本当に「全力」で走ってはいけない

世界GP王者・原田哲也のバイクトーク Vol.43「レースで“強い”ってどういうこと?」

  • 2020/10/15

1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第43回は、ライダーの「速さ」と「強さ」の違いについて。

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MotoGPライダーはみんな素晴らしく速い、というのが大前提

第9戦フランスGPが終わりました。ドゥカティのダニロ・ペトルッチが優勝し、これで勝者は7人目です。複数回勝っているのはファビオ・クアルタラロの3回。あとは全部勝者が違うという大混戦になっています。マルク・マルケスがいないとこういうシーズンになるのか、と驚かされますね……。

レベルが低い、とはまったく思いません。レースのレベルはとても高い次元で争われています。でも、レースをやっているとある時に頭ひとつ抜け出たライダーが出てくるもの。そいつに追いつけ、追い越せでカテゴリー全体の水準が上がることが多いのも確かなんです。

MotoGPライダーは、みんなもともと素晴らしく速い人たちばかりです。各国選手権でチャンピオンを獲ったり、Moto2で活躍しトップ争いを演じたようなライダーたちが集まっている場ですから、当たり前ですよね。例え予選でタイムが出なくても、決勝で条件さえ揃えばポーンとタイムを出せるような人がゴロゴロしているカテゴリーです。

ウエットレースとなったフランスGPではペトルッチが優勝し、ここまで苦戦続きだったアレックス・マルケスがいきなり2位になってホンダに今季初の表彰台をもたらしましたが、彼だってMoto2チャンピオンですからね……。今回は「怖い物知らず」ゆえの表彰台という面が大きいと思いますが、実力があるからこそチャンスを掴めました。

それでも、勝ちを重ねられるライダー、さらにタイトルを獲るライダーとなると、限られてきます。力のあるライダーが揃っている中で、さらに勝ち上がれるライダーって、いったいどういう人なんでしょうね?(笑)僕は「速さ」と「強さ」の差だと思っています。みんな速いことは間違いないけれど、みんな強いわけじゃない。じゃあ「強さ」とはなんなんでしょうか?

簡単に言えば、決勝レースで結果を残せる人。これに尽きます。僕の現役時代なら、マックス・ビアッジのようなライダーですね。ここ一番という時には勝つけど、問題はうまく行かない時。それでも粘り強くガマンしたり、あるいは多少の無理が利くライダーがポイントを重ね、チャンピオンになるんです。現役だった当時、オリビエ・ジャックは速かったけど、脅威ではなかった。でもビアッジは脅威だった。常に余力を持ってレースをコントロールしていました。

厳しいなりに最大限の走りができるか

結局のところ、決勝に向けてどれだけ準備を整えられるかが大事なんです。レースウィークが始まって走行セッションが何度かありますが、ほとんどすべてを決勝のために使う。やれるだけのことをやっておけば、いざ決勝が始まって想定外のコンディションや想定外のつらい展開になっても、どうにか高ポイントを獲得できるだけのレースができます。速く走ることではなくて、シリーズチャンピオンを獲るのが目的ですから、どれだけ事前に余力を作っておけるかが重要なんです。

決勝中の走りもそうですよね。ライダーは「めいっぱい」「全力」なんて言い方をよくしますが、本当に「めいっぱい」、本当に「全力」ではいけない。マージンを残しながら各周回をマネージメントしてタイヤのグリップを残し、最後の最後に勝負をしかけられるようでなければなりません。さっきも書いたように速さはみんな持っています。そこから頭ひとつ抜けるには、勝負強さを備えるしかないんです。

今シーズン、レース強さで光るのはMoto3の小椋藍くん、そしてMotoGPのジョアン・ミルでしょうか。フランスGPではふたりとも厳しいレースになってしまいましたが、厳しいなりに最大限の走りをしてポイントを稼ぎました。小椋くんが9位で7点、ミルが11位で5点と、得点としては決して多くはありませんが、それぞれ我慢し切ってきっちりとチェッカーフラッグを受けたことが素晴らしいと思います。こういう、「つらくても走り切った」というレースの積み重ねが、どんどんライダーを強くしていくんです。

