
「この男の戦う姿を撮ってみたい」。ヤングマシンを含む二輪メディアを中心に活躍中のフォトグラファー真弓悟史。バイクから人物写真まで数々の印象的な作品を撮り下ろしてきた彼が、今年は全日本ロードレース・JSB1000クラスに挑む長島哲太選手を追いかけている。プロに仕事とは無関係にレンズを向けたいと感じさせたその魅力に、渾身の写真と文章で迫る。
●文と写真:真弓悟史
ダンロップを3年計画で勝てるタイヤにする
今年から始まった「レーシングライダー・長島哲太」と新チーム「ダンロップレーシングチーム・ウィズ・ヤハギ」の戦いも、あっという間に1年目の前半戦が終了した。約3か月のインターバルを挟み、全日本ロードレース選手権JSB1000クラスは8月25日決勝のモビリティリゾートもてぎでシリーズが再開された。
ここまでの3戦・5レースの成績は4位、6位、6位、10位、10位でランキングは7位だ。
予測のつかない新たな挑戦を始めた今シーズン。半年を終え自分たちのポジションも見えてきた。ここまでの戦いぶりを、自身はどのように捉えているのか。予選終了後の長島選手に話を伺った。
「ここまでの成績は予想以上。悪くないかなって思っています。開幕戦の鈴鹿に関しては気温の部分とかで(上位入賞できる)チャンスだと思っていましたので、自分たちも100%そこに照準を合わせて作り込んでいました。表彰台も見えていましたし上出来のスタートを切ることが出来ました」
DUNLOP Racing Team with YAHAGI|長島哲太
長島選手が8耐で走り慣れた鈴鹿サーキットとダンロップタイヤの特性が活かされる3月の低い路面温度の組み合わせは、本人もチームも最初で最大のチャンスだと考えていたレース。惜しくも表彰台には届かなかったが見事に結果を出して見ているものに大きなインパクトを与えた。しかし、第2戦以降のレースに関しては春から夏にかけて、どんどん気温も高くなりダンロップタイヤにとっては苦しいレースになることが考えられる。そして久しぶりに全日本に復帰する長島選手にとっては走り慣れていないコースも待ち構えることになる。
「(第2戦の)もてぎは結構暑かったですが、ある程度のタイムでレースを戦えました。そこで出た課題を改良して(第3戦の)SUGOに臨んだのですが、転倒での怪我もあってリザルトとしては満足の行くものではありませんでした。それでも、タイヤとしては間違いなく進歩を感じられました。そしてサマーブレイクが明けて、今回この暑いもてぎを走ってみてもタイヤはしっかり機能していますし、同じCBR1000RR-Rで他のタイヤを履いているチームが比較対象になるのですが、変わらない位のタイムで走れていているので悪くないと思います」
続けて長島選手は、こうも話す。
「(今シーズンが始まる前は)正直、寒い季節でトップ10に入れるかくらいで、暑い時期になったらポイントを取れるか取れないかくらいになってしまうかもと思っていた部分もあったんです。(この夏開催の)もてぎは10位に入れるかどうか? 12位、13位くらいかなと思っていました」
目先の速さにこだわることが今の仕事じゃない
現在、ブリヂストンタイヤの独壇場であるこのクラスに数年間JSB1000では開発の止まっていたダンロップで立ち向かうことは、最初から苦戦を承知でのチャレンジだったであろうことは想像できる。しかし私は、彼がそこまでのきつい戦いを想像していたことに正直驚いた。勝利の壁は高いかもしれないが、苦戦とは言えせいぜい5位・6位くらいの争いだと思っていたからだ。12、13位と言えば、もう中団グループでも下のほう。本来競い合うべきライバルの後ろ姿は全く捉えることも出来ない遥か後方での戦いになる。
幸いにも現実はそこまでの順位にはなっていないが、鈴鹿8耐を2連覇し、予選でも2年連続最速タイムを出した現役のトップライダーが、このポジションにいることでモチベーションを保てるものなのだろうか?
