
排気量マウントというのが定期的にSNS界隈(特にX=旧Twitterが多い模様)で話題になるようです。いったいどんなもので、なぜそんなことが行われるのでしょうか? ちょっと考察してみました。
●文:アラフィフの編集部員
他人の趣味にケチをつける行為
排気量マウントってご存じでしょうか? SNSをやっている方なら目にしたこともあるのではと思いますが、ようするに大きなバイクに乗っている人が小さなバイクに乗っている人に対して偉そうな態度を取ることや小馬鹿にする行為を指す言葉です。
たとえば1000ccのバイクに乗っている人が250ccに乗っている人に対して仕掛けたりします。この行為をする人をマウンターと呼んだりもします。
主に若いライダーや女性ライダーが被害に遭うケースが多いのですが、これには理由があります。“マウンター”たちは言い返されそうな相手や見た目が強面な人には近付かないからです。
排気量マウンターになる人はどんな人なのでしょうか。幅広く調査したわけではありませんが、身の回りで経験した範囲ではそこそこ以上の年齢の男性がマウンターになることが多く、その背景には誰かに認められたい、自分の趣味を肯定されたいという願望があるようです。裏を返せば、普段はなかなか他人に認めてもらう機会がないわけですね。誰かを下げることで自尊心を満たしたい、充実した趣味を謳歌している若者に嫉妬している、といった動機が透けて見えます。
ただ、なかには本当にバイクが好きでただバイク話がしたいだけで話しかけてきた、という場合もあるので、そこはきちんと見極めてあげたいところ。また、若さゆえに仲間内に対して尖った発言をしてしまった人の場合は、もう少し暖かく見守られる傾向です。まあ、普段の行い次第ですが。
ちなみに筆者はすでにおじさんなので、マウントを仕掛けられることはあまりありません(気付いていないだけかもしれませんが……)が、平成ひとケタの頃、聞いたことのある台詞としては以下のようなものがあります。
「400cc以下はバイクじゃねぇ」
「カワサキ以外はバイクじゃねぇ」
「蚊トンボみたいなバイクでヒラヒラ走りやがって」
といったところです。とはいえ、バイク乗り同士だけでなく、コミュニケーションとしての冗談が全体にキツめだった時代でもあり、どんな関係性や文脈で出てきたセリフなのかによって、スルーしたり言い返したり、同じく強めの冗談で返したりといった選択肢があったように思います。
でも、そんな時代の価値観のまま現代に来てしまうと、トラブルにしかなりませんよね。無意識にマウンターになっていないか、おじさんたちは今一度、我が身を振り返ってみたいところです。
趣味は本人が楽しければそれでいい。他人が楽しんでいるものにケチをつけたりするのは本当に馬鹿らしいですから。
そもそも排気量マウンターはなぜ生まれた?
大昔の習性までさかのぼれば、雄は身体の大きさや強さを競ってパートナーを勝ち取る、という生き物としての本能があり、これは類人猿から人間に進化したあとも、いつの時代もなんらかの形で表現されてきました。でも現代の日本は、競技化されたものを除き、肉体的な闘争によってそれを表現することはできないので、仕事の成果や持ち物の大きさ珍しさ、高価さなどで競われることになります。
……という話からすれば、排気量マウントの起源はとても古いことになりますが、現代を生きる我々に直接的な影響がある出来事は何かというと、1975年のいわゆる“中免”の導入と、1996年の大型二輪免許の創設でしょう。
二輪免許は1948年に誕生し、1965年までは四輪免許を取得すれば付帯され、持っていれば排気量に関係なく全てのバイクを運転できました。1972年に小型自動二輪免許が新設され、1975年に自動二輪免許(排気量制限なし)、中型限定自動二輪(400cc以下/これが中免と呼ばれた)、小型限定自動二輪(125cc以下)という区分になりました。
それ以降、教習所の卒業検定で実技試験が行われるのは中免までで、この“中型限定”を解除するためには各都道府県の運転免許試験場での実技試験に合格する必要がありました。これが“限定解除”と呼ばれるもので、厳密には小型限定を解除して中型限定へ移行するのも限定解除なのですが、それはともかくとして中型限定から制限無しになることが一般的に限定解除と認識されるようになったのです。