大事なのは、経験をしっかり自分のものとして蓄積し、次に生かすことでしょう。僕もそうでした。全日本ジュニアでチャンピオンを獲った時は何も考えていませんでしたし(笑)、そもそもセッティング幅も狭かった。国際A級に上がってセッティング幅も広がり、「もっとバイクのことを理解しないとまずいぞ」と思ったんです。自分なりに、セッティングに関してトライしたことや、その結果がどうだったかを、逐一メモに残しました。その結果として全日本でタイトルを獲れたし、その蓄積が翌年の世界チャンピオンにつながったことは間違いないと思います。初めての世界GP参戦年でしたが、マシンに関しては何をすべきかが明確だったので、コースを覚えることに集中できたんです。

小椋くんやミルが、見えないところでどんな努力をしているのかは分かりません。でも、強さを備えつつある彼らのレース運びを見ていると、いずれ実を結ぶのではないかと楽しみです。

Moto3で9位に入り、7ポイントを稼いだ小椋藍選手。ランキングはトップのアルベルト・アレナス選手から6ポイント差の2位を死守。 [写真タップで拡大]

MotoGPクラスで11位、5ポイントとなったジョアン・ミル選手も、ランキングトップのクアルタラロ選手から10ポイント差の2位につけている。 [写真タップで拡大]

ペトルッチの勝利が混戦に拍車をかける?

話はグッと遡りますが(笑)、フランスGPの予選は興奮しましたね! 粘り強さが求められる決勝とはまたひと味違う華やかな速さの競い合いは、見応えがありました。終盤でいったんはトップに立ったフランコ・モルビデリが、ラスト5分でバタバタとベストタイムを塗り替えられて、終わってみれば予選11位ですからね……。特にクアルタラロは母国GPの意地を見せたと思います。

皆さんよく「予選の走りを決勝でも続ければ、ぶっちぎりで優勝できるのに」なんて思われるようですが、とんでもない!(笑)予選のタイムアタックラップは、息をしていることも忘れるぐらい集中し切っているんです。最重要になるのはブレーキングですが、全コーナーでいつも以上に集中力を高めなければあんなタイムでは走れません。

しかも今回のフランスGPは路面温度が低くてどうしても絶対グリップが落ちていましたから、「細心の注意」では済まないぐらいのレベルで注意して、なおかつタイムを稼ぐためにギリギリのハードブレーキングをしなければなりません。難しいコンディションの中でも、ごくごくわずかでも握りすぎたら転倒してしまうレベルまで追い込んでいるわけです。MotoGPライダーは本当にスゴイ人たちの集まりだと思いました。ただ、いくら彼らでもそれを20周以上続けるなんて、とてもじゃないけど無理!(笑)

話は決勝に戻りますが、バレンティーノ・ロッシが1周目に転倒してしまったのは残念でした。これで3戦連続の転倒、ちょっと焦りがあるのかな、と思います。「来シーズンもMotoGPを走ることが決まっているのに、焦る必要があるの?」と思われるかもしれませんが、ロッシだってもちろん勝つためにレースをしています。うまく行かない時に焦るのも、勝ちたい気持ちがあるからこそ。どこかで上昇気流をつかんでほしいものです。

そして改めてペトルッチの優勝について。ここまで苦戦が続きギクシャクしていたはず。しかも来季はドゥカティを離脱していることが決まっていますので、「見返してやる」という気持ちは間違いなくあったでしょうね。移籍先のKTMへのアピールという点でも、とても重要な勝ち星になりました。「本当に勝てるライダーなのか?」という疑いがチームになければ、来シーズンは最初からいいスタートが切れるでしょう。

ペトルッチの優勝は、次戦以降をより面白いものにしてくれそう。今週末も楽しみですね。というのは恐らくみんな「ヤツが勝てるならオレにもチャンスがある!」と思っているはずだから。マルケスを欠いた今シーズン、複数の勝利を挙げているクアルタラロや経験豊富なベテランであるアンドレア・ドヴィツィオーゾが勝つと、他のライダーは「やっぱりチャンスは少ないのかな」と思うでしょう。でもペトルッチなら逆にみんな「勝機あり!」と奮起しているはずです。厳しい見方かもしれませんが、そういう格のようなものは厳然として存在するのがレース。強いライダーだけが、強くあり続けられる世界です。

MotoGP第9戦フランスGPで勝利を挙げたダニロ・ペトルッチ選手。ランキングはクアルタラロ選手から51ポイント差の10位につけている。 [写真タップで拡大]

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TEXT:Go TAKAHASHI
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原田哲也

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1993年ロードレース世界選手権(WGP)250の世界チャンピオン。1992年に全日本で同クラスのチャンピオンを獲得し、翌年に初挑戦のWGP250で戴冠した。現役当時のニックネームは「クールデビル」。'02年に現役を引退し、現在はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。