エスパルガロとザルコのアクシデントはやむを得ない

世界GP王者・原田哲也のバイクトーク Vol.39「混戦のMotoGP、8耐中止、そして全日本では……」

  • 2020/8/15

1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第39回は、レース界での様々な話題と、亡くなった岩崎選手について。

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KTMの勝利はペドロサの貢献を抜きに語れない

モトGP第4戦チェコGPで自身初の最高峰勝利&初表彰台を獲得したブラッド・ビンダー選手。 [写真タップで拡大]

モトGP第4戦チェコGPではKTM&ブラッド・ビンダーが優勝しましたね。この結果にはさすがにビックリしました。でも今シーズンが始まってからKTMはずっと調子がよかったのも確か。ダニ・ペドロサがテストライダーとして加入してから、KTMはどんどんマシンの完成度を高めています。ビンダーが素晴らしい走りをしたのは間違いありませんが、改めてテストライダーの重要さをじる出来事でした。

もしかすると多くの方が「優秀なテストライダーには開発能力がある」と考えているかもしれません。でも僕は、「マシンに起きている現象を的確に伝えられるテストライダーが優秀」だと思っています。具体的に「こうしてくれ」「こういうパーツを作ってくれ」と言わなくてもいいんです。マシンの現状をこと細かく説明できれば、あとはチーフエンジニアがそのコメントをもとに開発やセッティングの方向性を考えてくれます。

ペドロサは13年間もモトGPを戦い、経験は豊富です。間違いなく「どんな走りをしたら、どんな挙動が起こる」といったインフォメーションを豊富にコメントできるはず。それがチーフエンジニアの助けになり、開発が進むというわけです。

2018年にホンダのライダーとして現役を引退し、2019年からKTMのテストライダーを務めているダニ・ペドロサ。『侍』ヘルメットも健在だ。 [写真タップで拡大]

ビンダーのチームメイト、ポル・エスパルガロは残念ながらリタイヤしてしまいましたが、もし走り切っていればKTMのモトGP初優勝を1-2フィニッシュで飾れたかもしれません。本当に調子がいいんでしょうね。

エスパルガロのリタイヤと言えば、接触したヨハン・ザルコにはペナルティが課せられました。僕には納得いかない裁定ですね……。エスパルガロがアウト側にはらんだのでザルコがインを突き、そのままインベタのラインで旋回していました。そこへアウトから戻ってきたエスパルガロが接触したんです。エスパルガロが先行していたとはいえ、あれはやむを得ないレーシングアクシデントだと思います。

特に今のモトGPはバンク角が深く、体も大きく落とします。コーナーのイン側を走っているライダーが、アウト側から接近するライダーを察知することはほとんど不可能でしょう。逆にアウトにいたエスパルガロの方がインにいたザルコを見つけやすいのですから、ザルコにペナルティが課せられるのはちょっと厳しすぎだと感じました。

アクシデント後は残念な裁定となった#44ポル・エスパルガロ選手と#5ヨハン・ザルコ選手。2選手とも調子がよかっただけにもったいない。 [写真タップで拡大]

もっとも、ロングラップペナルティをクリアするザルコの走りがあまりにすごかった! コーナーアウト側に設けられた大回りのエリアを駆けていったザルコは、砂ぼこりを巻き上げながら白線ギリギリを走っていました。いくらモトGPライダーとはいえ、汚れた路面はリスキーです。しかもタイヤに目が付いているんじゃないかというぐらい正確な白線ギリギリっぷり。そしてポジションを落とすことなくレースに復帰して3位表彰台を獲得してしまうんですから、いや〜、モトGPライダーって本当にスゴイ人たちです……。

2連覇を達成したファビオ・クアルタラロは予選で2番手獲得。3連勝にも期待がかかりましたが、今回は7位に沈んでしまいました。オープニングラップで外足が外れるほど大きくリヤを滑らせ、意気消沈してしまったようです。タイヤに厳しい状況でペースを上げられませんでしたね。これがレースの難しさ。前日によかったタイヤを、同じようなコンディションの翌日に履いても、いいとは限らないんです。なぜかって? その理由は僕も聞きたい! もし分かっていたらもっとチャンピオンを獲れていたと思いますよ(笑)。でも、本当に起こるんです。困りますよね(笑)。

ここまで3戦の全般的な印象としては、やはり事前テスト不足が影響しているのかな、と思えます。どのチーム、どのライダーも本調子ではなく、特にファクトリー勢の不調が目立ちます。ドゥカティ、ヤマハ、そしてエースのマルク・マルケスを欠いたホンダも成績が安定しません。そんな中で、エンジンも速く、トータルバランスに優れているKTMが頭ひとつ抜け出した格好です。

日本のモータースポーツファンとしては、ヨーロッパメーカーの躍進にやきもきしているかもしれませんね。でも、十分なテストが行えない状況で始まったシーズンですから、実戦の中で開発を進め、コンディションを上げていくはず。ヤマハ、スズキ、そしてマルケスの復帰はもう少し先になりそうですがホンダにも期待しましょう!

