今も絶大な人気を誇る‘80年代の名車たち。個性の塊であるその走りを末永く楽しんでいくには何に注意し、どんな整備を行えばよいのだろうか? その1台を知り尽くす専門家より奥義を授かる本連載、今回はヤマハが放った異端のモデルにして世界中で熱烈な支持を獲得した「VMAX」を取り上げる。
●文:中村友彦 ●写真:富樫秀明/YM ARCHIVES ●取材協力:ライトアーム
VMAXとは?:異端のモデルでありながら世界中で熱烈な支持を獲得
’85年に登場した初代VMAXは、いろいろな意味で異端のモデルだった。まず発案者のUSヤマハが本社に要求したのは、世界一のゼロヨン加速と、ホットロッドカー/スーパーマン/カウボーイ/フットボール選手などを思わせる”ブルート&マッチョ”なルックスで、当時のビッグバイクの命題だった、最高速やサーキットのラップタイムやツーリングでの快適性などは度外視である。こんな豪快なコンセプトが具現化できたのは、日本車がイケイケ状態だった’80年代ならではだろう。
もちろん、Vブーストの採用によって実現した145psのパワーも、当時としては異端である。同時代の日本の4メーカーの最大馬力車は、ホンダVF1000R:122ps、ヤマハFJ1100:125ps、スズキGSX1150E/EF:124ps、カワサキGPZ1100:120psで、それらより排気量が大きかったとはいえ、VMAXのパワーは群を抜いていたのだ。
いずれにしてもVMAXは既存の2輪の範疇には収まらないキャラクターであり、このモデルをステータスシンボルという意識で開発したヤマハは、当初は出荷台数を控えめに設定していた。とはいえ、主要市場の北米のみならず日欧でも大人気を獲得したVMAXは、結果的に基本設計を大きく変えることなく’07年まで販売が続くロングセラー車になったのである。
そして生産終了から十数年が経過した現在、中古車市場におけるVMAXの人気がどうなっているかと言うと…。タマ数が豊富だからだろうか、あるいは全面新設計の2代目が’08年に登場したからか、意外なほど高騰していない。しかも補修部品のほとんどが入手でき中古パーツの流通量が豊富という事実を考えると、何となく「お買い得?」という言葉が浮かんでくる。「本来の調子を取り戻す整備費用を考えると、お買い得は言い過ぎかもしれませんが、確かにVMAXの中古車価格は現役時代からほとんど変わっていませんね(笑)。 同じ時代に生まれて同じような長寿車になったカタナやGPZ900Rなどを含めて、’80年代生まれのビッグバイクの中では入手と維持は容易なほうだと思います」
そう語るのは、今回の取材に協力してくれたライトアームの矢田氏。ただし、純正部品の価格は年を経るごとに向上しているし、その一方で中古車全体のコンディションは着実に悪くなっているようだから、これからVMAXの購入を考えている人はあまり悠長に構えているべきではないだろう。
VMAXの歴史/その進化:フロントまわりの構成が異なる前期型と後期型
初代VMAXは、仕向け地に応じてさまざまな仕様が存在し、細部の改良も頻繁に行われたが、大雑把には前期型:’85〜’92年と後期型:’93〜’07年の2種。前期型の序盤では、ホイールが初代1FK:前後キャスト→1UT:リアのみディッシュタイプ→2WE:前後ディッシュに変更された。
後期型は、フォークをφ41→43mmに、フロントブレーキをφ282mmディスク+対向式2ピストン→φ298mmディスク+対向式4ピストンに刷新。なお後期型の最高出力は145→140psになったが、この変更は測定方法の違いで、実質的なパワーは不変だった。
全面新設計となった2代目の輸出仕様は、初代を大幅に上回る200psを発揮。日欧での販売はすでに終了したが、USヤマハのサイトには現在も’20年型が掲載されている。
中古車相場は30〜90万円:100万円オーバーの個体はごくわずか
’86〜’04年型にはヨーロッパ仕様も存在するが、現在の国内で流通しているVMAXは’85〜’07年のアメリカ/カナダ仕様か、’90〜’00年に販売された日本仕様。この種のロングセラー車は、最終型の価格が高騰することが多いが、VMAXの場合は’06〜’07年型で最高出力が135psに下がったためか(アメリカ仕様は’03年から135ps。なお日本仕様は97ps)、そういった傾向ではないようだ。
