ヤマハのLMWシリーズ最新モデルとなる「トリシティ300」が間もなく発売になる。先行してテスト車両をお借りできたので、2日間にわたって通勤などで使用したインプレッションをお届けしたい。気になる“スタンディングアシスト”の威力、そして最新LMWの実力とは?
快適で安心感のある走りはスクーター界の“グランツーリスモ”
フロント2輪の3輪バイク、ヤマハ「トリシティ300」は同社のLMWシリーズ第4弾。トリシティ125、同155、MT-09ベースのエンジンを搭載するナイケン(NIKEN)に続く最新モデルだ。発売は2020年9月30日ともう間もなくだが、ひと足先にメーカーから試乗車をお借りできたのでインプレッションをお届けしたい。
使用したのは2日間の通勤と、仕事での都内の移動。この新型LMWの最大の特徴である「スタンディングアシスト」については最後にまとめて後述することにして、まずは普通のスクーターとしてのインプレッションから述べていこう。
最初に印象的だったのはエンジンのスムーズさだ。振動は少なく吹け上がりも軽やかで、決して軽いとは言えない車体を快活に押し出していく。自動クラッチの繋がりも唐突さはなく、きわめて自然。自動変速は無駄に回転が上がらないような設定になっており、静かでスムーズなエンジン特性がより際立つ特性だ。
さらに首都高速も利用したが、そこでも十分なパワーを発揮。合流でもまったく不安はなく、250クラスの軽快なモーターサイクルと同じような感覚で走ることができた。なぜ車検つきの300という中途半端な排気量にしたのか疑問だったが、LMW機構によって増大した237kgという車重でも快適に走らせるには250cc+αが必要だったのだと理解できた。
LMWはLeaning Multi Wheelの略で、2輪のバイクと同じように全てのホイールが車両と同じように傾いて走る3輪以上の車両のことだ。フロントまわりに複雑な機構を採用しているため、どうしても車体前半が重くなってしまうが、その代わりに前1輪と比べて際立った安定感をもたらしてくれる。フロントタイヤが滑りやすい路面を通過する際にもグリップ感があり、さらに荒れた路面でも前2輪のタイヤがそれぞれに凹凸を吸収し食いついてくれるので、挙動を乱すことが少ない。
例えば路肩の段差を斜めに突っ切って駐車場に入る際など、普通のバイクであれば浅い角度にならないよう気を遣う場面でも、フロントが片方ずつ段差を乗り越えてくれるので、何事もなかったかのように通過できる。路面電車(都内には都電荒川線しかないが)の線路を斜めに跨ぐようなときにも、特に挙動の乱れはなかった。作動させる場面には遭遇しなかったが、トラクションコントロールシステムも搭載しているので安心感は大きい。ウェット路面でも試してみたかったが、お借りしている期間にそのチャンスがなかったのは残念だ。
LMW機構はパラレログラムリンクという平行リンクが基本となっており、これにナイケンと同様のアッカーマンジオメトリというものが採用されている。簡単に言えば、操舵した際にトリシティ125/155はフロントホイールが常に(おおよそ)平行に切れていくのに対し、アッカーマンジオメトリのナイケンとトリシティ300は全てのホイールが旋回円の中心に対して直角になるように調整されている。見た目には左右フロントホイールの切れ角にズレが生じていくのだが、そのことがかえって自然な挙動を生み出すわけだ。
機構の詳細については割愛するが、トリシティ125/155は車体を寝かしていった際に、あるバンク角から舵角が足りないようなフィーリングになっていき、ライダー側で少しハンドルを切り足してやったほうが自然に操れる傾向が出てくる。それは深いバンク角での話ではなく、日常の街乗りのカーブでも普通にあり得るようなバンク角で、である。ただし「3輪なのだからそんなもの」と思える範疇ではあるし、慣れてしまえばどうってことはないものではある。
しかし、ナイケンやトリシティ300には、そのわずかな不自然さがない。普通のバイクと同じように、車体を傾ければそれに見合った舵角がごく自然についてくる。そこにあるのは、前2輪による広い面で接地しているような感じ(比べると前1輪は点で接地しているように感じる)と安心感、そしてLMW機構による重量の違いくらいだ。
