バイクの死亡事故でもっとも多い致命傷部位は頭部(35.7%)だが、それに次ぐのが胸部(32.1%)ということはまだまだ十分に知られていない。胸部プロテクター/ボディプロテクターの普及に向けて2007年から活動を続けている“Nom”が、着用率を上げるために何が必要なのか、改めて考える。
なかなか上がらないボディプロテクターの着用率、上げるために何をすべきか、あらためて考えました
ホンダのバイクの販売会社である、ホンダモーターサイクルジャパン(以下HMJ)の洋用品担当のKさんから、「ボディプロテクターを一般ライダーにも普及させたいので、協力をしてもらえないか」と声を掛けられたのは2007年のことでした。
白バイ隊員の殉職を減らすために、警視庁が胸部を守るボディプロテクターの開発・製造をHMJに依頼し、それが製品化されたのは1994年。強度はもちろん、通気性なども考慮したポリプロピレン製のプロテクターの登場で、実際に白バイ隊員が胸部の損傷で殉職する数は大幅に減ったと聞きました。
そして、その年に起こった衝撃的な事件が、日本を代表するレーシングライダーだったノリックこと阿部典史さんの一般道での事故死でした。
大型スクーターに乗っていたノリックは、Uターン禁止の場所で強引にUターンしたトラックに衝突され、胸部の損傷で命を落としたのです。
そういう現実を受けて、前述のKさんは当時、バイク雑誌の編集長だった筆者に協力を依頼してきたのでした。
それ以来、ボディプロテクターの重要性と必要性をいろいろな形で書いたり話したりしてきましたが、今回、あらためて警視庁が昨年公開した「胸部プロテクターの着用状況」というデータを見て、2007年(平成19年)から着用率がほとんど伸びていない事実を知って、ある意味、愕然としました。
警視庁のデータは、筆者がHMJのKさんから依頼されて、ボディプロテクターの普及活動を始めたのと同じ年の2007年から昨年までの着用率の推移で、2007年が4.0%だったのに対し2020年は8.4%。2020年の調査母数は3684人ですから、人数にして約309人。同じ母数だと仮定すると、2007年の装着人数は147人。
この数字だけ見て、なんだ人数は倍増しているじゃないかと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、ボディプロテクターを取り巻く環境はこの14年間で激変し、2007年当時はHMJ1社しかなかったボディプロテクターの製造・販売(輸入も含む)メーカーは全国二輪車用品連合会(以下JMCA)加盟メーカーだけでも12社ありますし、JMCAを筆頭にした業界団体をはじめ、バイクメディアも用品販売店もボディプロテクターの普及に向けた活動を恒常的に行っています。
さらに、自動車教習所でも、実技講習の際に肘、膝のプロテクターに加えて、背中や胸のプロテクターを教習生に装着させるところが増えていると聞きます。
もちろん、とくにバイク事故の増加を問題視している警視庁は、定期的に一般道で通行中のライダーを呼び止めてボディプロテクターの啓蒙活動を行うなど(最近は新型コロナの影響なのか、見かけなくなりましたが)、業界、行政、そしてメディアを挙げてボディプロテクターを普及させようとしています。
なのになぜ、着用率が上がらないのか。
同じく警視庁のデータによると、着用しない理由のトップは「着用が面倒だから」(46.6%)、次いで「値段が高い」(18.1%)、さらには「プロテクターを知らない」(12.0%)と続きます。
プロテクターを知らないという人が12%いるのには驚きましたが、最大の理由が面倒だからというのは予想通りといえば予想通り。
装着が義務化されているヘルメットは、ほぼほぼ100%に近い着用率だと思いますが、これが義務ではなく任意だったとしたらどうなっているかを考えてしまいます。着用していても、適正にアゴひもを結んでいる人の割合は70%超。義務だからかぶってはいるものの、安全性にはそれほど配慮していない人が約3割もいるのです。
今回、この原稿を書くために各所に取材をして、現状を聞くにつれ、義務ではない、だから罰則もないボディプロテクターの着用率を上げることの難しさをあらためて感じてしまいました。
着用していれば3人に1人の命が助かっていた。だからこそ、着用したいと思わせる施策が急務です
とはいえ、バイクの死亡事故の致命傷部位で頭部(35.7%)に次いで胸部は32.1%と相変わらず高い数字になっていて、このサイトの記事にもあったようにボディプロテクターなどで胸部を保護していれば10人に3人は命が助かったかもしれないという事実を前にすると、難しいからあきらめるのではなく、難しいからこそ関係者の英知を結集して、着用しない理由を排除していく努力を続けていくしかないのだと思います。
業界団体で、数多くのウエア・パーツメーカーや用品販売店が加盟する前述のJMCAでは、推奨ボディプロテクターを設定するなど、長年にわたってボディプロテクターの普及活動に尽力していて、最近はイメージキャラクターにバイクタレントの美環さんを採用してバイク専門誌を読まない若年層や女性ライダーにボディプロテクターの必要性を訴えるキャンペーンを展開しはじめました。
