シンイチロウ アラカワのアトリエ兼ショップの移転はこれまで何度か噂に聞いたことがあったが、実現するまでに及ばず夢物語のように立ち消えていったものも多かったそう。そんななか、ついに南青山を離れて新天地にオープンしたと聞き、真夏日の陽射しが眩しい某日、東銀座に足を伸ばした。新店は意外性がありつつ、とても気持ちの良い場だった。1人のクリエイターと直に対話をする……そんな楽しみもある稀有な空間が生まれた。
●文:ミリオーレ編集部(村田奈緒子) ●外部リンク:SHINICHIRO ARAKAWA
看板のないビル6階、扉を開くと屋上空間が出迎えてくれる
シンイチロウ アラカワの新しいアトリエ兼ショップに、私はすぐに辿り着けなかった。ビル前に看板もなかったため、気づかずに一度素通りしていたのだ。
東京メトロ東銀座駅から徒歩10分。南青山にあったショップは窓際にMVアグスタ F4などが飾られていたのがとても印象深かったが、看板もない上に、ビルのエレベーターは5階までしかなく「本当にここだろうか?」と疑いつつさらに階段を登ると、6階にあるガラス窓のドアに小さく赤いロゴが印されていた。
この時点で新しいショップは少々そっけないように思ったのだが、その扉を開くと印象は一転。ビルの隙間から青空が広がり、爽やかな風が流れ、緑が充実した屋上空間が広がっていた。
そこにある約10㎡の小屋、ここがシンイチロウ アラカワの新店。
日当たりの良い「おもしろみのある場所」
率直に言うと、とてもとてもコンパクトな空間である。3人も入ればやや密なスペース感で、もちろんバイクは置いていない。この場所を選んだ理由をオーナーの荒川眞一郎さんに聞いたら、「おもしろみがあったから」という答えが返ってきた。
「南青山から、なんとなくそろそろ移ろうかなと思って物件探しを始めたのがきっかけです。バイクガレージとアトリエ兼ショップを分けてもいいかなと考えて、各々で物件リサーチをしたらこのビル6階を紹介されて。当初は図面で見る限りはピンとこなかったけど、実際に内見したら意外とおもしろみがあっていいなと。新しい場を探すのに、おもしろみは一番重要だったから」と荒川さん。
なんでもセキュリティがしっかりしていて、バイクも置ける築浅物件もあったそうだが、本人曰く「おもしろみがなくて、自分が働いているイメージができなかった」とのこと。バイクが置けることよりも、おもしろみが重視されてアトリエは決定したのだが、バイクガレージはセキュリティという課題も難航しており荒川さんのお眼鏡にかなった場はまだない。
クシタニとの出会いでクリエイティブが変化
アトリエにある荒川さんのデスク周りには、赤いアイテムが並ぶ。赤いフェラーリのミニカーだったり、ファッションショーで使ったレコードであったり。なかでも人目を引くのは、真紅のパネルだ。
「パネルから外すと、1枚のワンピースとして着用できるんです。2000年頃の作品だったかな。」
荒川さんはモーターサイクルウエアブランドのデザイナーと思っている人も多いだろう。しかし彼の経歴は、パリでデビューし、パリコレに参加したところからすべては始まっている。
荒川眞一郎(あらかわ・しんいちろう)/1966年生まれ。1989年、渡仏。パリの服飾専門学校を卒業後、1993年に自身のブランド「シンイチロウ アラカワ(SHINICHIRO ARAKAWA)」を立ち上げ、パリコレクションに初参加。その後、拠点を東京に移し、東京でコレクションを発表。1997年にHONDAとのコラボレーションによるコレクションを発表。1999年、日本ファッション・エディターズ・クラブ、デザイナーズ・オブ・ザ・イヤー賞を受賞。 2000年、毎日ファッション大賞・新人賞資生堂奨励賞を受賞。2007年、モーターサイクルウェアのライン「SHINICHIRO ARAKAWA 2」をスタート。
「パリコレのクリエイティブは、どちらかというと自己満足の世界です。自分自身が作りたいものを追求していくと、哲学的な世界なんです。自分はなにをしたいのか? なにをつくるべきなのか? そんな自問自答を繰り返していくので、常に暗闇のなかでもがいているイメージです。一方で、会社としてのクリエイティブも求められるし、パリコレは1年に2回のスピード感も求められる。楽しさや喜びもある一方で、やはり苦しさもある。
その点ではバイクウエアは健康的なクリエティブを感じました。なかでもクシタニさんとはじめて取り組みをし、クシタニさんのスタッフが仮縫いのウエアを着て東名高速道路を走行テストした時のことです。櫛谷信夫さんから『ココとココがバタつきが気になりました』とか『風が抜けないと縫い目が破裂するのでデザインを考慮してほしい』とかお話を受けた時に、バタつきってなに? 縫い目が破裂することってある? とまず思いました。もちろんバイクには当時から乗っていましたが、バイクウエアのことはなにも知らなかったのです。でもデザインに理由があることが新鮮でしたし、クシタニさんから学ぶことがたくさんありました」
SHINICHIRO ARAKAWA オーダーメイドのすすめ
さて、銀座の「おもしろみのある場所」に引っ越して、ひとつ大きな発見があったと語る。
「以前の場所は多くの常連さんが集うにはスペースも十分でした。でも、この場所は僕+せいぜい2名が入れるくらい。そうするとこれまでよく来てくださった常連さんでもじっくり話す時間が増えて、『この人ってこんな感じだったんだ』と思うことも多々あります。コミュニケーションの密度が高くなった感じかな。もちろんインスタを見て訪ねてくれるはじめてのお客様も多いですが、一人ひとりときちんと顔を合わせて少し話をしたりするのが楽しいですね」と、荒川さん。
SHINICHIRO ARAKAWA 2では既存のコレクションのほか、オーダーメイドのデザインも受注。自分自身のサイズのフィットしたレザージャケットのほか、ヘルメットやバイクのカスタムペイントも受け付けている。まさに世界でひとつの、自分だけのバイクスタイルが手に入るのだ。
荒川さんのクリエイティブに触れる、購入する、オーダーするなど、楽しみ方は千差万別。ぜひ銀座や軽井沢のショップを訪ねてみるのはいかがだろうか? 荒川さんが影響を受けたというイタリアの鬼才、マッシモ・タンブリーニの話で盛り上がるのも一興。理想のバイクウエアを探しに、ぜひ足を運んでみてはいかがだろうか?
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