ちなみに前後ホイール径は14インチで、このクラスのスクーターとしては標準的なサイズ。路面の凹凸に対する“いなし”については、前2輪は左右それぞれで衝撃を吸収するために優秀だが、たとえば段差に真正面から入るような、前2輪が同時に衝撃を受ける場面では普通の14インチのスクーターと同じようにドスンとくる。車重があるぶん余韻は大きめかもしれない。とはいえ、日常の街乗りにおけるほとんどの場面では、安定感と吸収性に優れたフロントと、まあ普通のリヤ、といった感じだ。
ブレーキについては、さすが前2輪だけあって強力そのもの。制動力は前2輪それぞれにディスクブレーキを装備しているのでもちろん強力だが、それ以上に“安心してブレーキを強くかけられる”という面のほうが大きい。唐突に利くようなことはなく制動力の立ち上がりもスムーズだ。ブレーキ自体はUBS(ユニファイドブレーキシステム)という前後連動タイプで、前後制動力の配分を最適バランスさせるというもの。左右のブレーキレバーは右:フロント重視/左:リヤ重視といったフィーリングだったが、首都高速などを含め、速度域を問わず自然なフィーリングだった。
トリシティ300の走りには、スクーターならでは快活さと、グランツーリスモのように大らかな安定感と安心感がある。都市型コミューターといった色合いの強い125/155に対し、欧州的な郊外も射程圏内だ。なんならシート下のスペースに荷物を放り込み、そのままツーリングに出掛けてみたくなる1台だ。
新機構「スタンディングアシスト」を使いこなしたい!
お待ちかねの、LMW第4弾にして初採用となるスタンディングアシストについて述べていきたい。これはフロントのパラレログラムリンク内に仕込まれたブレーキディスクを電動キャリパーでロックし、ライダーが任意の場面で車体を立てたまま固定できるという機構だ。
面白いのは、パラレログラムリンクの動きは止まっても、左右の片持ちテレスコピックフォークはそのまま作動する点。バネ上の動きは止まっても、バネ下のフォークは左右それぞれにストロークするのである。これが押し歩きで小さな段差を乗り越える際などでは有利に働く一方で、信号待ちなどの停止時にはやや慣れを必要とする。
スタンディングアシストの操作自体は簡単だ。10km/h以下で左手の人差し指位置にあるスイッチを押せば作動する。ロックを解除するには同スイッチを2回押すか、アクセル操作をするだけだ。
まずは走り出し、信号待ちの停車時に使ってみる。普通に停車し、足を着いて車体を直立させ、スイッチを押す。すると“ピーー”というまあまあ大きめの警告音とともにシステムが作動し、車体が自立を保つ状態になる。あとは足をフットボードに上げて座りながら信号が青になるのを待つだけだ。坂道ならブレーキレバーを握るか、別途パーキングブレーキを使用すればいい(解除し忘れに注意)。なんと快適なのだろう。アクセルを操作すれば“ピーピ-”と鳴ってロックが解除され、そのまま走り出せる。
さて、じつはトリシティ300、シート高が795mmという数字以上に高く感じられ、身長183cm(足は短め)の筆者でも両足にしっかり体重がかかるように足を着くには、着座位置をシート前方に移動する必要がある。となると、せっかくなので足を1度も着かずに停止→発進できるようトライしたくなるのが人情というもの。アシスト機構を停止直前で働かせれば、足を着かずに停止できるぞ、と目論むわけだ。
ここでシステムの使いこなしにスキルが必要となる。筆者が下手くそだからと言われてしまえばそれまでだが、ブレーキをかけながら信号待ちの停止線に近づき、車体をきっちり直立させるべくバランスを取りながら停止するのは、実はそれほど簡単なことではない。
なぜそんなことが必要になるかというと、一定以上に傾いた状態でアシスト機構を作動させると、傾いたままロックされるので車重は内側のフロントフォークで余分に受け止めることになり、これがストロークすることによって自重でさらに傾いていくからだ。もちろん傾きが増さないようにライダーがシート上でバランスを取ることも可能だし、体重の軽い方なら傾きも小さくなるだろう(筆者は装具込みで80kg程度)。とはいうものの、水平になっていないシートの上で座って待つ行為は思いのほか居心地が悪いものだ。さらに、傾いた状態からの発進は、わずかではあっても不用意なふらつきを招きやすい。