「もう自分の場合は海外に出て1回Moto2で勝って“ある程度やり切った感”もあるんです。これが今もMotoGPを戦っていたり、もう一度海外へ行こうと考えていたら、もちろん耐えられなかったでしょう。しかし、自分は1回世界選手権でやり切って帰ってきた。そして、HRCとテスト契約して8耐も2回勝った。自分のやってきたことや、“スピード”は証明できたかなと思うんです。なので今、それを証明する必要はなく、これ(今までの実績・実力)を使ってダンロップと共に上がっていき、3年後に結果を出すことに照準を合わせているので、この(順位の)悔しさも受け止められますし、焦りもありません。これを糧にして2年後3年後に繋げていきたいと考えています」
DUNLOP Racing Team with YAHAGI|長島哲太
自分の気持ちや現在地を彼は冷静に受け止めていた。今までは純粋な速さを追い求めて今の結果にこだわり続けて来た。しかし今、彼がやるべき仕事は、そこではないことを本人が一番自覚している。目先の成績ではなく、あくまで3年間でダンロップタイヤを勝てるタイヤに仕上げること。それが今の長島哲太に託された仕事なのだ。
そして間髪入れずに、「とは言っても、この順位であることはもちろん悔しいですよ」と、付け加える。自分たちは確実に進化している。しかし現在トップとの差は依然として大きい。
「周りもその差をどんどん突き放そうとしています。でも自分たちはそれを埋められるだけのチーム力とダンロップの本気度もあります。焦る必要はないと思います」
新作のオリジナルスイングアームを投入
DUNLOP Racing Team with YAHAGI|長島哲太
今回のもてぎラウンドでは、明らかに見た目からして違うパーツが投入されていた。今までの黒いものから削り出しの銀色がプロトタイプ感を漂わせる新しいスイングアームだ。これはアクティブで設計を行い(元TSRでACシリーズの生みの親・光島稔氏によるもの)、チーム名にも入っているパートナー企業の矢作産業で制作された物で、全てにおいて性能アップを図ったものだと言う。チームの藤沢監督も自ら溶接などの手も加えているという。
「JSB1000に参戦している1チームが自分たちで設計して作ってというのはなかなかないと思います。やっぱりモチベーションは上がりますよね」
タイヤも今回全く新しい設計の物が投入された。素人目には一見区別は付かないが形状からして違う物らしい。こちらのタイヤの評価についてはダンロップレーシングチーム・ウィズ・ヤハギ監督である藤沢裕一氏にお話を伺った。
「初日のフィーリングは悪くなかったですし、ポテンシャルも悪くないです。しかし今回はスーパーフォーミュラの四輪のラバーが乗ってしまっていてこのタイヤの性能は確認が取れなかったですね。日曜日、朝のウォームアップでは昨夜の雨でラバーが流れた後だと、そこそこ確認も取れて『ちょっと良くなった』ってなるけど、また四輪が走った後だと確認できる状況ではなかった。でも初日金曜日のフォーミュラがまだ走っていないときにタイヤの状況は当然チェックしているから、そこで今まで自分たちがネガ要素として持って回収しようとしていたことは、すべての段階で良くなったという評価は出せている」(藤沢氏)
ちなみにだが、四輪の走行後に貼り付いたラバーの上を二輪が走ると、そのゴムを接地面が拾ってしまってグリップしなくなる。同じ四輪でも現在スーパーフォーミュラで使用しているヨコハマタイヤとブリヂストン・ポテンザのラバーではまたフィーリングも違ってくると言われている。おそらく二輪側もダンロップとブリヂストンでは相性も変わってくるだろう。本来のこのタイヤの性能を確認出来るのは次回オートポリスや岡山でのレースになりそうだ。
藤沢氏は「オートポリスでは何かしらの結果は出ると思います。(オートポリスは)ホンダ車が苦戦しているサーキットなので、ホンダ内での比較になるかもしれないけど、今回ここで良かった所の性能が出てくれば間違いなく前半戦の戦いよりは良くなるはず。現状は(ホンダ勢では)野佐根選手が頭一つ抜き出ているけど全然不安はないし、今の正常進化のタイヤの中でレースはできると思います」と語る。
現在、1周のラップタイムではトップから1秒以上離されている。これについて、まだまだその差を縮めるのは難しいのか? との問いには、「でも、そんな感触は俺には全然ないけどね。その差は詰まると思いますよ。哲が普通に走らせたら」(藤沢氏)と全く迷うことなく答えてくれた。