先ほど書いたように、12%のボディプロテクターの存在を知らないライダーたちにどうリーチするかは大きな課題で、今後もバイクタレントなどを活用してSNSなどでの発信力を強化していきたいとJMCA代表理事の松原さんは言います。
また、その松原さんはRSタイチの代表も務めていて、RSタイチが主導する形で「CPS(チェストプロテクターシステム)」という、ジャケットにボディプロテクターを装着しやすいシステムを希望するメーカーに供給するサービスも開始しています。
これは、ボディプロテクターの取付方法を標準化することで、より多くのメーカーがボディプロテクターを容易かつ確実に装着できるジャケット類をできるだけ安価で製造できるようにしようという働きかけです。
着用しない2番目の理由が「値段が高い」(18.1%)ですから、こういう努力・工夫ものちのちジワジワと効いてくるでしょう。
そして、1番目の「着用が面倒」ですが、これは簡単には解決策が見当たらないのが現状です。
最初から胸のプロテクターを内蔵したジャケットにすれば、デザイン性も崩さずに自然に身体にフィットするものができるとは思いますが、やはりここでもプロテクターの分上昇してしまう価格がネックになりそうです。
自然にフィットという点では、ダイネーゼやアルパインスターズのように衝撃を受けると膨らんで身体を守るエアバッグがかなり有効ですが、MotoGPをはじめとした最高峰のレースシーンでの使用を前提に開発されたものですから、安全性や実用性が高いのと比例して価格も非常に高い。普通のライダーが手軽に入手できる価格とは言えないでしょう。
では、価格の問題や着用が面倒というネガティブな要素を上回るインセンティブを、ボディプロテクターに付加すればどうでしょう。
JMCAは、加盟メーカー製のボディプロテクターに傷害保険を付加するような仕組みを保険会社と検討を重ねています。保険というメリットが付加できればライダーが積極的にボディプロテクターを購入するひとつの理由になるかもしれません。
また、実際にバイクに乗るときは必ずボディプロテクターを着用しているライダーでも、もっと快適で装着感を感じない、邪魔にならないボディプロテクターが欲しいという声も多数あります。このあたりは、前述のCPSに加盟するメーカーが増えれば増えるほど、より多彩で独自のボディプロテクターが生まれる可能性が高まりますから、これまでにない形状、素材、着用感のボディプロテクターの開発に期待したいところです。
モンちゃん(多聞恵美さん)に聞く
筆者と同様に、ボディプロテクターの重要性を多くの人に伝え続けているモデライダーの多聞恵美さんに、女性の立場から見たボディプロテクターについて聞いてみました。
「女性はやっぱり、カッコよくバイクに乗りたいという気持ちがあって、とくにボディラインがきれいに見えるようなライディングウエアを着たいと思う人が多いです。ですから、ボディプロテクターの必要性は知っていても、身体のラインを崩しちゃうのが嫌で付けない人もいます。あと、女性の胸にキレイにフィットするプロテクターも少ないですよね。難しいのは十分わかっていますが、理想を言えば、薄くて柔らかくて、衝撃を受けたときはしっかり守ってくれる。そんなボディプロテクターがあるともっと装着率は上がると思います。それと、若いライダーは、ジャケットを替えるたびにボディプロテクターも替えなきゃいけないところが金銭的にとても負担だと言います。ひとつ持っていれば、どんなジャケットにも装着できるようになるといいですね」
なかなか装着率が上がらない理由はここに書いた通りで、その理由を克服、排除するのはとても困難なことかもしれないと正直言って思います。
ただ、どんなことでもそうですが、あきらめたらそこですべてはおしまいで、一縷の望みがあるようならば可能性を信じて、継続することが絶対に必要です。
14年間で4.0%が8.4%になったのなら、次の14年後は17%になっているかもしれないし、少なくともそこを目指して行動することが大事なのだと思います。
SNSを利用して若年層ライダーに伝えること、安全かつ確実、そして容易にボディプロテクターを装着できるシステムの標準化と統一規格化、傷害保険が付帯するようなインセンティブの付加、そして付けているのを忘れてしまうようなとても装着しやすいボディプロテクターの開発などなど、いま同時に進行しているモノやことがどこかですべて上手に融合して、誰もが抵抗感なくボディプロテクターを装着したくなる、装着するのが当然のことになる、そんなときが来ることを願って止みません。
参考:二輪車乗車中死者の損傷主部位(構成率)について、2015年(平成27年)~2019年(令和元年)の過去5年平均では、頭部が48.2%、胸部と腹部の合計が37.1%であり、頭部と胸腹部を合わせると、85.3パーセントだった。 ※警視庁データより
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