この限定解除はなかなかにハードルが高く、合格率は10分の1とも30分の1とも言われ(時期によって諸説あります)ましたが、これによって1975年以降に限定無しの自動二輪免許を取得した人は、一定以上の技術とプライドを併せ持つことになります。
それ以前のライダーたちは、「俺たちは四輪免許に付いてきたから」と、自慢とも自虐ともとれる台詞が多かったようです。そして、限定解除したライダーたちは、それなりに排気量マウントらしきものもあったとはいうものの、当初はけっこう孤高の存在であることを楽しんでいたようです。バブル期以前、大型バイクはいろいろな意味で高嶺の花で、ある程度裕福な一部の人しか買えなかった時代だったから、ということもあるのでしょう。
様子が変わるのは、1996年に免許制度が変わり、大型二輪免許、普通二輪免許小型限定、普通二輪免許という分類になった頃からです。このとき大型二輪免許の実技試験が教習所で行われるようになり、免許取得のハードルが大きく下がりました。ここで、それまでに苦労して限定解除したライダーたちの一部(本当に一部だけで、ほとんどのライダーはそんなことありません)で、嫉妬とプライドが爆発します。
「今のライダーは限定解除をお金で買えるから」
「大してウデもないのに速いバイクに乗りやがって」
など、けっこうヒドイことを言っている人がいたように記憶しています。そもそも限定解除というものはなくなって大型二輪免許になっており、教習所で免許を取っても上手なライダーはたくさんいたのですが、そんなことはお構いなし。まあ一面では真実を突いている部分もなくはなく、大型二輪免許取得者による事故の増加が指摘されていたのも事実ではありました。
ちなみに、免許制度変更の予定が明らかになった1994年頃から試験場での実技試験もグッと難易度が下がったと言われ、この時期に限定解除をした世代(筆者含む)は、昔の限定解除組に属することもできず、かといって教習所組にも加われず、遠巻きに見守ることしかできませんでした。
こうして限定解除者(のごく一部)による排気量マウントがはじまり、いつしかここに大型二輪免許取得者も加わっていくことになったのです。
マウンターたちがつくるマウンティングマウンテン
排気量マウントをされた、という報告がSNSに上がるとプチ祭りのようになりがちですが、ここで騒ぎを大きくしようと、なんでもかんでも排気量マウント認定をしたがる輩も出没するようになります。そしていつしか始まるのは、マウンター撃退自慢です。
「原付に乗っていたらマウントを取られたのだけど、普段は1000ccに乗っているからきっちり撃退してやったぜ」的なやつですね。これって、はたから見れば同類のように思えてしまうのは筆者だけでしょうか。
マウンティング行為に極度に敏感な人は、立場の上下の差を察知するセンサーがとても発達しています。元々感覚が鋭敏な人も多いのでしょうが、なかには自分がマウンティング気質だから敏感なんでしょうね、と思わざるを得ない人も。
結局は、そうしたマウンター同士の自慢vs自慢でどんどん山は高くなっていき、マウンティングマウンテン(©モモウメ)がそびえ立つことになります。
マウンターたちが苦手とするのは「打っても響かない」こと。なんらかの形で自尊心を満たしたいわけですから、反応がないと寂しいわけです。でも、じつは彼らのいちばんの苦手は褒められることだったりします(諸説および個人差があります)。正面から褒められると、慣れていないから赤面して、意外なほど早く切り上げてくれたりするものです。
……なんというか、もっと平和な世の中になるといいですよね。
最後は雑な締めになりましたが、現場からは以上です。記憶違い等あったらごめんなさい。
※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。
最新の関連記事(交通/社会問題)
「バイク業界は減速傾向」まだそんなこと言ってるの? いつからか、国内二輪市場の概況を説明する際に枕詞に使われるのが「減速している」です。 たしかに、1982年の販売台数327万台に比べると、直近の20[…]
1. 国交省がバイク駐車に関する連絡会議を設置 2025年5月、国土交通省は、バイクの駐車スペース確保に関する施策推進に役立てることを目的に、関係行政機関相互の連携のもと、関係省庁を横断する形となる「[…]
バイクは首都高に乗れなくなる⁉ ETC専用入り口化が爆速激増中! 2026年3月、うがちゃんこと宇賀なつみさんをキャラクターにした首都高速道路株式会社のTVCMが大量に放映されていました。 内容は、首[…]