全日本ロードレースもスポーツランドSUGOで開幕

日本の……といえば、鈴鹿8耐の中止がアナウンスされましたね。僕は今年、チーム監督を務めさせていただく予定だったので、本当に残念です。でも、新型コロナウイルスの感染状況を考えると、こればかりはやむを得ないのかな、と納得もしています。これで8耐がなくなってしまうわけじゃない。必ずまた開催されるはずですので、その時に喜びを分かち合いましょう!

全日本ロードレースもスポーツランドSUGOで開幕し、最高峰のJSB1000クラスは野左根航汰くんが2連勝を挙げました(※JSB1000は2レースが行われた)。エースの中須賀克行くんがウエットコンディションのレース1で転倒リタイヤを喫し、レース2も欠場。レース数が少ないシーズンですから、チャンピオン争いにはかなり大きな影を落とすこととなりました。

レース序盤の転倒だったので、「焦ったんじゃないか?」という見方もあるようですが、僕はそうは思いません。若くて勢いのあるライダーが台頭しようとする時、トップの座にいるベテランライダーは全力でそれを阻止するものです。若手が勢いに乗ると手が付けられなくなるからです。だから「抜かれたら何としてでも抜き返す」「絶対に前に出る」というのは、焦りでもなんでもなく、ベテランがとるべき戦略のひとつだと考えます。

レース1の序盤から2人が抜け出し、激しいトップ争いの末に#1中須賀克行選手が転倒。#3野佐根航汰選手が独走で勝利を挙げた。 [写真タップで拡大]

結果的に転倒してしまいましたが、それは仕方ないこと。戦略としてはまったく間違っておらず、僕が中須賀くんと同じ立場にいれば、同じように攻めたと思います。実際、アプリリア時代にバレンティーノ・ロッシがチームメイトになった時は、『これはヤバイ若手が来たぞ!』と懸命になりました……。

繰り返しになりますが、結果的な転倒は仕方ないこと。バイクのレースですから起こり得ます。それだけ野左根くんが成長していて、中須賀くんの脅威になっているのでしょう。中須賀くんが欠場したレース2で、野左根くんは独走優勝を果たしていますから、かなり力を付けているのだと思います。もちろん中須賀くんも黙ってはいないはず。今後が楽しみです。

「自分を越えたい」というモチベーションがある限り

全日本開幕戦では、新設されたST1000クラスで岩崎哲朗さんが亡くなるという残念な事故が起きてしまいました。心からご冥福をお祈りいたします。本当につらいことですが、レースでは、こういうことも起こります。ライダーも関係者も、「絶対にあってはならない」と強く願い、最大限の備えをしながら、どこかで覚悟もしているでしょう。

僕も現役時代は、絶対に自分の身には起こらないと確信していました。何の根拠もありませんが、そう思っていたんです。でも、「現役のうちは結婚しない」と決めていました。結婚して、もし自分の身に何かあったら、奥さんになる人にとてつもない迷惑と苦労をかけてしまうと思っていたからです。結局は自分も納得できたので現役中に結婚しましたが、「ああ、自分はいつ何が起こるか分からないと思っているんだなあ」と気付いたものです。

「自分の命が危険にさらされている」と、いつも考えているわけじゃありません。怖さが勝つなら、レースは辞めた方がいい。でも、こうして悲しい死亡事故が起こると、結果的に命が懸かっていることをまざまざと見せつけられます。それが分かっていても、ヘルメットのシールドを下ろしてコースに出て行くのがレーシングライダーという生き物です。「勝ちたい」「自分を越えたい」というモチベーションがある限り、レースは戦う価値があります。

岩崎さんの事故は本当に残念ですし、悔しい思いでいっぱいです。岩崎さんも悔しい思いをされているでしょう。でも、好きじゃなければレースはしない。モチベーションがなければレーシングマシンにはまたがりません。遺された側としては、ご自身にとって価値ある場で起きた出来事なのだ、と思いたいです。

TEXT:Go TAKAHASHI
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原田哲也

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1993年ロードレース世界選手権(WGP)250の世界チャンピオン。1992年に全日本で同クラスのチャンピオンを獲得し、翌年に初挑戦のWGP250で戴冠した。現役当時のニックネームは「クールデビル」。'02年に現役を引退し、現在はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。