ドタバタが終われば意外にも順調!?

山田宏の[タイヤで語るバイクとレース]Vol.11「GP500用タイヤ開発が本格始動」

ブリヂストンがMotoGPでタイヤサプライヤーだった時代に総責任者を務め、2019年7月にブリヂストンを定年退職された山田宏さんが、かつてのタイヤ開発やレース業界について回想します。2001年は、ロードレース世界選手権最高峰クラス参戦に向け、タイヤ開発テストを繰り返していた時期。山田さんはチームの主要メンバーとして奔走していました。


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アーヴ・カネモトさんとブリヂストンが、ロードレース世界選手権(WGP)の当時最高峰だったGP500のタイヤ開発チーム運営に関する内容の大筋合意に至ったのは、2000年11月末だったと思います。しかし契約書にサインするまでは、かなりの時間がかかります。アーヴさんとの合意ができてすぐに、社内法務部の担当と綿密な打ち合わせをして、英語の規約書づくりに着手。ドラフトができたら、アーヴさん側の弁護士が確認します。こういう交渉は通常、お互いが有利に進めようとするため、双方の弁護士により長引くものです。一方、テストのためにサーキットの予約をしないといけないので、最初のテストをスペインのヘレスサーキットで翌年1月15~17日に実施することは、アーヴさんと交渉する前から決まっていました。

2000年9月にHRCの協力を得て初めての実走テストを実施して以降、開発部隊はさまざまなデータを集め、室内試験で研究開発を重ねていました。そのため、実走テストを待つタイヤはありましたが、1月中旬にはタイヤだけでなくアーヴさんとメカニックとライダー(伊藤真一選手と青木宣篤選手)とスタッフそしてマシンが、すべて現場に揃っていなければなりません。アーヴさんとの契約書にサインできたのは、ヘレステストの直前だったと思います。その他にも伊藤選手、青木選手、HRCとの契約も慌ただしく締結しました。しかも、これは現在でも同じだと思うのですが、ホンダ・レーシング(HRC)のワークスマシンは、チームのメカニックがHRCに出向いて自分たちで組み上げる必要があったので、スペインへの搬送前にそのための時間も必要です。それでも、スケジュールを考慮してアーヴさんが一生懸命動いてくれたことやHRCの協力もあり、極めて短時間で2001年最初のテストに向けた準備が整いました。

そういえば思い出しましたが、そのような超タイトスケジュールだったので、とにかく1月のヘレスでマシンを走らせることで、私もこの時期は頭がいっぱい。そのため、開発テスト用のNSR500にカラーリングを施すなんてことを考える余裕はありませんでした。カウルが未塗装でも、マシンは問題なく走りますから。しかし、たしかブリヂストンの広報チームから提言されたこともあり、12月中に急遽、デザインを決めて専門業者にペイントしてもらうことになりました。もちろん、テストシーンの写真などがその後に広報や広告のツールとして使われる可能性を考えたら、オリジナルのカラーリングがしっかり施されているほうが望ましいということは理解していましたが、これにより私の業務もさらに増えました。カラーリングのデザインを社内のデザイン部署に依頼して、それを塗る業者にとってもかなりタイトスケジュールなので、なんとか仕上げてもらえるよう頼みに行きましたから……。とはいえ、当時の様子は約20年が経過した現在でもこうやって写真で紹介されるのですから、やはり塗っておいて正解でした。

2001年1月中旬、WGPのGP500参戦に向けた開発テストチームが結成され、いよいよ本格始動! 準備は短期間だったが、アーブさんとスタッフ、ライダー二人とマシンが揃った。

