コスト削減はチームにも恩恵あり!

山田宏の[タイヤで語るバイクとレース]Vol.53「ワンメイクでレースの安全性が増す!?」

ブリヂストンがMotoGP(ロードレース世界選手権)でタイヤサプライヤーだった時代に総責任者を務め、2019年7月にブリヂストンを定年退職された山田宏さんが、そのタイヤ開発やレースの舞台裏を振としり返ります。2009年からのMotoGPタイヤワンメイク化に向け、ブリヂストンは1レースで使用可能なタイヤ本数を大幅に削減することを提案。その背景には……。

TEXT: Toru TAMIYA PHOTO: RedBull

全ライダーが不満を持たないタイヤ開発……という新たなチャレンジ

これまで触れてきたように、2009年からのMotoGPクラスにおけるタイヤのワンメイク化は、正式発表から入札、そしてメーカー決定までわずか3週間ほどの短期間で進行しました。最終的に決まった2009年の条件は、「1レースにつきフロント、リヤともに2種類のスペックを会場に持ち込み、1名のライダーに対して1スペックにつきフロント4本、リヤ6本(つまり2種類合計20本)を供給する」というもの。2009年のタイヤ本数は大幅に減るので(2007年のタイヤ本数制限は1レース31本、2008年は同40本)、ライダーやチームなどからは不安視する声もありましたが、最終的に選手がブリヂストンを信頼してくれたことは前回のコラムで紹介したとおりです。

ちなみに、我々が1レース20本という本数を提案したのは、それまでブリヂストンユーザーが1レースで使用してきた平均本数が25本程度だったというデータに基づいたものでした。極端に暑かった場合や寒かったときのことを考えて余分にタイヤを用意しているものの、31本や40本のすべてを使っていたわけではないのです。また、ライダーからその危険性が指摘され、タイヤメーカーとしても本当は排除したかった予選タイヤも、ワンメイク化になれば「予選タイヤとは……」という定義の必要もなくなるため簡単に削除可能。これらのことを考慮すれば、1レース20本というのは決して無理難題を突き付けているわけではなく、我々のデータと経験で問題なくレースができるというという提案でした。

もちろん、我々が2009年に供給するタイヤのスペックと本数は全ライダー同じ。そのためメーカーとしては、1レースにつき2種類のスペックで全ライダーに対応できるよう、あらゆるマシンとライディングスタイルと温度域に幅広く適応できるタイヤを開発する必要があります。2008年の段階ですべてのマシンメーカーにブリヂストンユーザーがいたので、それぞれのマシンが持つキャラクターの違いについてはこちらでもある程度は把握していて、その点は大きなメリット。しかも2008年の後半には、5メーカーのマシンに供給していたタイヤのスペックには、かなり共通している部分が多くなりました。しかしそうは言っても、全ライダーが大きな不満を口にするようなことがないタイヤを開発するというのはかなり難しいことで、我々にとっても新たなチャレンジでした。

#46バレンティーノ・ロッシ選手と#1ケーシー・ストーナー選手による激闘が繰り広げられた2008年の第11戦アメリカGP(ラグナセカ)。このレースがワンメイク論を再燃させた(当コラムVol.47参照) [写真タップで拡大]

メーカーもチームも負担が軽くなる

ところで、タイヤワンメイク化にはさまざまな目的があるのですが、そのひとつはコスト削減。コンペティション状態でなくなることから精力的なタイヤ開発を常時続ける必要がなくなるため、タイヤメーカー側の開発コストも削減されますが、じつはレース全体としてはチームのコスト削減ということのほうが大きな意味を持ちます。MotoGPでは、レースの翌日にテストが設定されていることが多くありますが、そういう事後テストで以前は7割ほどの時間をタイヤテストに割いていました。次のレースでどのタイヤを履くかシミュレーションをするのです。また、開幕前のウインターテストでも、5割以上の時間がタイヤテストに使われていました。

タイヤの性能はレースの成績に対する影響が非常に大きな項目なので、好成績を得るためにチームはタイヤテストにとても協力的。しかしその結果、チームの費用負担は大きくなります。また、ライダーの負担も増えます。しかし、タイヤワンメイク化により新しいタイヤを次々に導入する必要がなくなれば、当然ながらテストの工数や時間も大幅に減らせます。そこで、タイヤワンメイク化が決定したことを受け、ウインターテストや事後テストを大幅に削減することが規則として盛り込まれました。

予選タイヤの廃止もイコール条件なら可能

また、ワンメイク化は安全性向上にもつながるとも考えられます。MotoGPでは2007年以降、転倒したときにマシンやライダーがサービスロードまで吹っ飛んでいくアクシデントが多くなっていました。800cc化により以前より最高速が遅くなったのに……ということは、コーナリングスピードが高くなったことが原因というのは明確で、大きな事故を未然に防ぐためにはコーナリング速度を落とす必要がありました。何をもって“安全”とするのかはとても難しいところで、例えばタイヤのグリップを少し落とせばコーナリング速度は下がりますが、転倒率は上がるかもしれません。一方で、ドライコンディションとウェットコンディションでは後者のほうが転倒率は高いですが、ウェットなら速度が低めなので大きな事故にはつながる可能性は下がります。でも通常は、ウェットのほうが“危険”とされることが多いはずです。

このように、“安全”の定義はとても微妙なのですが、いずれにせよコンペティション状態の場合は、意図的にグリップを落としたタイヤを開発するなんてことは、相手に勝ちを譲る行為で普通ならあり得ません。しかしワンメイクなら、グリップ力が少し下がっても限界が分かりやすいとか、幅広い走行条件やマシンに適応できるタイヤを開発することで、コーナリングスピードを抑制するというコントロールもできるのです。また、先ほど触れたように予選タイヤは、「グリップがものスゴく高く、なおかつそれが持続する1周のタイムアタックに集中しなければならないので、ミスしたときを考えると怖い」とライダーに言われてきましたが、こちらも簡単に排除できます。ライバルがいなくなれば、メーカーには提供する理由が完全になくなります。ライダー側も、全員が同じ条件なら予選タイヤの供給を望むことはありません。そして予選タイヤの廃止も、コスト削減につながります。

我々としては、あくまでもコンペティション状態の継続を望んでいましたし、そのほうが開発力強化や宣伝効果などでタイヤメーカーとしてのメリットは大きいと考えていましたが、ワンメイク化はタイヤメーカーやチームやライダーにさまざまな恩恵もたらすことがあるのもまた事実。ブリヂストンにとっても、生産などに関する新たな技術開発や全車供給に対応できる運営体制の構築など、2009年シーズンに向けて新たなチャレンジがスタートしようとしていました。

左の写真は2008年、右の写真はブリヂストンによるワンメイク最終年となった2015年の走行シーンだ。2009年にワンメイクが実現した後、ライディングスタイルもバンク角も大きな進化を遂げたことがわかる。 [写真タップで拡大]


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マシン・オブ・ザ・イヤー2021
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