
●まとめ: モーサイ編集部(上野茂岐) ●写真: 八重洲出版『モーターサイクリスト』
モリワキZ1は第1回鈴鹿8耐に2台出場していた
例年7月に開催され、バイクファンからは「夏の風物詩」と言われてきた鈴鹿8時間耐久レース。
2020年は新型コロナウイルス拡大の影響で中止、今年2021年も残念ながら中止となってしまった。
そんな鈴鹿8耐だが、第1回が開催されたのは1978年のこと。
当初、優勝候補と目されていたのはヨーロッパで無敵を誇ったホンダの耐久レーサーRCB勢。しかし不運にも全車がリタイアし、最終的に優勝したのはヨシムラGS1000──というエピソードは多くの人の知るところであろう。
そのヨシムラGS1000とトップ争いを繰り広げたのが、ヨシムラ同様、日本のバイクチューニング史に名を刻むモリワキのZ1だ。
そんなモリワキZ1・ゼッケン3番車の貴重な姿を、モーターサイクリスト誌が鈴鹿8耐終了後の1978年10月に改めて取材・撮影していた。
以下はその記録に基づいたレポートである(撮影車両は本選時と異なったゼッケン番号、タンク、マフラーエンドが装着されている)。
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