ウィークポイント解説:一般的な消耗部品の交換で本来の資質が取り戻せる
VMAXの新規ユーザーを対象として、ライトアームでは67項目の点検とキャブレターの調整&同調、車体各部の締め付けトルク確認を行う「コンディションレベルチェックパック」というメニューを設定している。そしてこの点検作業の次は、車両のコンディションに応じてさまざまな整備を行うのだが、定番と言うべきオイル/フルードの全交換やフロントフォークのオーバーホール、水まわりの見直しなどに加えて、同店では電装系とラバーパーツを刷新することが多いそうだ。
「弱点というレベルではありませんが、バッテリーの容量不足やイグニッションコイルの割れ、水が溜まりやすいプラグホール、’90年代半ばから対策品に変更されたレギュレーターなど、電装系にはいろいろと改善したいところがあります。ラバーパーツに関しては、各部のシールの劣化に加えて、ストッパーが存在しないバンドの締め過ぎで、Vブーストのジョイント部に亀裂が入っている個体が多いですね」
整備に関してちょっと意外な気がしたのは、同店ではエンジンをオーバーホールする機会がほとんどないということ。「どうしてもという場合は引き受けますが、ネットオークションにはヒトケタ万円台のVMAXの中古エンジンがたくさん出品されているんです。もちろん素性が不明の中古を使う場合は、各部の点検が必要になりますが、40〜50万円をかけてオーバーホールするより、載せ換えを選択したほうが、費用は確実に安く抑えられるでしょう」
キャブレーター:並列4気筒用と比べると、整備の難易度はやや高め
ジョイントラバー:バンドの締め過ぎでラバーが破損しやすい
トランスミッション:乱暴な操作をすると2速のドッグが磨耗
スタータークラッチ:電圧の低下が破損の原因になる
クラッチレリーズ:定期的なフルード交換でレリーズの劣化を防止
ファイナルギヤ:耐久性は抜群だが、使い方次第で問題が発生
プラグキャップ:対策品に交換すれば水分の侵入を防げる
サーモスイッチ:電動ファンの作動は純正の温度設定でOK
ウォーターパイプ:漏れが生じる前に一度は全交換したい
フレーム:独自の補強ユニットでヨレを解消
フロントフォーク:’80年代に流行したエア加圧式フォーク
ステアリングステム:勘合長の増大でネジレを最小限に
フロントブレーキ:フロントの定番はMOSキャリパー
タイヤ:前後セットで選べるのは2種類の純正のみ
電装部品:長い目で見れば必ず劣化する電装系
バッテリー:通常電圧がやや高いMF式を推奨
エンジン/ファイナルギヤオイル:上質なオイルでライフが伸びる
パーツ流通:現在でもほとんどの補修部品を入手することが可能
外装の大半やVブーストコントローラー、前期型用フォークの一部などが欠品になっているものの、初代VMAXの消耗部品は現在でもほとんどが入手可能。しかもネットオークションには膨大な数の中古パーツが出品されているので、維持で困ることはなさそうだ。
「ただ、現役時代を知っていると最近の純正部品の価格上昇には驚きますね。欠品の外装やVブーストコントローラーは現状では中古で何とかなっています」(矢田氏)
専門家インタビュー:いったん好調を取り戻せば、以後の感覚は現行車と同等
’80年代生まれの車両としては、相当なハイパワーにして異端のモデルだったにもかかわらず、致命的な弱点が存在しない初代VMAX。ただしライトアーム・矢田正夫氏によると、近年になって同店に入庫される中古車は、何らかの問題を抱えている車両がほとんどのようだ。
「最終型でも14年前ですから、ある程度の整備が必要になるのは当然のことでしょう。でも大前提の話をするなら、VMAXの耐久性はかなり高いと思いますよ。入手後の整備で好調を取り戻せば、以後は現行車と大差ない感覚で付き合えますから。エンジンに関しては、良質なオイルを定期的に交換していれば10万kmは余裕で持ちます」
