1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第65回は、モトGPの若手の躍進と、今後開催したいイベントについて。
後続からのプレッシャーに負けないバニャイア
モトGP第13戦アラゴンGP、そして第14戦サンマリノGPは、ドゥカティのフランチェスコ・バニャイアが2連勝を挙げましたね。バニャイアは、’19年にモトGPにステップアップし、今年、ドゥカティ・ファクトリー入りした24歳のイタリア人です。アラゴンGPではクラス初優勝、そして続けての優勝でポイントを稼ぎ、チャンピオン争いでも2位に浮上しました。
アラゴンGPは、アラゴン・モーターランドを得意とするマルク・マルケスとの一騎打ちになりましたね。ポールポジションからスタートし、トップを快走し続けていたバニャイアに、マルケスが迫ります。残り3周のバトルは見応えたっぷりでエキサイティングでしたが、内容をじっくり見てみると、初優勝が懸かっていたとは思えないほどのバニャイアの冷静さが光ります。
バニャイアは安定して速く、マルケスに付けいるスキを与えません。どうにかインに飛び込めそうなコーナーを見つけたマルケスですが、そのコーナーでもバニャイアはギリギリのハードブレーキング! 一瞬マルケスが前に出ますが、バニャイアはクロスラインで抜き返せることが分かっているので、まったく落ち着いて対処していましたね。かなりの自信があったのだと思います。
サンマリノGPでは、再びバニャイアがポールポジションから飛び出してトップを独走。ひたひたと追い上げてきたのは、今シーズンもっとも速さと強さを見せつけているファビオ・クアルタラロでした。マルケスとのような直接の抜き差しはありませんでしたが、緊張感のある競り合いが続きます。速いペースでバニャイアにプレッシャーをかけるクアルタラロ。すぐ背後まで接近しますが、やはり落ち着きを失うことなく、バニャイアが逃げ切って連勝しました。
もともとバニャイアは強いメンタルの持ち主です。モト2でタイトルを獲得した時も、後続からのプレッシャーに負けないシーンがたびたび見られました。モトGPにステップアップしてからは負傷に泣いたこともあり、なかなか自分の走りを取り戻せずにいましたが、ここへきてようやく開花しましたね。淡々とコンスタントに走れるのが彼の強み。フリー走行から決勝を見据えたセットアップをこなしているからこその勝負強さで、今後が楽しみなライダーのひとりですね。
そしてクアルタラロも、「勝たないこと」で成長を見せました。バニャイアに徐々に迫り、ライダーの気持ちとしては絶対に抜いて勝ちたかったはずです。でも決して無理はせず、2位で20ポイントを獲得することを選びました。ファン心理として、アタックが見たい気持ちは分かりますが、チャンピオンを獲るためにはこういう「抑えのレース」をできることが非常に大事。クアルタラロは去年の失敗から多くを学んだようです。
残り4レースというところでバニャイアの2連勝を許してしまいましたが、ポイント差は48点あります。あとのレースをバニャイアが全勝したとしても、クアルタラロはバニャイアに近い順位でフィニッシュすれば、ほぼタイトルを獲れるでしょう。必ずしも前でなくてもいいわけですから、ここからは「勝ちたい自分」との勝負になってきますね。もちろん、何が起こるかも分かりませんから、残り4戦は目が離せません。
そのクアルタラロを擁するヤマハですが、今、激動していますね。ファクトリーチームからマーベリック・ビニャーレスが離脱してアプリリアに移籍。そのシートにサテライトチームから来たフランコ・モルビデリが座りました。そして空いたサテライトチームは、アンドレア・ドヴィツィオーゾと契約。現時点では42歳のバレンティーノ・ロッシと35歳のドヴィツィオーゾというベテランコンビになりました。
正直、ちょっと意外というか、チームの戦略がよく分からない部分があります。同じメーカーにファクトリーチームとサテライトチームがある場合、ファクトリーチームにチャンピオンを狙えるベテランライダーを据え、サテライトチームは若手育成に充てるのが一般的です。僕がサテライトチームを運営していたら、やはり若いライダーの可能性に懸けてみたいと思うだろうな、と。
未来への投資、でも根っこは純粋でシンプルなものでいい
サンマリノGPでは、23歳のエネア・バスティアニーニが3位表彰台を獲得しましたよね。彼は去年のモト2チャンピオンですが、今年、モトGPにステップアップしてからはさすがに苦戦が続いていました。でも、ふとしたきっかけでポーンと一気に伸びる可能性を秘めているのが若いライダーの面白さなんです。もちろんベテランにはベテランの良さがあります。ドヴィツィオーゾがこれからどんな走りを見せるのか、楽しみですよね。でも、若いライダーを育てて行くことは、未来への投資なんです。
実際、ここのところ若いライダーが台頭してきています。KTMは以前よりモト3から若手育成に力を入れていますよね。それが今、ブラッド・ビンダー、ミゲール・オリベイラといった、モトGPでも活躍できるライダーに育っています。また、一時期はスペイン人ライダーばかりが目立っていましたが、ロッシのVR46アカデミーも功を奏したのでしょう、バニャイア、モルビデリ、バスティアニーニらイタリア人ライダーが一大勢力を築きつつあります。
これは僕個人の意見ですが、もっとも大事なのは若手に走る機会をたくさん与えることだと思います。若いライダーに必要なのは、何かを教える・教わることより、とにかくたくさん走ること。そして同じぐらいの年齢、スキルのライダーの子たちの間でバチバチに競い合わせ、ライバル心を養うことでしょう。
レースという競争の根っこは、「育成プログラム」なんて難しいものではなく、もっと純粋でシンプルなものなんです。VR46アカデミーがうまく行っているのは、ロッシにはすでにたっぷりと資金があって、儲けを考えなくていいから。そしてロッシ自身が生粋のライダーであり、今もバイクで走ることが大好きで、そのことがすべての始まりだとよく知っているからでしょう。
人生の時間は限られている、だから移動時間もバイクを楽しみたい
ところで僕は今、日本に来ています。2週間の隔離期間を終えたと同時に、岡山へ。意外にも初めての岡山国際サーキットで、カスノモーターサイクルさんのライディングレッスンとして「31ティーチング」を行ってきました。フォームチェックや先導走行、タンデムランなどをやらせていただいたんですが、僕も初めてのコースなのでとても新鮮! 楽しませてもらっちゃいました。スクールイベントなので全開にできなかったのが残念ですが……(笑)。
そのまま大阪に泊まり、翌日からマジカルレーシングの蛭田さん、Kファクトリーの桑原さんとケンさん、そして水沼さんと僕という5人で和歌山方面へ1泊ツーリングに出かけました。めざしたのは、由良町という山と海が楽しめる土地。ワインディングを駆け、到着した日の夕方と翌朝は宿の前の港で釣りです(笑)。釣果はそれなりでしたが、今回はバイク+αの遊びを組み合わせたツーリングのテストケース。試行としてはうまく行ったと思います。
人生の時間は限られていますから、遊びにあてる時間も有効に使いたい。だから移動時間をバイクで楽しみ、着いた先で(僕の場合は)釣りやゴルフを楽しむ、というダブルツーリングを提案していきたいんです。こういう「お試し」を何度か繰り返していきながら、いつかは皆さんと一緒に楽しむイベントを作り上げられたらいいな、と思っています。
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