ネオクラシックが世界的に流行し、ひとつのジャンルとして大きな勢力を築いている。ヤマハ的にはそれをスポーツヘリテージと呼ぶが、他とはひと味違う風格を放っているのが「SR400」だ。なにせ43年前の送り出され、そこからほとんど姿を変えていないリアルクラシックとして君臨。果たしてその魅力はどこにあるのか?
●文:伊丹孝裕 ●写真:真弓悟史 ●取材協力:ヤマハ発動機
ピンクレディーの時代から変わらない
ヤマハSR400は、1978年3月に発売された。今から43年前のことである。スーパーカーやピンクレディーが大きなブームを巻き起こしていた一方で、沖縄の道路がアメリカンスタイルから左側通行に戻された年でもある。まだ戦後をひきずっていた時代と言ってもよく、振り返ればずいぶん昔のことだ。
昔のことではあるが、SRは1978年型も2021年型も本質的には変わらない。空冷4ストローク単気筒エンジンを搭載し、その排気量が399ccであることも、ボアストロークが87mm×67.2mmに設定されているところも同じだ。大きな変更点としては、フロントのホイール径が19インチから18インチになり(1985年)、燃料供給方式がキャブレターからインジェクション(2009年)になったことが挙げられる。
移り変わる時代の中、31万円だった初代の価格は最終的に60万5000円(リミテッドは74万8000円)になったものの、当時の大卒初任給の平均が10万5000円程度だったことを思えば適正か、むしろ割安と言っていい。
そんなSRは、発売当時からオーソドックスというか、控えめというか、地味な存在だった。メイン市場が北米や欧州向けだったSR500は「ビッグシングルの再来」と謳われ、しばしば1950年代のBSAやノートンが引き合いに出されたが、絶対性能よりもコストパフォーマンスに優れたスタンダードモデルとして定着。日本におけるSR400もそれは同様で、よき素材で在り続けたがために、驚異的なロングセラーを記録することになった。世の中の流れやユーザーの顔色をうかがい、どこかでブレていれば、とっくに消えていたに違いない。
とはいえ、決して順風満帆だったわけでもなく、幾度となくカタログ落ちの危機に直面している。それでもなお、わずかな生産休止期間を除いて存続してきた稀有なモデルながら、2021年モデルをもって、いよいよその歴史に幕が降ろされることになった。
名前を残すことと引き換えにカタチがいびつになったり、エンジンから“らしさ”が削がれたりするよりはよかったと思う。人気の連載漫画が無理な延命なく最終回を迎えられたのにも似ていて、心から「ありがとう」と言いたい。そんな感謝の思いは、「SR400ファイナルエディション」に触れて、より一層強くなるばかりだった。
用意されたのは、ダークグレーメタリックNと呼ばれる車体色のSR400だ。燃料タンクは濃淡それぞれのグレーで塗り分けられ、その下部には「Final Edition」の文字が控えめに記されている。
エンジンの始動はSRとしてはお馴染みの、しかし他のモデルではほとんど見られなくなったキック式だ。デコンプを備えていることと、インジェクション化されたことによって格段に容易になっているとはいえ、これを苦手とする人は多い。
かつてのオーナーとしてひとつアドバイスすると、キックペダルを「踏み下ろす」のではなく、「前へ蹴り出す」というイメージで行うと成功の確率はかなり高まる。単に踏み抜くだけではクランキングが少し足りない。真下ではなく、そこから斜め前へもうひと踏み。
そうやって一発でエンジンが掛かった時の高揚感は、何度体験しても心が弾む。晴れた日に富士山が見えると、いくつになっても得したような気分になるものだが、あの感覚ととても似ている。我々日本人にとって、琴線のようなものかもしれない。
癒しの単気筒は、マニアックなスポーツ性も隠し持つ
アイドリング音は「スタタタタ……」とメカノイズ混じりのくぐもった低音を奏で、音量は抑えられている。軽くブリッピングするとマフラーが小刻みに揺られ、フロントフォークもわずかに首を振って連動。ビッグシングルという語感から連想されるほどトゲトゲしくはないが、単気筒であることを明確に主張してくる。
キックが敬遠されるのは、エンストのリスクを拭えないからだ。その気持ちは確かによく分かる。発進の時ならまだしも、交差点を曲がっている途中にうっかり止まってしまうとちょっとしたパニックだ。下手をすれば後ろから追突されるリスクもある。