「高いグリップ性能を、必要なだけ持続させる」ことの難しさ

そして我々は、1月中旬のヘレステストで無事に集結。このときに何種類のタイヤを持ち込んだのか、正確な記憶はないのですが、10種類なんて優に超える数だったと思います。タイヤを構成する要素というのは、大きくわけて構造・形状・コンパウンドという3項目。これらを個別に判断するため、例えば形状に関するテストを実施する場合、構造とコンパウンドは共通化しておいて、形状のみを変更していきます。それまでのブリヂストンには、GP500用タイヤに関する経験がなかったので、形状だけでもさまざまなものにトライしていく必要がありました。形状については、図面を書いて金型を製作するので時間もかかります。対して構造については、より簡単に変更できる状態。例えばベルトを何枚にするかとか素材をどうするかとか角度は……と、少しずつ異なる構造にできます。そしてコンパウンドも、さまざまな成分を配合したケミカルなものですから、こちらも次々にニュータイプを生みだせます。そして、それらを組み合わせることで膨大な種類のタイヤがつくれることになります。

とはいえ、すべてを片っ端からテストするわけにはいかないので、室内試験の研究開発によりタイヤの性能を想定して、実際に製造したいくつかのタイヤを走らせて評価し、そこで得たデータも参考にしながら、次回のテスト用タイヤを開発していきます。最重要テーマとして掲げたのは、「より高いグリップを、レース距離に必要なだけ持続させる」というもの。ところが1月のヘレステストに持ち込んだタイヤに対して、テストライダーの青木選手からは、「コースインして3~4周走って、よしこれから……というときにはすでに、グリップが落ちています」とコメントされたことを覚えています。本格始動してから最初の実走テスト段階とはいえ、やはり我々にとってはショッキングな内容でした。

実走テストでのインプレッションをブリヂストンの開発者らに伝える青木宣篤選手(写真中央)。評価タイヤ毎にライダーのコメントとデータを確認していく。

400km/hにも対応する試験機と、タイヤの“接地面が見える”計測技術

しかしその後の開発とテストは、じつは比較的順調に進んでいきました。これには、従来のようにタイヤを製造して試乗してライダーが評価するという方法だけでは、ライバルメーカーとの間にある経験値の差を埋めることができないという考えから、科学的なアプローチに取り組んだことが影響していました。当時はまだそれほど大がかりなシステムではありませんでしたが、車体の各部に歪みゲージを装着して、タイヤにどのような力が加わるのかを計測することにもトライしています。

一方で室内試験のほうも、GP500用タイヤの開発にあわせて大きな進化を遂げていました。まず、GP500は速度域が非常に高いため、高速耐久性を試験できるように400km/hまで対応できる巨大なドラム耐久試験機を東京工場に新設。この機械はキャンバーや駆動制動もかけられ、実際のGP500マシンと比較して約1.5倍以上の厳しい条件でも耐久性を評価できるようになりました。

2016年に発売されたバトラックス・ハイパースポーツS21では、WGP用タイヤ由来のタイヤ計測技術「アルティメットアイ」が使われ、その内容がカタログなどで紹介された。しかし実は、2000年から初期アルティメットアイの技術を使ってタイヤ開発を進めていたのだ。

そして室内試験にはもうひとつ、2016年発売のバトラックス・ハイパースポーツS21で一般公道向けタイヤに初採用されたことでも注目を集めたアルティメット・アイにつながる技術も導入。これにより、タイヤのどこにどれくらいの接地圧がかかり、タイヤに求められる荷重・横力・駆動制動力という三分力が接地面内でどのようにかかっているのかを、走行時を想定した状況でカラーデータ化できるようになりました。この技術によって、とくに大きな課題だったアクセルを開けたときの横滑りの減少……つまりリヤタイヤに駆動力をかけたときの横力落ち込みを少なくすることができました。タイヤにかかる力を可視化できる技術を導入したことで、タイヤの開発スピードは以前よりも飛躍的に上がりました。

近年、青木選手が当時のことを振り返って、「あの時代は、テストの度に目まぐるしいほどの進歩がありました。あんな経験はなかなかできません!」と話してくれました。現在では超豊富な経験を持つベテランライダーとなった宣篤選手がこのように評価してくれるほど、当時の我々は大きな前進を続けていたのです。

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