’22モトGP開幕直前プレイバック【ヤマハ|精神面を克服したクアルタラロが初のチャンピオンに】

'22モトGP開幕直前プレイバック

’21年のモトGPにおいて、ホルヘ・ロレンソ以来6年ぶりのライダータイトルを獲得したヤマハ。チャンピオンマシンの座を奪還したYZR-M1は、強さと速さの両方を安定して発揮することを目標に開発された。果たして、狙い通りのマシンに仕上がっていたのか。新たなチャンピオンとなったファビオ・クアルタラロと、その他のライダーの明暗差は、なぜ生じたのか──。マシンに注目した前編に引き続き、プロジェクトリーダー・鷲見崇宏氏へのインタビューをもとに、本記事では青木宣篤氏が入れ替わりの激しいシーズンとなったヤマハのライダーと戦績を分析する。


●文/まとめ:ヤングマシン編集部(高橋剛) ●取材協力:ヤマハ

【解説:青木宣篤】2ストのGP500ccクラスと4ストのモトGPクラス両方を戦い、ブリヂストンやスズキの開発ライダーも務めた。モトGPを心から愛するライディングオタク。

【ヤマハMS統括部MS開発部プロジェクトリーダー:鷲見崇宏氏】’03~’06年までYZR-M1の車体設計を担当。量産車部門を経て、’09 年、再びM1の車体設計の取りまとめを行う。’19年から現職に就き、3年目にして快挙。

あらゆる場面で安定性を発揮したクアルタラロ

精神面に脆さを抱えると言われてきたクアルタラロ。シーズン終盤にはドゥカティのバニャイアに圧され、勝てないレースが続いた。しかし冷静さを失わずポイントを積み重ね、見事グランプリに輝いた。

クアルタラロの成長に関しては、鷲見氏もこう指摘している。

「’20年の中盤にはスランプに陥ってしまい、リズムを崩しました。あらゆるセッティングを試し、最終戦になって光が見えた。’21年は18戦中5勝を挙げましたが、大事だったのは勝てない時です。困難な状況をマネージメントし、決勝レースにベストなコンディションを持って来られるようになりましたね。特に、あらゆるサーキットのあらゆる場面で安定性が得られたのが大きい。たとえスタートで出遅れても、粘り強く走れるようになりました。それがチャンピオンにつながったのだと思っています」

まさにその通りだとワタシも思う。速さはあっても、クアルタラロはメンタル的に不安定さがあった。’21年に安定した強さを発揮できたのは、パーソナルマネージャーのエリック・マヘ氏の存在も大きかっただろう。

クアルタラロと同じフランス人のマヘ氏は、’19年のペトロナスヤマハSRT入りを影でサポートした人物だ。クアルタラロにとっては家族同様の信頼できる存在で、金銭面はもちろんのこと、精神的な支柱にもなっている。

元レーシングライダーでもあるマヘ氏が、才能はありながらも精神的な浮沈の激しさから思うような成績を残せなかったクアルタラロを落ち着かせ、チャンピオンの座に導いたのだ。

「コースでは感情を露わにするクアルタラロですが、ピットに戻って落ち着きを取り戻すと高いコミュニケーション能力を発揮してくれます」と鷲見氏。「基本的に朗らかで、気持ちよく一緒に働けるライダーですね」と、良好だったチームの雰囲気の中心にクアルタラロがいたことを説明した。

その一方で、クアルタラロ以外のライダーは苦戦した。

「マーベリック(ビニャーレス)がシーズン途中で離脱し、フランコ(モルビデリ)がケガをし、バレンティーノ(ロッシ)も好調ではありませんでした。マシン面でも、終盤はドゥカティの速さと強さに圧された面はあります」と鷲見氏。

実際のところ、クアルタラロはマルケスほど特殊な乗り方をするライダーではない。だから’21年型YZR-M1が”クアルタラロスペシャル”だったとは思わない。各ライダーに大きなマイナス要因があったのは確かだが、ワタシは、クアルタラロがもっともうまくM1を乗りこなしたのだと思っている。

シーズン序盤でランキングトップに就いたクアルタラロが最後までリードを守り切った。シーズン中盤に足踏みしたバニャイアは終盤に追い上げを見せたが、第16戦で転倒を喫して万事休す。ランキング3位に入ったミルの安定感も特筆ものだったが、シーズン前半に速さを発揮しきれなかったのが痛かった。

ライダーの構成も激動の1年だった

ファクトリーライダーのマーベリック・ビニャーレスがシーズン途中でヤマハを離脱し、サテライトチームからの繰り上げでフランコ・モルビデリがファクトリー入り。そしてサテライトチームに空いた穴をアンドレア・ドヴィツィオーゾが埋める…。さらにはバレンティーノ・ロッシの引退など、どうにも落ち着かなかったヤマハの布陣。安定していたファビオ・クアルタラロがチャンピオンを獲得したのが象徴的だ。

#20 ファビオ・クアルタラロ

速さは超一級品ながら、メンタルの弱さという爆弾を抱えていたファビオ・クアルタラロ。パーソナルマネージャーのエリック・マヘ氏や心理学者のサポートを受け、大きく成長した。

シーズン終盤にはドゥカティのフランチェスコ・バニャイアの猛プッシュに圧され、勝てないレースが続いたが、落ち着きを失うことなく「苦境の中でも最大のポイント」を獲得。チャンピオンをたぐり寄せた。

#21 フランコ・モルビデリ

ビニャーレスの移籍騒動のあおりで、シーズン中にサテライトからファクトリーへスイッチしたモルビデリ。そして自身もヒザのケガを負い、本来の実力を発揮できなかった。

’20年にはかなりの好調ぶりを見せたが、型落ちの’19年型を走らせてのこと。クアルタラロも’19年型が気に入っていたそうなので、実はこのふたり、走らせ方が似ているのかも。落ち着いて1年を戦えれば再浮上するはずだ。

#12 マーヴェリック・ビニャーレス

やや神経質な面があるビニャーレスは、シーズン途中でチームと決裂し、アプリリアに電撃移籍。激しい動きを見せた。

#35 カル・クラッチロー

ファクトリー入りしたモルビデリが負傷し、テストライダーのカル・クラッチローが代役参戦。何とも落ち着かない…。

#46 バレンティーノ・ロッシ

生ける伝説、バレンティーノ・ロッシがついに引退。最後まで一線に立った。実は開発の現場では扱いにくさもあったと思う。ロッシほど実績があるライダーだと、開発者も意見を聞かないわけにはいかない。

だが、レースライダーはベースを作り込む開発ライダーと違い、自分に合ったマシンを求めがちだからだ。いずれにしても彼が抜けた穴は大きい。’22年のヤマハにどんな影響が出るか注目だ。

#04 アンドレア・ドヴィツィオーゾ

’21シーズン途中で招聘された”いぶし銀”アンドレア・ドヴィツィオーゾは、’22シーズンもサテライトチームからフル参戦する。ドゥカティ時代にストップ&ゴーマシンに乗り慣れてきた彼は、ストレート部でのブレーキングがピカイチ。

しかしヤマハYZR-M1はブレーキを握りながらコーナーに飛び込んでいく必要が。この違いに戸惑っているが、フロントのフィーリングを掴めれば成績も上向きになるだろう。


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