ブリヂストンがMotoGP(ロードレース世界選手権)でタイヤサプライヤーだった時代に総責任者を務め、2019年7月にブリヂストンを定年退職された山田宏さんが、その当時を振り返ります。2013年のMotoGP最高峰クラスは、ルーキーのマルク・マルケス選手が第2戦で早くも初優勝。MotoGPの最年少優勝記録を塗り替え、チャンピオン候補にも名乗りを上げました。
TEXT: Toru TAMIYA PHOTO: HONDA, YAMAHA
オースティンは左コーナーが多いのに……
2013年は、この年にMotoGPクラスにステップアップしてきたホンダワークスチームのマルク・マルケス選手が、絶対王者でこの年からヤマハワークスチームに戻ってきたバレンティーノ・ロッシ選手とバトルを繰り広げ、3位表彰台に立つという幕開け。そしてそのマルケス選手は、MotoGPクラスデビュー2戦目にして早くも勝利を収める、ファンや関係者の予想よりもさらに上を行く大活躍を見せます。
この年の第2戦はアメリカズGPで、会場はこのときがMotoGP初開催となった米国テキサス州オースティンのサーキット・オブ・ジ・アメリカズ。元々はクルマのF1レース誘致を目的に建設された施設です。ブリヂストンとしては、シーズン開幕前の2月にアメリカのワールドカードライダーと1日だけテストを実施。このときは前日に雨が降ってしまい、朝はウェットコンディションで午後からドライという状況で、ラップタイムも10秒ほど遅いペースだったのですが、それでもコースの特性が分かったので、レースで使用するコンパウンドの準備をするためのデータ取得にはなりました。さらに、3月に実施されたホンダとヤマハのプライベートテストで、レース用として決めたタイヤの確認もできました。
その結果、オースティンでは右側をカタめとした左右非対称コンパウンドを使うことに。面白いのは、オースティンのコースは反時計回りで、コーナー数も左が11個で右が9個と左側のほうが多いのに、右側のほうがカタいという点です。数は少ないのですが、右コーナーは高速または回り込んだレイアウトが多く、そのため温度が上がりやすいのです。コーナーの数が少ないほうをカタめにするという選択は、このときが初でした。
ベテランのようなレース展開を魅せたマルケス選手
私自身は、レースウィークに初めて訪ねたのですが、オースティンはとにかくいろいろと驚かされるサーキットでした。施設は東京ドーム87個分という超広大な土地に建設されていて、コースはアップダウンがかなり激しくてダイナミック。1コーナーの手前なんてかなりの上りで、なんだか壁に向かっているような感じです。バックストレートは1400mと長いのですが、それ以外はコーナーが連続しているセクションばかりなので、ライダーにとっては体力的にキツいレイアウト。2013年のレース後、ホンダワークスチームのダニ・ペドロサ選手は、「ライダーは休むところがない。ラスト3周は腕があがってしまった」と話していました。パッシングポイントが多く、見ているほうとしてはおもしろいコースなのですが、アップダウンとカントの変化も微妙でライダーには難しいコースという印象です。
そんなオースティンのサーキットで、マルケス選手は初日にトップタイムを連発。じつは3月のテストでも、マルケス選手がトップタイムだったのですが、レースウィークに入ってもその好調さが保たれていました。FP3はペドロサ選手がトップタイムでしたが、それ以外の公式練習と予選ではすべてマルケス選手がトップタイム。そして決勝レースでは、スタートで先頭に立ったペドロサ選手をマルケス選手が追い、レース中盤まで様子を見てから逆転して、その後はうまくペドロサ選手を抑えるという、走りはアグレッシブなのにベテランのようなレース展開で優勝しました。このレースでマルケス選手は、予選ポールポジションと決勝優勝というふたつの最年少記録を更新。振り返ってみると、マルケス選手のためのレースといった感じでした。
金曜日の練習走行で鎖骨を骨折、その夜に手術を受けたロレンソ選手
そしてこの年、マルケス選手はルーキーとしては会心のレースを続けます。第3戦スペインGPで2位、第4戦フランスGPでは3位。第5戦イタリアGPは2番手走行中に転倒してリタイヤに終わりましたが、第6戦カタルニアGPでは再び3位で表彰台に立ちました。この勢いに対抗するのはペドロサ選手と、前年の覇者でヤマハワークスチームから参戦していたホルヘ・ロレンソ選手。マルケス選手がイタリアGPでノーポイントに終わったこともあり、カタルニア終了時点ではペドロサ選手が123点でランキングトップに立ち、ロレンソ選手が116点、マルケス選手が93点という状況でした。
続く第7戦ダッチTT(オランダ)は、この年のとくに印象深かったレースのひとつ。雨が降ったり止んだりと天候に翻弄され、ウェットだった初日の練習走行でロレンソ選手が鎖骨を折るアクシデントに見舞われました。驚かされたのはその翌日。転倒した木曜日(※ダッチTTは木曜日からスタートして土曜日決勝が恒例)にすぐバルセロナに飛び、手術を受けたロレンソ選手は、決勝に出場すべく翌金曜日の夕方にはサーキットに戻ってきていました。そのときは、チームすらも「ドクターストップがかかるだろう……」という見解で、本人以外に決勝を走れると思っていた人は皆無。それでも結局、朝のウォームアップを走るというので、大勢のプレスをかき分けてピットに様子を見に行くと……。ドクターコスタ(移動診療所のクリニカ・モバイルを運営してきたクラウディオ・コスタ医師)もピット内にいて、決勝の出場可否を判断することにしていました。そしてロレンソ選手は、走行前に痛そうな顔をしていたのですうが、私が「様子はどう?」と話しかけると、笑顔になりこう返してきたのです。「やあ、元気かい?」
多分、レザースーツを着るだけでもかなり痛かったと思うのですが、これにはすっかり拍子抜けさせられました。ウォームアップ終了後にピットまで戻ってきたときも、マシンから降りるのも痛そうで苦労していて、その姿を見て私は涙が出そうになりました。そしてロレンソ選手は決勝にも出場。レース後半は遅れたとはいえ、5位に入賞したのです。ちなみにこのダッチTTでは、マルケス選手も2日目に大転倒。指を骨折してプロテクターでカバーをしていましたが、決勝では2位に入りました。それにしても、鎖骨の手術から48時間以内にMotoGPに出場して決勝で5位を獲得するという、カラダのタフネスさ以上にロレンソ選手の精神的な強さに驚かされました。だからこそ彼は、250ccクラスで2年連続、MotoGPクラスでは3度のチャンピオンに輝いたのだと思います。
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