ブリヂストンがMotoGP(ロードレース世界選手権)でタイヤサプライヤーだった時代に総責任者を務め、2019年7月にブリヂストンを定年退職された山田宏さんが、そのタイヤ開発やレースの舞台裏を振り返ります。ブリヂストンのワンメイクとなった2009年のMotoGPは、すべてのライダーにタイヤが公平に行き渡るよう、新たなシステムも導入しました。
TEXT: Toru TAMIYA PHOTO: Redbull
不正を避けるための供給システムを構築
2009年のMotoGPは、使用するタイヤが我々ブリヂストンのワンメイクになったことで、タイヤのアロケーション(=割り当て、配給)も前年までとは大きくシステムが変わりました。それまでも、1大会で各ライダーが使用できるタイヤ本数には制限があったので、それを遵守するためのコントロールは導入されていましたが、ワンメイクとなったことで、タイヤの使用本数制限を守ることはもちろん、各ライダーの公平性がより保たれなければなりません。そのため、FIM(国際モーターサイクリズム連盟)と協力しながらシステムを構築し、開幕戦のカタールGPで初めて実戦の運用を開始しました。
具体的には、FIMのメンバーと現地で雇ったオフィシャルスタッフが、ブリヂストンのトラックまたはコンテナを訪ねてきて、用意された2スペックのタイヤすべてに対して、ランダムにゼッケンナンバーのステッカーを貼っていきます。その後、貼られたタイヤにあるバーコードを読み取り登録することで、どの選手がどのタイヤを使うかを事前に決めておくのです。
すべて同じタイヤなのにわざわざこのような登録をするのは、不正を避けるため。タイヤは、スペックが違っても同じように黒くて丸い物体で、スリックタイヤは溝すらありません。タイヤメーカーが、例えばバレンティーノ・ロッシ選手だけにスペシャルなタイヤを供給したとしても、見ただけでそれにすぐ気づくのは不可能です。しかし、供給直前に使用するタイヤが第三者の手でランダムに割り当てられるとなったら、不正のしようがありません。以前に他のレースで、タイヤメーカーによるアロケーションが疑わしいという話もあったので、我々は一切タッチしないことにしました。また、このアロケーションされたタイヤだけを使用しているかは、各走行時にオフィシャルがバーコードリーダーをタイヤに当ててチェックします。ですからチームメイトのタイヤを借りることもできないのです。ちなみに、バーコードステッカーは、FIMから供給されたものを製造段階でタイヤに貼ることになっていましたが、うまく付くよう検討するのにかなり時間がかかりました。
実は製品誤差をなくすのに高度な技術が必要な工業製品
また、これも公平性と関係する話ですが、タイヤは工業製品のひとつですから、完全に同一スペックだったとしてもわずかな製品誤差があるもの。また、本当に高精度な「真円」や周上で均一な剛性に製造することは難しい製品でもあるのです。しかし少なくともMotoGP用タイヤに関しては、ワンメイクになってから製品誤差をなくして精度を高める技術が大幅に向上しました。
というのも、ワンメイクになってからは1大会で供給されるタイヤが2スペックに限定されたから。それまでは、プラクティスの間に試せるタイヤのスペックが多かったので、間に何種類か履いていることが多く、同じスペックのタイヤを2回目に使ったときに1回目との差がわからないことが多かったんだと思います。ところが2スペックになると、AかBのどちらかという状態でプラクティスが進んでいくので、「これ、さっき履いたときとフィーリングが違う」と、ライダーが気づきやすくなります。とくにワンメイク時代の初期には、そういう指摘が稀にありました。もちろんメーカーとして、これを「製品誤差」としてスルーしてよいわけはありません。
タイヤは外見では複雑な形状をしていないので、昔からガチャコンと機械で製造されているイメージを持たれていますが、多くの製造現場では、プライやベルトやトレッドを人の手で貼ってきました。これはMotoGPタイヤに限ったことではありません。随分古くから全自動成形機というものは開発されていて、クルマの世界に導入されたり海外工場ではその機械だけで成形されたりしていましたが、ドラムの上で完全手作業または半機械化により製造されることが多かったんです。そのため、ベルトの引っ張り具合によって剛性は変わってしまいます。量産タイヤの多くは、トレッドが1枚のタイヤ周長分になったものを貼っていくのですが、ゴムなので夏場は伸びやすくて最後に余るとか、冬は最後が足りなくてちょっと引っ張る……なんてことになると、製品誤差につながります。
そこで、少なくともMotoGPタイヤに関しては、新たな製法を開発し、工場にも協力してもらいながら、性能の均一化に向けて改善を図りました。ワンメイク当初でも製品誤差に関するコメントはそれほど多いわけではなかったのですが、後にはほとんど聞くことがなくなりました。これは、ワンメイク化によって向上した技術のひとつです。まあ、とはいっても少なくともあの時代、タイヤの製造に関してはメーカーの我々にも解析できない謎めいた部分が多く残されていました。例えば、同じ材料を別の工場に運んで製造したのに、工場ごとに微妙だけど性能が違う……とか。タイヤは、材料を何層にも重ねながら製造するので、完全に機械で生産されたとしても、材料による性能差も生まれやすくなります。その点が、金属製品とは大きく異なるのです。
F1で実績のあるマーカーを使用
さて、話を2009年のMotoGPに戻しましょう。この年、各大会におけるブリヂストン側の作業として以前と大きく変わったもうひとつのことは、各ライダーが決勝で使用しているタイヤのコンパウンドを、TV中継用に公表するというものでした。これは、MotoGPを運営するドルナスポーツに依頼された案件ですが、少しでもタイヤが話題になるようなことに取り組んでいかないとワンメイクという環境下ではPRにならないという思いは、我々にもありました。スタート直前まで悩むライダーもいるので、私か若いスタッフのどちらかが、グリッド上で各ライダーのタイヤをチェック。それを一覧表にして、ドルナに提出していました。
さらに第4戦フランスGPからは、どのタイヤを履いているか一目瞭然で分かるよう、ソフト側のタイヤにはサイドに白いラインを入れることになりました。この年、基本的にフロントはソフト、ミディアム、ハード、エキストラハードの4種類、リヤはエクストラソフトを加えた5種類を用意し、このうち前後とも2スペックのみ会場に持ち込むことになっていましたが、そのうちのソフト側という意味です。つまり、ハードとエキストラハードを持ち込んだ場合には、ハードがソフト側という扱いで白ラインになります。
製造工程でこの白いラインを入れてしまうと、そのタイヤがソフト側になったときにしか使えなくなってしまうので、各現場でマーカーを使ってフリーハンドで、スタッフ総出によりこの作業をやっていました。ホイールリムに蛍光テープを貼るなどの方法も試しましたが、マーカーがベストということになり、マーカーも何種類かテストして、F1で実績があるメーカーの製品に決定。現場でラインを入れることで、なるべく在庫ロスが発生しないように……ということも考えながら、新しいことを取り入れていました。
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