青木宣篤の上毛GP新聞

青木宣篤 令和2年の特別激白「僕が語り続ける理由」前編

  • 2020/4/12
青木宣篤 令和2年の特別激白「僕が語り続ける理由」

今日も青木宣篤は、世界のどこかで語っている。バイクについて、レースについて。人に向かって語り続けている。その原動力はいったい何か。何が口を開かせるのか。自分でも知らなかった自分の素養。信じてくれる人たち。そして…。今、青木宣篤が激白する、テストライダーとしての半生記。

●監修:青木宣篤 ●写真:高橋剛
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正解などどこにもない。自分を信じればいい

人生は、どう転がるか分からない。だから、面白い。

’19シーズンを最後に現役引退したホルヘ・ロレンソだが、彼の周辺では早くも「ヤマハのテストライダーになるのでは」という噂がまことしやかに囁かれている。バレンティーノ・ロッシが「ホルヘなら大歓迎」とラブコールを送るなど、かなり具体的だ(※原稿執筆時。この後、ロレンソはヤマハのテストライダーとして移籍を発表)。

ロッシからしてみれば、「自分と同じぐらいの速さで走れるテストライダーがいれば心強い」ということだろう。

確かに、電子制御の細かい煮詰めなどは、レーシングライダーと同レベルのタイムで走れた方がシミュレーションしやすい。だが、マシンの素の部分を作り込むには、必ずしもタイムを出す必要はない。

バイクの挙動やフィーリングは、相似形のようなもの。走るスピードが高くても低くても、似たような現象が起きている。車速が高いほどシビアに感じやすく、低いほど感じにくいのは確かだが、気付くことは不可能ではない。そしてより多くの事象に気付ける人は、テストライダーになる素養がある。

ワタシだって、自分がテストライダーになるなんて思ってもいなかった。ロレンソの人生も、これからどうなるか分からない。

ワタシがテストライダーの仕事をするようになったのは、’01年。ブリヂストンがモトGPへのタイヤ供給を始め、ワタシと伊藤真一さんがテストすることになった。

その前年までテレフォニカ・モビスター・スズキのレーシングライダーとして、2スト500ccマシンRGVΓを走らせていたワタシは、テストライダーになった当時、まだ何も分かっていなかった。せいぜい「速く走らせるのが仕事かな」ぐらいの認識だった。

当時まだ30歳だったワタシは、すぐにGPライダーとして復帰するつもりでいた。だから腰を据えてテストするというより、申し訳ないがトレーニングの一環という意識の方が強かったと思う。

ただ、テストライダーとしての基礎を学ばせてもらい、センサーと感性を磨かせてもらったのは確かだ。特に大きかったのは、「感じたことが人と違ってもいい」と知ったことだ。

先輩にあたる伊藤さんと同じタイヤで走ったのだが、インプレッションが違うことが多々あった。でもブリヂストンのスタッフは、「それでいいから、感じたままを伝えてほしい」と言ってくれた。「いろんなライダーが、いろんな視野からタイヤをチェックして、いろんな感想を言ってくれるほど、タイヤの汎用性が高まる」とのことだった。

汎用性とは、誰がどんな乗り方をしてもしっかりと機能する、ということだ。「自分が速く走ることだけを考えていればよかったレーシングライダーの仕事とは、だいぶ違うんだな」と、なんとなくテストライダーの仕事を理解していくことができた。

’04年冬からスズキ・モトGPマシンのテストライダーになったが、最初のうちはやはりレーシングライダーとして復帰する気が強く、速く走ることばかり考えていたように思う。ヨーロッパのサーキットをあちこち走る機会が多かったから、GPサーカスの転戦のようで、現役感も強かった。

そして’06年からスズキの竜洋テストコースで走ることが増えると、テストライダーとしての意識も技能も格段に高まったと思う。毎週のように同じコースを走ることで、自分の中にモノサシのような基準ができたのだ。

すさまじい数のパーツをテストした。フレームにしろスイングアームにしろエンジンにしろ、1種類のパーツに対して数え切れないほどの仕様を試して、評価する。走り方も、全開全力なだけじゃない。パーシャルも含めいろいろなトライをする。

朝9時から夕方5時まで、休憩やセッティング時間を挟みながらとはいえ、走りっぱなしだ。同じコースを同じバイクで延々と走っているうちに、否応なしにいろいろと細かいことまで感じ取れるようになっていった。膨大な経験を積み重ねていくうちに、バイクの本質をクリアに捉えられるようになったのだ。ただしそれは、テストライダーとしての出発点に過ぎなかった。

青木宣篤氏が語るテストライダー半生記。次ページでは、テストライダーとして感じたバイクの挙動をどのようにエンジニアに伝えて分かち合うか、その信念を告白する。

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