1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第82回は、物議を醸したクラッシュ劇や、普段使う用品へのこだわりなどについて。
TEXT:Go TAKAHASHI PHOTO:Aprilia, MotoGP, Red Bull, Suzuki, Tetsuya HARADA
クアルタラロの頭ひとつ抜け出た存在感
MotoGPは中盤戦を迎え、ファビオ・クアルタラロが強さを発揮し始めました。第8戦イタリアGPは、優勝したフランチェスコ・バニャイアを最後の最後まで追い詰めての2位。続く第9戦カタルニアGPは、2位ホルヘ・マルティンに6秒以上の大差をつけての独走優勝です。
ストレートスピードではライバルに及ばないヤマハのマシンに乗るクアルタラロは、今のところ先行逃げ切りしか勝ちパターンがありません。スタートから飛び出してとにかくライバルの前に出て、そのままトップを譲らずに勝つ。それがクアルタラロにできる唯一の作戦です。
今季2勝目を挙げたカタルニアGPも見事な勝ちパターンでしたが、僕が注目したのはバニャイアを追い詰めた前戦イタリアGPです。バニャイアの先行を許してしまった以上、クアルタラロが勝つのは非常に難しい展開でしたが、最後の最後まで追撃の手をゆるめませんでした。そうやってバニャイアにプレッシャーをかけ続け、ミスを誘う戦略ですね。
バニャイアのペースに追いすがるのは、クアルタラロにとってかなりハイリスクだったはず。それでも危なげなく走り続けて、2位でチェッカーを受けました。結果だけ見れば、「クアルタラロの敗北」ということになります。でも、プレッシャーをかけ切ったという意味では前年度チャンピオンにふさわしい力強さ。バニャイアは勝利の喜びを味わいつつも、クアルタラロの怖さを感じたことでしょう。
チャンピオンを獲った去年よりも、ひときわ強さを身に付けたように感じるクアルタラロ。はっきり言ってマシンパフォーマンスとしてはかなり劣勢ですが、こうしてポイントリーダーの座を守り続けているのは、心理戦も含めた勝ち方、そしてチャンピオンの獲り方を身に付けたからこそ。’20年にマルク・マルケスが負傷して以降、混戦模様が続くモトGPで、頭ひとつ抜け出た存在感を発揮しています。
中上くんの転倒は、非常に残念
一方、今季クアルタラロの最大のライバルになるはずだったバニャイアは、もうひとつ波に乗れていません。イタリアGPこそ優勝したものの、カタルニアGPでは中上貴晶くんに追突される形でのリタイヤ……。クアルタラロが優勝したことで、ポイント争いはかなり厳しい状況になってしまいました。今シーズンは不運に見舞われていますね。
ただ、まだ残り11戦もあります。幸い今回のクラッシュでは負傷もなく、巻き返しのチャンスはいくらでもあります。昨シーズン終盤のような勢いを取り戻すことができれば、やはり「ストップ・クアルタラロ」の筆頭候補であることは間違いありません。冷静さが持ち味のバニャイアですから、落ち着きを失うことなく調子を上げてくることに期待したいですね。
カタルニアGPスタート直後の1コーナーで、バニャイアとアレックス・リンスを巻き添えにしてしまった中上くんの転倒は、非常に残念でした。同じ日本人として、彼のことを応援していますし、もちろん期待もしています。でも、二輪レースの最高峰・モトGPライダーであるということを踏まえて厳しい言い方をすると、あれはいけない。他のライダーを、しかもタイトル争いに関わるライダーをスタート直後に転ばせるようなことは、絶対にあってはなりません。
レーシングライダーとして、少しでも前に出たい気持ちはよく理解できます。でも、だからといって1周目から無理をする必要はありません。これは僕個人の現役時代の考え方ですが、レーシングライダーの仕事はまず第1に完走すること。少しでもよい結果を狙うのは、その次のステップだと思っていました。まず完走しないことには、何も残らないんです。
タイヤがふたつしかないバイクでレースをするからには、常に転倒のリスクはあります。でも、そのリスクをマネージメントして完走することがレーシングライダーが果たすべき役割です。普段の中上くんは、どちらかと言えばおっとりのんびりしていて、決してイチかバチかの無茶な勝負をしかけるタイプではないように思えます。もしかすると彼の中には今、来季に関しての焦りがあるのかもしれない。でも、モータースポーツは常に危険と隣り合わせだということを忘れてほしくありません。