残念ながらこれを防ぐ決定的な技術はなく、慣れるしかない。ただし、必要以上の遠慮は無用だ。充分なトルクを逃がさないよう、クラッチはスパッとつないだ方がスムーズに、そして力強く車体を押し出してくれる。
車速が上がってからも単気筒ならではの走らせ方がある。エンジンの性質上、トルクそのものは強くとも、トルクバンドはあまり広くない。おいしい回転域は狭く、4気筒のように高回転まで引っ張っていては振動を誘発するだけだ。
SRの場合、2500rpm~3500rpmに心地いい領域がある。その気になれば7000rpm超に到達するものの、せいぜい4000rpmも回せば充分だ。トルクカーブの盛り上がりを意識し、早め早めにシフトアップすることでトラクションと旋回力がグイグイと増していく。
その意味で、単気筒とは結構マニアックなエンジン形式である。基本的に気筒数が増えれば増えるほど、使える回転域や選べるギヤが寛容になるのに対し、単気筒のそれはシビアだ。絶対的なエンジンスペックは限られているが、だからこそちょっと失敗するとレスポンスが悪化してギクシャクしたり、回転が頭打ちになって失速。トルクを意のままに掴むにはピンポイントな操作が要求され、そこに単気筒乗りならではの手練れ感がある。
もっとも、これはSRを生粋のライトウェイトスポーツだと捉えている僕自身(筆者:伊丹孝裕)の見解であり、一般的には平穏で牧歌的な時間をもたらしてくれる癒しのバイクと捉えられているに違いない。もちろん、その認識も正しい。
既述のようにスペックをフル活用しようとせず、一定の回転数を維持しながら街を駆け抜け、ワインディングを流した時にはまた別の快楽がある。特に好ましいのは、3500rpmあたりのフィーリングで、5速ならスピードメーターの針は80km/hといったところ。その近辺でスロットルをわずかに開閉しながら高速道路を流した時の鼓動感は本当にすばらしい。
エンジンが発するその鼓動に、マフラーから聞こえてくるサウンドと身体にあたる風とがマッチ。バイクと一体になり、空気に包み込まれているような気分が味わえるのだ。100km/hだと回転数は4500rpmまで上昇する。ここまでくると鼓動が振動の域に差し掛かり、風圧も増加。無意識の内に回転数を元に戻している自分に気づく。
200psを超えるスーパースポーツが珍しくなく、おもてなしの限りを尽くすアドベンチャーモデルが揃っている今、80km/hの速度域のことなど、あまり関心が持たれないかもしれない。しかしながら、この国の道路環境と法定速度を踏まえると、この領域が気持ちいいかどうかは重要だ。SRは非日常的な高速巡行性能を持たない代わりに、日常に寄り添ってくれる優しさが詰まっている。
また、なんの攻撃性もないたたずまいがいい。周囲の人を威圧することなく、狭い路地に入り込んでも手足のように扱え、街中にあっても自然の中にあっても悪目立ちすることがない。日本の風景と環境にピタリとマッチしているからこそ、SRは長きに渡って愛されたのだと思う。
SRは決して急かされることなく、穏やかな気持ちで旅を楽しみ、人との触れあいを促してくれる最良のコミュニケーションツールだ。その一方で、持てるポテンシャルの限界を探りたくなるスポーツギアにもなり得る。華奢なスタイルに込められた、この懐の深さがSRの魅力であり、短期間の付き合いでやすやすと底が知れるようなものではない。
だからこそ、SRに魅入られたライダーは長く手元に置き、一度離れてしまってもまた戻ってくる。おそらくこのファイナルエディションも例外ではない。20年経ち、30年が過ぎても日本のあらゆる場所で目にすることができるはずだ。生産終了は心の底から残念なことではあるが、この世から消えてしまうことなど、きっとない。そう思える、誇るべき日本の良心である。
YAMAHA SR400 Final Edition[2021 model]
【YAMAHA SR400 Final Edition[2021 model]】主要諸元■全長2085 全幅750 全高1100 軸距1410 シート高790(各mm) 車重175kg(装備)■空冷4ストローク単気筒SOHC2バルブ 399cc 24ps/6500rpm 2.9kg-m/3000rpm 変速機5段リターン 燃料タンク容量12L■タイヤサイズF=90/100-18 R=110/90-18 ●価格:60万5000円(1000台限定のリミテッドは74万8000円) ●色:ダークグレー、ブルー ●発売中
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