スタンディングアシストは10km/h以下で作動させられるので、スイッチを押すタイミングが重要になる。通常の減速でいえば、感覚的には停止前の最後の2mが勝負だ。
スピードメーターの数字が40…30…20と減っていき、10km/h以下になったらスイッチを押す。これを、左右バランスを取りながらやるわけだ。
ここで、停止するまでの間にバイクがわずかではあるが蛇行していることに気付かされる。最終目標である“車体垂直で止まる”ことのために、ライダーは最後の1~2秒という局面でもバランスを修正し続けているということを改めて認識するわけだ。この修正作業の途中でアシスト機構を作動させるのだから、「よき所」にハマらないと傾いたまま停車することになる。
信号待ちでは、毎回のこのようにスケールの小さいチャレンジを繰り返すわけだが、これが存外面白い。無精者の筆者は『止まったら垂直に修正してくれる機構が付けばいいのになあ』と思ったりしないでもないが、それでも毎回足を地面に向かって伸ばすよりは絶対に楽だし、バランス修正というチャレンジが全くなくなってしまったらそれはそれでバイクの面白みも半減だ。新しい機構を搭載するというのはメーカーにとってもチャレンジングなことだし、安全性や快適性が増す方向のものなのだから、採用については大歓迎である。
もうひとつスタンディングアシストの恩恵を挙げておこう。それは、渋滞していてものんびり構えていられる心の余裕をもたらすこと。足を着くわずらわしさから解放されることで、「スリ抜けていこうかな」という邪念が生まれなくなるのだ。これは意外な発見だった。冒頭にも述べた静かでスムーズなエンジンによる余裕のある走りに、LMWの安定感とスタンディングアシストの安心感がとてもよくマッチしている。そんななかに“直立バランスのチャレンジ”という遊び心を持てる部分もある。トリシティ300は、単なる通勤快速には収まらない、大人のグランツーリスモなのだ。
YAMAHA TRICITY300 ABS[2020 model]
捕捉情報として、スタンディングアシストを作動させると、解除するまでは電源を切ってもロックがかかった状態を保持し続けることもお伝えしておこう。押し歩きに便利で、かつパーキングブレーキと併用すれば一時的にそのまま停めておくことも可能だが、本文中にもある通りサスペンションがストロークするので、誰かが寄り掛かったり強い風が吹いたりした際には傾き限度を超えて倒れる可能性もある。また、仮に長期間そのまま置いておいたとして、バッテリーが上がった場合にはロックが解除できなくなるので注意が必要だ。押し歩きの際にも路面自体の傾きが大きく変わるとバイクもそれに連られて傾くことにも留意しておきたい。
駐車の際におすすめなのは、スタンディングアシストONにしてそのままセンタースタンドを立てること。駐車時の安定性が増すと同時に、スタンドを下ろすときに倒れないという安心感は絶大だ。もちろん普通にサイドスタンドで停めることもできるし、なんならサイドスタンド+スタンディングアシストONという停め方も可能。後者はサイドスタンドで停めるよりも少し起こした状態でスタンディングアシストONとし、そこからアシストONにすればサイドスタンドへの荷重を減らすことができそう。柔らかい路面で緊急的に使えそうな手段だ。
【YAMAHA TRICITY 300[2020 model]】主要諸元■全長2250 全幅815 全高1470 軸距1595 シート高795(各mm) 車重237kg■水冷4ストローク単気筒SOHC4バルブ 292cc 29ps/7250rpm 3.0kg-m/5750rpm Vベルト式無段変速 燃料タンク容量13L■タイヤサイズF=120/70-14 R=140/70-14 ●価格:95万7000円 ●色:灰、マット灰、マット緑灰 ●発売日:2020年9月30日
車両ディテールの詳細については関連記事に詳しいので、そちらをご参照ください。
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