そういう点で、「ペナルティなし」としたスチュワードパネルの裁定には疑問です。これは僕の個人的な見解ですが、他人を巻き込んでの転倒には無条件でペナルティを課した方がいいと思っています。単独転倒は自分が損するだけのことですから、問題視の必要はありません。でも、他人を巻き込むような転倒は、ライダー同士の信頼関係に大きな影を落としてしまいます。お互いに疑心暗鬼になっているような状態では、レースそのものが成り立ちません。
極めて高い次元でバイクを操りながらのレースですから、もちろんミスすることもあります。中上くんだって故意に転んだわけではないでしょう。でも、ミスかどうか、故意かどうかは問題じゃない。「他人を転ばせてしまった」「他人のレースを台無しにしてしまった」「他人の命を危険にさらした」という事実が問題なんです。だから僕は「他人を巻き込んで転倒した場合には、ペナルティを課す」ということを、ルールとしてはっきり決めた方がいいと思う。
カピロッシとの一件があったからじゃない
僕がこんな話をすると、「カピロッシに突っ込まれた経験があるから」と思われるかもしれません。もちろんあの出来事も「あってはならないこと」でした。でも、だからというわけではありません。危険が避けられない二輪レースを成り立たせるうえでもっとも大切なのは、レーシングライダー同士がしっかりとリスペクトし合い、お互いの安全を守るという意識を強く持つことだと思うからです。レースは、イチかバチかの無謀さを競う競技ではないんです。
今回はたまたま中上くんが転倒の当事者になってしまいましたが、同じ日本人だから厳しいことを言っているのではありません。国籍やキャリア、そしてレースのグレードに関係なく、すべてのレーシングライダーが同じ意識を持ってレースに臨んでほしい。そのためにも、MotoGPがお手本となり、他人を転ばせてしまった時にはペナルティが課せられるよう、ルールが徹底されることを強く願っています。
それにしても、中上くんが無事で本当によかった。バニャイアの後輪に頭から突っ込み、強く弾かれたシーンにはゾッとしました。大事に至らなかったのは、アライヘルメットの恩恵が大きかったでしょう。僕も現役時代、何度もアライヘルメットには助けられました。ヘルメットにヒビが入るような大きな転倒も経験していますが、意識を失うこともありませんでした。
’94年のイギリスGP予選で転倒し、強く頭を打った時も、たまたまコースサイドでチェックしていたハル(註:世界GP125ccクラスを戦っていた青木治親さん)のスクーターに乗せてもらってピットに戻り、そのまま予選を続行したものです。ただ、ハルのスクーターに乗せてもらったことはまるっきり記憶になかった(笑)。今、そんな笑い話ができるのも、ヘルメットにしっかりと頭を守ってもらったおかげです。バイクに乗る皆さんも、装具選びは妥協なさらないよう……。
ところでカタルニアGP決勝では、最後の最後にまさかの出来事が起こりましたね。残り1周になった時点で、レースが終わったと勘違いしたアレイシ・エスパルガロが、観客に手を振りながら減速……。ペースを落とさない他のライダーの様子で勘違いに気付いたものの、時すでに遅し。2番手を走っていたエスパルガロはポジションを落とし、5位になってしまいました。4戦連続で表彰台を獲得し、チャンピオンシップ争いでもクアルタラロに肉薄していたエスパルガロにとっては、手痛いミスでした。
アプリリアのサインボードエリアが最終コーナー寄りでうまく見られず、電光掲示板の残り周回数表示を見誤ったとのことで、こればかりはどうしようもありません。ただ、がっくりと落ち込みながらピットに戻ってきたエスパルガロに、チームが温かい拍手を送っていたのが印象的でした。チームはエスパルガロのミスをとがめるのではなく、2番手の力走を称えていたんです。チームの雰囲気を良くして、ライダーを含めたみんなのモチベーションを保つためにも、とても大事なことだったと思います。
’98年のイモラGPで、バレンティーノ・ロッシとトップ争いをしていた僕は、シフトミスで転倒。10位になってしまいました。実は足を骨折していて、うまくシフト操作できなかったんです。勝てるレースを自分のミスで落としてしまい、チームのみんなにあまりにも申し訳なかった。