もっとも、ネットでVMAXの弱点を検索すると、電装系に加えてエンジンの発熱量の多さやフレーム剛性の低さなどを固有の弱点と捉える人が存在する。
「発熱量をどう感じるかは使い方によりけりでしょう。私自身は、一般的なツーリングならノーマルで十分に対応できると思いますが、渋滞路を走ることが多い人の場合は、水冷式オイルクーラーや強制電動ファンスイッチを装着することがあります。VMAXオーナーの間でよく話題になる、大容量ラジエーターやカワサキ純正のサーモスイッチは、ウォーターポンプやバッテリーとのバランスを考えると、私の方から推奨することはないですね。
フレーム剛性については、’80年代のレベルで考えると万全とは言いがたいですが、高速域で車体がヨレる/真っ直ぐ走らないなどという車両を点検すると、前後タイヤとフォークのエア圧が適正値以下になっていたり、ステムベアリングにガタが生じていたりというケースが非常に多いです。だからウチが開発したフレーム補強ユニット/スタビライザー/ステムなどを使用するのは、完全整備後の乗り味を体感してからでいいと思いますよ」
現役時代ほどの過激さはなくなったようだが、VMAXユーザーはカスタム好きが多く、取材時のライトアームに入庫していた車両も、ほとんどが何らかの仕様変更が行われていた。
「カスタムの一番人気は、補修を兼ねて行うリヤショックの変更で、その次はブレーキの強化。エンジンはノーマルが主流ですが、Vブーストは好みの回転数で楽しんでいる人が少なくないですね。それ以外だと、点火系の強化を図るイグニッションリレーや、ヘッドライトの光量アップ、前後ホイールの軽量化などがウチでは定番になっています。いずれにしても現代のVMAXユーザーは、運動性能の向上というより、長く乗ることを前提にしてカスタムを楽しんでいると思います」
これからVMAXを購入しようと考えている人に、矢田氏はどんなアドバイスをするのだろうか?
「販売店で買うにしてもネットオークションで探すにしても、普通のライダーが中古車のコンディションを見極めるのはなかなか難しいはずです。だから購入時に注意するのは、売り主の人柄…ですかね。その人がどのくらいVMAXの知識を持っているのか、どんな整備をしてきたのかを聞いてみれば、車両のコンディションも自ずと理解できるんじゃないでしょうか」
もちろん、そのあたりに気を遣って購入しても、ハズレを引く可能性はあるだろう。事実、ライトアームには重整備が必要なVMAXが持ち込まれることも多いのだが、耐久性の高さや補修部品の状況を考えると、このバイクを楽しむためのハードルは、’80年代生まれのビッグバイクの中では、かなり低いほうではないかと思う。
VMAXおすすめモデル:年式や仕向け地よりコンディションを重視
VMAXを購入するとなったら、誰でもフルパワー仕様が欲しくなるものだろう。しかしながら矢田氏は、仕向け地や最高出力に極端にこだわる必要ない、と考えているようだ。「今の時代にVMAXを買うなら、馬力よりコンディションを重視したほうがいいと思いますよ。もちろん、年式が新しくて程度のいいフルパワー仕様が見つかればそれがベストですが、135psの’06/’07年型や97psの日本仕様でもフルパワー化は可能です。あえて私のオススメを挙げるなら、熟成が進んで精度が最も高かった’99/’00年型ですが、それも絶対というわけではありません」
なお実際にフルパワー化を行う際は、’06/’07年型はカムシャフト、日本仕様は吸排気系と点火系の見直しが必要になるとのこと。
メンテナンスコスト実例
- コンディションレベルチェックパック:3万6850円
- キャブレター脱着+分解/点検:5万5000円
- ステムベアリング交換:3万6850円
- フロントフォークオーバーホール:2万4750円(※以上、金額は税抜)
キャブレターの調整&同調と車体各部の締め付けトルク確認は行うものの、コンディションレベルチェックパックは今後の整備の指針を決定する作業で、受診したら即座に絶好調…というわけではない。表内に記したステムとフォークは、何らかの問題を抱えている個体が多いそうだ。
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