルモビリティ安全利用官民協議会において、交通安全教育の在り方等について検討しているところであり、引き続き、関係機関・団体等と連携しながら、乗車用ヘルメットの着用促進及び飲酒運転の防止を含め、効果的な交通安全対策を推進してまいりたいと考えています」
ヘルメット着用に関しては、大前提である「自転車と同様のルール」のまま、努力義務とする方針で、安全運転教育はシェアリング事業者の努力義務とする、また関係機関・団体と連携して、ヘルメットの着用促進と飲酒運転の防止等の安全運転耐対策を推進していくとのことで、今回の事故を受けての方針転換等は一切ないようです。
最後に、今回の死亡した会社員が利用していたシェアリング事業者であるLUUPに、経産省によるとヘルメット不要の特例はシェアリング事業者からの要望で決まったように書かれている点についてと、今回の死亡事故を受けてシェアリング事業運営者として今後の運用をどう考えているか聞いてみました。
少し長くなりますが、LUUPの広報担当者からのメールでの回答を下記に記します。
「電動キックボードという新たなモビリティの適正なルールづくりを行っていただくためには、ヘルメット着用を義務とした実証と、任意とした実証の両方を実施し、その結果を比較検討していただくことが重要であり、適切なルール整備に繋がるのではないかと考えました。
このような経緯で、2020年10月〜2021年3月まで実施された実証実験の経過を踏まえ、その次の実証実験に向けて事業者としての意見を申し上げた次第ですので、『法改正でヘルメット着用が任意とされるべきである』という認識で要望をしてきた事実はございません。
適切なルール整備を行っていただくためには、実証実験という形で、ヘルメット着用を義務とした実証と、任意とした実証の両方を実施し、安全性の検証を行うことが重要であるとして要望をしたものです。
自転車や他のモビリティと同様に、ヘルメットは着用した方が安全であるというご意見はその通りだと考えています。今回の事故を受けて、ヘルメットの着用推奨に関する更なる協議をマイクロモビリティ推進協議会や警察をはじめとする関係省庁と行い、不断の検討を進めて参りたいと考えています」
つまり、LUUPとしてはヘルメット着用を任意にするよう要望した事実はなく、安全のためにはヘルメットを着用したほうがいいと考えていて、今後、着用推奨に関して関係各所と協議したい、とのことでした(飲酒運転に関しては、10月17日に「飲酒運転防止に向けた取り組みについて」という飲酒運転防止の強化策を打ち出しました)。
LUUPからの回答のように、シェアリング事業者が強く望んだのでなければ、いったい誰がヘルメット着用を不要(ただし推奨)にすることを望んだのか。
この点を明確にするのが今回の記事の目的ではなく、ヘルメット着用の義務化を再検討して欲しいというのが目的なので、この「誰が」という点についてはこれ以上の追及は止めておきます。
ただ、新たなるビジネスモデルとしての電動キックボードのシェアリング事業を必ず成功させたい、そのためにはそれを阻害する可能性のある要因はできるだけ排除しようという強い「意志」が働いているのは確かでしょう。
あえて書きますが、筆者は電動キックボードという新たな乗り物について否定的な考えを持っているわけではありません。
二輪専門誌の編集者を長年やっていましたから、仕事柄、バイクやクルマに乗るのが日常で、現在も可能であれば常にバイクかクルマで移動したいと思っていて、そういうモビリティの便利さや快適性、そしてもちろんモビリティを利用しての移動中に必ず付きまとう危険性についてもよく知っています。
だからこそ、今回のように安全性がしっかりと担保されない形で新たなモビリティとして電動キックボードが混合交通の中に入ってくるのがとても不安なのです。
電動キックボードの実証実験は令和6年(2024年)4月まで施行され、改正道交法もその頃に施行される予定となっています。
それまであと1年半、その間にこれ以上電動キックボードによる重大な事故が発生しないことを祈るばかりですし、改正道交法が施行される際には「ヘルメットの着用義務化」が明記されることを願って止みません。
※本記事は“ヤングマシン”が提供したものであり、文責は提供元に属します。※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。※掲載されている製品等について、当サイトがその品質等を十全に保証するものではありません。よって、その購入/利用にあたっては自己責任にてお願いします。※特別な表記がないかぎり、価格情報は税込です。
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