がっくりしながらピットに戻ると、みんなが「足が痛いのによく頑張ったね」と、泣きながら出迎えてくれたんです。すごく感動したし、「次のレースは絶対に頑張らなくちゃ」と思いました。モータースポーツって、チームスポーツですからね。「みんなのために頑張る!」という思いがなければ、戦えません。……実はあの時、痛み止めが効いていて、みんなが言うほど痛くなかったんですけどね(笑)。痛み止めの効きすぎで、思うように足が動かせなかったんです。
エスパルガロも、自分のミスを温かくフォローしてくれるチームに感謝しているはず。5戦連続表彰台を逃してしまいましたが、好調であることには変わりありません。今回の出来事を弾みにして、さらに勢いを増すかもしれませんね。
日本人ライダーの活躍も目立ってきました。Moto3では鈴木竜生くんが2戦連続で3位表彰台を獲得。山中琉聖くんもカタルニアGPこそ転倒してしまいましたが、シングルフィニッシュが続き調子を挙げています。Moto2の小椋藍くんはイタリアGPで3位表彰台に立ち、カタルニアGPは7位でしたがランキング2位を死守。チャンピオンを狙えるポジションをキープしています。MotoGPの中上くんもすぐに復帰できそうですし、期待したいですね。
モナコへの出発前も充実していました!
ところで僕は今、モナコに帰ってきています。日本にいる間はずっと忙しかったんですが、出発間際にもバタバタッとふたつほど用事が……。ひとつは、「トップガン マーヴェリック」を観ること!(笑)ちゃんと前作をアマゾン・プライムで観て予習して行きましたが、面白かった〜。実は僕の叔父さんが航空自衛隊百里基地の管制官だったこともあり、子供の頃、百里基地や入間基地の航空祭に何度か連れて行ってもらったことがあるんです。その当時の夢は戦闘機乗り……ではなく、競艇選手になることでしたが(笑)。
もうひとつ、モナコへの出発前日に行ったのが、「BMW Motorrad GS FUN RIDE 2022 in ASAMA」です。僕はミシュランタイヤの仕事で行かせてもらい、BMWのR1250GSでオフロードコースを走ったんですが、いや〜、トライアルのおかげで上達してました(笑)。ヌタヌタ路面での下りターンなど以前は手こずりましたが、グリップが把握できるようになり、重いGSでもうまくクリアできたんです。前は難しかったことができるようになるって、うれしいですよね! 来年はもっとうまくなっているといいなぁ。
乗ったのがオフロード性能の高いミシュラン・アナキー ワイルド装着車だったことも幸いしました。もう少しオンロード寄りのアナキー アドベンチャーを履いている方が多かったんですが、フラットダートや林道コースなどオフロード中心のイベントだったので、やはりアナキー ワイルドが有利。ミシュランのスタッフが「四輪のスタッドレスタイヤのように、走るフィールドに合わせてタイヤを替えるのがオススメ」と言っていましたが、その通りですね。交換の手間は少しかかりますが、やはりフィールドに合ったタイヤを履くのがベストです。
イベント自体はアットホームで、とてもいい雰囲気です。ディーラー単位でユーザーさんを集めているようで、皆さんもともとの顔見知りが多いんでしょうね。ディーラー対抗バイク運動会のような企画もあって、大いに盛り上がっていました。ホスピタリティも充実していて、イベントのお手本のよう。参加者のバイクもBMWに限らず、セローやムルティストラーダ、KTMにハスクバーナとバラエティ豊か。気軽にオフロードの世界を体験してみたい方にオススメのイベントでした。
「トップガン マーヴェリック」を観て、「BMW Motorrad GS FUN RIDE 2022 in ASAMA」に参加して、ドタバタとモナコに戻りましたが、こちらはマスクを着用している人もいませんし、コロナ禍前とほとんど変わらない状況です。MotoGPでもサーキットで観戦するお客さんが戻り、やっぱり盛り上がりますよね。7月2日には日本GPのチケットも発売開始されるそうですし、もてぎでの3年ぶりのMotoGP開催を祈っています。
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