レーシングライダー・長島哲太の存在感
このレース、予選の順位は7位。長島選手は3列目のアウト側のスターティンググリッドだった。スマホをセットしヘッドフォンを付けると、すぐにバイクから一人離れてコンクリートウォールのそばに座るが、ただ人を寄せ付けない緊張感のある雰囲気ではない。時おり関係者と笑顔で言葉を交わしながらリラックスした中で集中力を高めている印象だった。
グリッドを撮り終え、コース脇のサービスロードを最終コーナー方向に移動していると、レーススタートに向けサイティングラップが始まった。場内の実況放送で「長島哲太」の名前を叫んでいるのが聞こえて来る。何か盛り上がっているようだった。撮影場所の90度コーナーに近づくと、ダウンヒルストレートから隊列を引き連れた黄色いバイクが先頭で進入してきた。
DUNLOP Racing Team with YAHAGI|長島哲太
この姿に「長島哲太、さすがだな」と1人思わず笑みがでてしまう。予選のタイムではトップの水野涼選手から1秒7も離されている状況で、トップ集団と勝負にならないのは明らかだ。だからこそ、ここだけでも魅せて観客を盛り上げてやろうとする気持ちがビシビシとこちらに伝わってくる。自分の成績だけでなく常にレース界全体を盛り上げようと行動する姿や後進の育成への取り組み、そしてファンへの神対応にはいつも敬服してしまう。
レースはスタートダッシュを決め5番手に上がるも、やはり上位4台はどんどん逃げていく。序盤はスズキの津田拓也選手と、その後はホンダの高橋巧選手と名越哲平選手とのバトルになる。90度コーナーへ向かうストレートではライバル達に何度も並びかけられるも、ブレーキング勝負では最後の一伸びで絶対に抜かせない。必ず集団の一番前でコーナーに進入する。このハードブレーキングに長島選手の気合とレーサーとしての意地が伝わってくる。だが、そのバトルの最中、マシン左後方から時より白煙が見え出す。その後メインストレートに帰ってくるとオレンジボールの旗が出され、8周目の1コーナーで自らラインを外れマシンを止めた。
DUNLOP Racing Team with YAHAGI|長島哲太
今回のもてぎのレースはマシントラブルによりリタイヤに終わった。しかしニューパーツや新設計のタイヤの導入などチームやダンロップの士気の高さを感じさせる大会だったと思う。レース後に長島選手にコメントを伺うと、「藤沢さんやチームのクルーも一生懸命仕事をしてくれていますし、ダンロップもめちゃくちゃ本気でやってくれているので、そこが自分のモチベーションになっています。誰も諦めていないですし、今の状況で良いなんて1ミリも思っていないです」と言う。これから折り返しの後半戦、レース数の少ない全日本ロードレースは、オートポリス・岡山・鈴鹿の残り3戦だ。
「まだまだ現状、現実は厳しい部分もありますが1戦でも早くそこを覆せるようにみんなで取り組んでいます。諦めなければ何とかなると思うので、それはしっかり忘れずに、とにかく全力でもがいて最終戦までには少しでも良くなれるように頑張りたいと思います」
現在の置かれた状況は、まだまだヤマハファクトリーやドゥカティに真っ向勝負を出来るような状態ではない。しかし誰も諦めてはいないし、無理だとは思っていない。このプロジェクトの3分の1にあたる1年目の最終戦・鈴鹿が終わった時点でどこまで進歩し、どの位置まで這い上がっていけるのか。この物語を追い続けたいと思う。
DUNLOP Racing Team with YAHAGI|長島哲太
【真弓 悟史 Satoshi Mayumi】1976 年三重県生まれ。鈴鹿サーキットの近くに住んでいたことから中学時代からレースに興味を持ち、自転車で通いながらレース写真を撮り始める。初カメラは『写ルンです・望遠』。フェンスに張り付き F1 を夢中で撮ったが、現像してみると道しか写っていなかった。 名古屋ビジュアルアーツ写真学科卒業。その後アルバイトでフィルム代などの費用を作り、レースの時はクルマで寝泊まりしながら全日本ロードレース選手権を2年間撮り続ける。撮りためた写真を雑誌社に持ち込み、 1999 年よりフリーのフォトグラファーに。現在はバイクや車の雑誌・WEBメディアを中心に活動。レースなど動きのある写真はもちろん、インタビュー撮影からファッションページまで幅広く撮影する。
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