印象的だったウインターテストでのスズキ絶好調

山田宏の[タイヤで語るバイクとレース]Vol.36「排気量が減ったのに、速くなった!」


TEXT:Toru TAMIYA

ブリヂストンがMotoGP(ロードレース世界選手権)でタイヤサプライヤーだった時代に総責任者を務め、2019年7月にブリヂストンを定年退職された山田宏さんが、そのタイヤ開発やレースの裏舞台を振り返ります。2007年、MotoGPクラスは800㏄時代に突入。その開幕に向け、ブリヂストンもタイヤの改良を続けながら開発テストに対応していました。

※タイトル写真は開幕戦カタールGP。BSライダーは#14 ランディ・ド・プニエ選手、#21 ジョン・ホプキンス選手

最初に、ファウスト・グレシーニさんに哀悼の意を表します

ちょうど前回、2007年はトニー・エリアス選手とマルコ・メランドリ選手を起用したホンダ・グレシーニと、ブリヂストンが契約を結ぶまでのことを振り返ったのですが、そのグレシーニ・レーシングを創立して長年にわたりチーム代表を務めてきたファウスト・グレシーニさんが、新型コロナウイルスによる肺炎で2021年2月23日に亡くなったというニュースが飛び込んできました。

グレシーニさんは、ブリヂストンがロードレース世界選手権の125ccクラスに初めて参戦した1991年は、まだレーサーとして現役で125ccクラスランキング2位となり、我々と一緒に戦った上田昇選手にとっては強力なライバルでした。2006年まであまり話をしたことはなかったのですが、前回触れたように2006年7月に初めて契約交渉を開始し、その後は2015年までずっと一緒に仕事をさせてもらいました。彼は非常に優しく、常に真摯な態度で接してくれて、最も信頼できるオーナーの一人でした。本当に信じられない残念なニュースですが、ご冥福を祈るとともに、心から哀悼の意を表します。

トップスピードは落ちても、コーナリングスピードが上がっていた

さて、2007年のブリヂストンは、800ccマシン初年度となったロードレース世界選手権最高峰クラスのMotoGPに、そのホンダ・グレシーニに加えてドゥカティ、スズキ、カワサキのワークスチームとドゥカティサテライトチームのプラマック・ダンティンという、5チーム10名のライダーで臨むことになりました。これまでの990ccから800ccに排気量上限のレギュレーションが変更されるにあたり、もちろん各メーカーは開発とテストを繰り返していました。たしかドゥカティは、2006年の春ごろには800ccでのプライベートテストをスタートしていたはず。8月中旬に開催された第12戦チェコGP直後の合同テストではドゥカティやヤマハが800ccマシンを走らせ、9月下旬に実施された第15戦日本GP決勝翌日からの合同テストでは、ホンダとスズキも加わって800ccを走らせています。

とはいえ翌年に向けたチーム体制での本格的な800ccのテストとしては、2006年最終戦バレンシアGPの大会終了後に実施されたときが最初。当然ながら我々関係者はかなり注目していましたし、世界中のメディアやファンからも大きな注目を浴びていました。そしてこのバレンシア事後テストでは、スズキが絶好調。ジョン・ホプキンス選手がとてもご機嫌だったことを覚えています。テスト初日の序盤か中盤あたりには、すでに前日の決勝レースタイムを破るラップタイムをマーク。このときのマシンについてスズキの関係者に聞いたところ、「フレームは完全に990cc用と同一。ただ800ccのエンジンを載せただけ」なんて言っていたのですが……。トップスピードは10km/h近く落ちていたのですが、それでもラップタイムが同等あるいは向上しているということは、それだけコーナリングの速度が上がり、車両重量が軽くなったことでブレーキングの鋭さなども増したということでしょう。たしかにホプキンス選手も、「コーナリングスピードが速くてスゴくいい!」とニコニコしていました。

そしてスズキに限らず他のメーカーもほぼ全社(カワサキは年明けに800ccマシンをお披露目)、最初のテストから排気量ダウンの影響をまるで感じさせないラップタイムをマーク。我々としては、排気量ダウンでトップスピードは落ち、それに伴って当初のラップタイムは若干遅くなり、その後にレースを重ねることで990cc時代と同じタイムになるだろうと予想していました。しかし現実は、ウインターテストの段階で、各メーカーが用意してきた800ccマシンはすでに990ccマシンより速かったのです。