長期の準備期間を経てついに実現 二輪車の希望ナンバー制を導入するためには、システムの改修や設備の導入といった多くのハードルがあった。自動車登録検査業務電子処理システム(MOTAS)や希望番号システムの[…]
1.「裏ペタ」という不思議なカスタム SS系やストリートファイター系のカスタムバイクで、時折見かけることがある「裏ペタ」。要はナンバープレートを、リヤフェンダーの内側に貼り付けるカスタム(!?)のこと[…]
最新の関連記事(ニュース&トピックス)
世界を熱狂させた「キング」の象徴 インターカラー(スピードブロック)の歴史を語るうえで、絶対に外せないのが「キング」ことケニー・ロバーツの存在である。1978年から1980年にかけて、ロードレース世界[…]
チャリティとバイクの祭典「DGR Tokyo Central 2026」 「DGR(The Distinguished Gentleman’s Ride)」は、男性のメンタルヘルスと前立腺がん研究の支[…]
満を持してのコンパクトマシン投入 英国フォードがシエラRSコスワースや、サファイヤ・コスワースといった名車の後継モデルとして開発したのがエスコートRSコスワース。1992年、5代目エスコートをベースと[…]
5月中旬:HJC「RPHA 12 Red Bull MISANO GP2」 HJCの高性能フルフェイス「RPHA 12」に、大人気のレッドブルコラボ第2弾となる限定グラフィックモデルが追加された。イタ[…]
5/15:ヤマハ「YZF-R9」 1月に登場した70周年記念カラーに続いて、クロスプレーン3気筒エンジンを搭載した新型YZF-R7の通常カラーが登場。価格は149万6000円。2026年モデルは歴代最[…]
人気記事ランキング(全体)
普通の移動手段では満たされないあなたへ 通勤や週末のちょっとした移動。便利さばかりを追い求めた結果、街には同じようなプラスチックボディのスクーターが溢れ返っている。「もっと自分らしく、乗ること自体に興[…]
長距離ツーリングの「疲労感」にお別れ 休日のツーリング。絶景や美味しい食事を堪能した帰り道、高速道路を走りながら首や肩の痛みに耐え、「明日の仕事、しんどいな…」とため息をついた経験はないだろうか。スポ[…]
毎日の移動、もっと身軽に楽しみたいあなたへ 朝の慌ただしい時間帯。重いバイクを狭い駐輪場から引っ張り出すだけで、どっと疲れてしまうことはないだろうか。渋滞路のストップ&ゴーや、ちょっとした段差での車体[…]
レプリカブームの始祖、RZ250/350誕生 ヤマハは1950年代の創業以来、2ストローク専業メーカーとして名を馳せていたが、1970年代に入ると4ストローク車の台頭や世界的な排出ガス規制の波に直面し[…]
原付二種の身軽さに、高速道路という自由をプラス 毎日の通勤や街乗りで大活躍する125ccクラス。しかし、休日のツーリングで「自動車専用道路」の看板に道を阻まれ、遠回りを強いられた経験を持つ人は多いはず[…]
最新の投稿記事(全体)
注目は「GP-6S」と「SK-6」の後継機! 今回発表されるのは、長らくサーキットの定番として君臨してきた名機の後継モデルだ。 GPV-R RO 8859:ツーリングカーレースの定番「GP-6S」の後[…]
ホンダの“R”だ! 可変バルブだ‼ 1980年代に入ると、市販車400ccをベースにしたTT-F3やSS400といった敷居の低いプロダクションレースの人気が高まってきた。ベース車として空冷直4のCBX[…]
「名機」がもたらす、心地よい高揚感と安心感 長年、日本のツーリングライダーを虜にしてきたスズキの645cc・90度Vツインエンジン。SV650やVストローム650の生産終了により、その系譜は途絶えたか[…]
世界を熱狂させた「キング」の象徴 インターカラー(スピードブロック)の歴史を語るうえで、絶対に外せないのが「キング」ことケニー・ロバーツの存在である。1978年から1980年にかけて、ロードレース世界[…]
原付二種の手軽さと、高速道路を走れる自由を両立 近年、125ccクラスの手軽なバイクが大流行している。軽い車体で街中をスイスイ走れるのは魅力的だが、唯一の弱点が「高速道路に乗れない」ことだ。ツーリング[…]





























