完全勝利が招いた大騒動の前兆

山田宏の[タイヤで語るバイクとレース]Vol.38「ロッシの怒り。その火種はあの瞬間に!?」

TEXT:Toru TAMIYA

ブリヂストンがMotoGP(ロードレース世界選手権)でタイヤサプライヤーだった時代に総責任者を務め、2019年7月にブリヂストンを定年退職された山田宏さんが、そのタイヤ開発やレースの裏舞台を振り返ります。2007年第3戦、ブリヂストンタイヤは決勝で6位までを独占。ところがそのレース内容が、あの絶対的王者を中心とした騒動の源流に……。

上位を席捲し始めたブリヂストン勢

2007年の開幕戦カタールGPは、この年からドゥカティワークスチームに加入したケーシー・ストーナー選手の勝利で幕を開け、ブリヂストンとしては前年に続いて開幕優勝を果たしたわけですが、それ以上に我々として収穫が大きかったのは、4位にスズキワークスチームのジョン・ホプキンス選手、5位にホンダサテライトチームのホンダ・グレシーニから参戦したマルコ・メランドリ選手、7位にスズキワークスのクリス・バーミューレン選手、9位にドゥカティサテライトチームのプラマック・ダンティンから出場したアレックス・バロス選手と、トップ10にブリヂストンユーザーが5名入ったことでした。

この時代、ブリヂストンはどのチームのどのライダーに対しても、彼らが望む理想のタイヤを全員に対して平等に供給しようと、各メーカーのマシン特性に合わせたタイヤづくりを続けていました。これは労力として非常に大変なことなのですが、異なるメーカーのライディングスタイルも違うライダーたちが同じように、タイヤのフィーリングが良好だったことを伝えてくれて、なおかつ優勝を含む好成績をマークしてくれたことで、我々は勢いづきました。

ところが第2戦スペインGPは、一転して苦戦を強いられることに……。前年は、ヘレスサーキットを舞台としたこのスペインGPが開幕戦で、ドゥカティワークスのロリス・カピロッシ選手が勝利を収めて、ブリヂストンにとって初のヨーロッパラウンド優勝を記録したのですが、2007年はミシュラン勢に表彰台を独占され、我々の最上位はホンダ・グレシーニから参戦したトニ・エリアス選手の4位。続いてストーナー選手が5位という結果でした。

とはいえエリアス選手は、予選8番手から決勝序盤は9番手を走行し、そこから追い上げて4位。トップからは約4.3秒離されてのフィニッシュでしたが、とくにタイヤの性能に問題があったわけではありませんでした。まあストーナー選手にしても、たしかに開幕戦では勝利を収めましたが、初めてのドゥカティでかつ800ccというシーズンで、ロサイルとはまったくキャラクターが異なるヘレスを走ったわけですから、これはしょうがなかったのかなとも思います。

競争の激化とタイヤ本数制限で……

そしてストーナー選手は、自身の実力をあらためて証明するかのように、第3戦トルコGPで再び優勝。しかも、2位にエリアス選手、3位にカピロッシ選手、4位にバロス選手、5位にメランドリ選手、6位にホプキンス選手と、ブリヂストン初の表彰台独占を果たし、6位まで独占という快挙を達成することになったのです。それまでトルコでの優勝経験はありませんでしたが、タイヤのグリップと耐久性ともにブリヂストンのほうが上回っていたことを、契約チームのライダーだけでなくライバルチームまで口にするほどでした。

左からトニ・エリアス選手、ケーシー・ストーナー選手、ロリス・カピロッシ選手。 [写真タップで拡大]

しかしこのレース、ブリヂストンタイヤの性能が大きく上回っていたというよりは、ミシュランが大きくハズした……というほうが、真実に近いかもしれません。じつはこの年、何度かこういうことがあったのです。ハズしたというのは、サーキットにタイヤを持ち込む段階で、どのタイプもスペックが合っていない状態。2007年はタイヤ本数制限が導入された初年度ですが、使用するタイヤは走行がスタートする前日にマーキングするので、持ち込んだ段階で用意したすべてのスペックがハズれていたり性能が劣っていたりしたら、あとはもう成すすべがありません。

なぜそうなったのかというのは、想像するしかないのですが、恐らく前年にブリヂストンのタイヤがかなり良くなってきたことで、ミシュランが開発を急いだ結果なのではないかと……。大まかに言うと、ミシュランのほうが耐久性で勝り、ブリヂストンのほうがグリップは少し上というのが、参戦開始から数年経ったときの状態でした。ところが我々のタイヤが改良され、グリップを維持しながら耐久性でもかなり追いついてきたので、ミシュランとしてはグリップをもっと上げる開発をしていたのではないかと考えています。開発が進むと、テスト結果からこれがベストという仕様のタイヤを持ち込むわけですが、当然ながらグリップと耐久性の両立は難しいので、実際にレースをしてみたらテストや想定より厳しい使用条件だったので耐久性がまるでダメだった……というのが、ミシュラン側の裏事情だったのではないでしょうか?

第3戦の明暗が、のちの火種に!?

このレース、予選ではミシュランのライダーがトップ3を占めていましたが、スタート後のアクシデントでこのうちふたりのライダーがリタイヤ。そのため、ミシュラン勢がタイヤに問題を抱えていてリザルトを落としたとは一概に言えない部分もあるのですが、予選でポールポジションを獲得したバレンティーノ・ロッシ選手までもが、22周のレースで14周目まで3番手を維持しながら、その後にラップタイムが落ちてずるずると順位を下げ、終わってみれば10位でした。当時のロッシ選手は、前年に最終戦で転倒して6年連続チャンピオンこそ逃したものの、まだまだ速さや成績は全盛期。それが、完走しながらここまで順位を落とすというのは、ある意味で異常なことです。日本のヤマハが掲載したレースレポートには、「昨日もそして今朝のウォームアップでも、同じタイヤを使用して好調だったのに、決勝ではどういうわけか数周走ると何かがおかしくなってポテンシャルを出し切ることができなかった。原因はまだわかっていないが、ミシュランがいま分析を行っている」というロッシ選手のコメントがあります。順位低迷がタイヤに起因することだけは確かなようです。

ロッシ選手は前年あるいはさらに前の年くらいから、「ブリヂストンタイヤは脅威になる」とチームやミシュランに訴えていたと耳にしたことがあります。そして2007年第3戦でのミシュランのタイヤトラブル。このあたりで、ロッシ選手の怒りを買ったのかもしれません。じつはこの年、シーズン中盤にロッシ選手が「ブリヂストンタイヤを使えないならヤマハから移籍する」と言い出して、これがヤマハとブリヂストンタイヤ、さらにオーガナイザーのドルナスポーツを巻き込んだ大騒動に発展するのですが、その火種はこのレースでつくられたのかもしれません。


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