V型5気筒990ccエンジンを搭載したRC211V(2005年型)。2006年シーズンにはフレームが大きく異なる“ニュージェネレーション”も登場している。

2006年末に翌年のプロトタイプとして公開されたV型4気筒800ccのRC212V。コンパクトさが強調されている。この後、2011年まで800cc時代が続く。

タイヤの性能を超えていたがゆえに……

ブリヂストンとしては、このテストにタイヤを供給するにあたり、2006年シーズンに使用したものをベースに、800ccマシンに合わせたスペックを持ち込んでいました。とはいえ、2006年のレースで実際に使用していたものから大きく変更したという感じではありません。もちろん我々は、メーカー独自の開発テストや、ブルノサーキットおよびツインリンクもてぎの事後テストにもタイヤを供給。そのデータをフィードバックして、改良と思われるスペックを導入していましたが、このうちメーカー独自のテストは実際のレースでは使用されないテストコースやサーキットで走らせているので、比較するデータがなくきちんと評価ができず、タイヤ開発に反映させづらいという事情もありました。

一方で、800cc化されることによるマシンの挙動やタイヤに求められる性能を事前に想定し、それに合わせて内部構造や形状やコンパウンドを大きく変更するというような開発手法は、選択しなかったと記憶しています。それまでと同じように、あくまでも実際に走らせてライダーからフィーリングを聞き、それに基づいて少しずつ改良するというスタンス。ですから、きちんと評価できないテストコースと、たった2回でうち1回はブリヂストン勢の参加がドゥカティのみというグランプリコースでのテストだけでは、800cc用にタイヤを飛躍的にポテンシャルアップさせることはできていなかったはずです。

しかしそれでも800ccマシンはコーナリングスピードがアップし、ラップタイムでは990cc時代の記録をすぐに更新することになりました。この要因をタイヤという側面から考察すると、そもそも990cc時代のマシンというのは、タイヤの性能をはるかに上回るパワーを発揮していて、タイヤのグリップ以上のパワーは制御してスピンを抑えていたため、パワーが多少落ちてもそれほど影響はなく、逆にマシンの軽量化や操縦性の向上によりコーナリングスピードなどが上がったことで、ラップタイム削減につながったのだと思います。

シーズン前に行われた、ほぼ1週間おきのテスト

もちろん我々も、800cc化によってタイヤに求められる性能が変化することを予想していました。コーナリングスピードが上がるということは、簡単に言うならバンク角がより深くなり、そのぶんタイヤのエッジグリップをさらに高める必要があります。シーズンが開幕して第2戦スペインGPのあたりまでは、タイヤ性能を劇的に向上させられたという印象はないのですが、この2007年開幕前のシーズンオフは、テストがとにかく多く実施され、ライダーのコメントを収集する機会が多く、それらを開発につなげました。テストが解禁されてから、1月29~31日までオーストラリアのフィリップアイランドサーキット、2月5~7日はマレーシアのセパンサーキット、2月13~15日にはIRTA(国際ロードレーシング連盟)テストでカタールのロサイルサーキット、2月23~25日は再びIRTAテストでスペインのヘレスサーキット。つまりほぼ1週間おきでテストがあったのです。

このウインターテストでは、ミシュランタイヤを履くホンダワークスのダニ・ペドロサ選手、ヤマハワークスのバレンティーノ・ロッシ選手とコーリン・エドワーズ選手が常に上位という印象でしたが、ブリヂストン勢も決して大きく負けているわけではない状況。そしてここでも、スズキが好調な走りを披露していました。バレンシアはハンドリングコースで、そもそもスズキが比較的得意としてきたのですが、セパンでも速さを見せていて期待十分。また、ブリヂストン勢でこのシーズンオフにとくに大きな注目を集めていたのは、前年にホンダサテライトチームでMotoGPにデビューして、この2007年に移籍してドゥカティワークスに加入したケーシー・ストーナー選手でした。

ストーナー選手は、バレンシアでの事後テストで初めてブリヂストンタイヤを履き、ドゥカティの800ccマシンに乗ったのですが、「フロントタイヤのフィーリングがスゴくいい!」と評価してくれました。MotoGPデビューイヤーの2戦目でポールポジションを獲得し、3戦目で2位表彰台に登壇。抜群の速さをいきなり証明したストーナー選手でしたが、その後は転びまくっているイメージでした。そしてその多くは、フロントからのスリップダウン。その理由はタイヤだけに起因していたわけではなかったのかもしれませんが、とにかくバレンシアで初めてストーナー選手からブリヂストンタイヤに関するフィーリングを聞いたときに、これは転倒が少なくなり、好成績をマークしてくれるのではないか……と期待が高まりました。そしてストーナー選手は、そんな予感どおりの活躍を見せてくれることになるのです。

2007年1月、ウィンターテストがセパンで行われた際のケーシー・ストーナー選手。早々に990cc時代のタイムを上回っていく。

天才的なライディングで、彼だけが当時のアグレッシブなデスモセディチGPを乗りこなしたと言われる。


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