ブリヂストンがMotoGP(ロードレース世界選手権)でタイヤサプライヤーだった時代に総責任者を務め、2019年7月にブリヂストンを定年退職された山田宏さんが、かつてのタイヤ開発やレース業界について回想します。MotoGPクラス参戦2年目となった2003年の序盤、山田さんたちは「まずは初表彰台!」という目標に向けて戦いを繰り広げました。
TEXT:Toru TAMIYA ※本内容は記事公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。※掲載されている製品等について、当サイトがその品質等を十全に保証するものではありません。よって、その購入/利用にあたっては自己責任にてお願いします。※特別な表記がないかぎり、価格情報は税込です。
4ストロークのマシンが使用できない状態でタイヤを設計
ブリヂストンとしてMotoGP(ロードレース世界選手権)の最高峰クラス参戦2年目となった2003年は、新たに契約したプラマック・ホンダの玉田誠選手と、前年からの継続参戦となるプロトン・チームKRの青木宣篤選手およびジェレミー・マクウィリアムス選手にタイヤを供給しました。この年の大きな出来事は、参戦するすべてのチームが基本的には4ストマシンに移行したということ。4ストは前年から走っていましたが、ブリヂストンは2ストマシンを使用するチームのみにタイヤを供給していたので、初めて経験することになります。
ホンダの場合、2スト500ccのNSR500に対して4スト990ccのRC211Vは20%くらいパワーが上がっているとされていて、リヤタイヤに対する負荷はかなり厳しいものになることが明らかでした。さらに車重も少し増えているため、それがタイヤに与える影響もあります。我々としてはさらに未知の部分が増え、参戦2年目ではあるのですが、振り出しに近いところまで戻ったという印象すらありました。
2002年の段階では、RC211Vを使用したテストはできない状況。HRC(ホンダレーシング)から、パワー&トルクや車重に関する大まかなスペックは教えてもらっていたので、マシンがデリバリーされてテストがスタートする2003年1月までは、そのデータを基にタイヤの設計を進めました。大幅に増えたパワーに対して、後輪のグリップ力とトラクション性能をどうやって確保していくかが最大の課題。形状・構造・コンパウンドというタイヤを構成する3要素のすべてを見直していきました。まずは高いグリップ力を確保して、それをいかに持続させるかというテーマは、500cc時代と同じですし、もっと言うならタイヤ開発にとって永遠の課題なわけですが、4スト化によりさらにハードルが上がったわけです。
また、タイヤ開発においてはマシンとのマッチングも重要ですが、我々は2003年になるまで4ストマシンでテストできませんでした。対してライバルメーカーは、1年早く2002年シーズン前のテストから4ストマシンでの開発を進め、2002年の実戦を複数メーカーのマシンで戦ったデータも取得している状態。つまり、経験の差はかなり大きかったと思います。
接地面積を増やすために、ホイールを小さくする
ところで、ハイパワーに対応する方法は、単純に考えるなら接地面積を増やすというのがセオリー。タイヤを太くすれば、これが実現できます。しかし今度はそれによって、マシンが曲がりづらくなったりハンドリングが重くなったりしてしまいます。そこで着目したのが16.5インチ径や後にトライした16インチ。当時は常にいろんな開発にトライしていたので、どのタイミングでどのような仕様のタイヤを投入したのか、今となっては記憶が曖昧なことも多々ありますが、実戦初年度の2002年は17インチでスタートしたものの、すぐに16.5インチを多く使ったような気がします。そして4スト化とともに、16.5インチが完全に主流となり、さらに開発を進めて16インチも検討しはじめました。
なぜ小径リムにするのかというと、接地面積を大きくするためにタイヤを太くしたいのですが、同じリム径と偏平率のままタイヤを太くすると、外径が大きくなってしまうから。外径が大きくなると、ハンドリングの重さが大きなデメリットとなってしまうのです。クルマの場合は、タイヤを偏平にすることで対応できるのですが、バイクの場合はある程度の偏平率を確保しないと、ギャップ吸収性が確保できなくなってしまいます。そこで、外径を維持しながらタイヤを太くするために、リム径を小さくする手法が取り入れられてきました。
鈴鹿の日本GPでは転倒リタイアに終わるものの、ベストラップは4番手に!
まあいずれにせよ、いくら事前に車両データをもらって想定してみても、実際のところは走らせてみるまでわからないわけで、2003年シーズンの開幕前テストはハードな内容になりました。ところがこの年は、タイヤ開発に関してひとつの障害が発生。プロトン・チームKRが新たに導入した4スト5気筒マシンはトラブル続きで、そもそも開幕には間に合わず、第4戦までは前年に使用していた2スト3気筒のKR3で参戦。タイヤ開発において、とくに耐久性の検証に関してまるであてにならない状況だったのです。
そのような事情もあり、玉田選手の実力だけでなくタイヤの性能に関しても“未知数”だらけのまま、4月第1週の日本GPを迎えることになりました。しかしこの大会で、玉田選手が予選5番手を獲得。決勝は13周目に転倒してリタイアに終わったものの、5番手を走行して4番手のセテ・ジベルノー選手を僅差で追い、レース中のベストラップは4番手をマーク。しかも、トップライダーであるバレンティーノ・ロッシ選手やマックス・ビアッジ選手らが6周目にベストを記録してからタイムを下降させたのに対して、玉田選手のベストラップは10周目と、タイヤの耐久性に関しても希望が持てる内容でした。
もちろん鈴鹿サーキットは、玉田選手にとっては走り慣れたコース。しかも開幕前には鈴鹿でテストも敢行していました。それまでにも、やや特殊な環境である日本のコースで好成績を残した日本人ライダーはたくさんいましたし、日本GPの結果だけで玉田選手を評価するのは気が早いことも理解していましたが、“未知数”だらけのMotoGPルーキーがサテライトチームから参戦してこれだけの実力を発揮してくれたことをうれしく感じました。
そして玉田選手は、続く第2戦南アフリカGPこそ14位に終わりましたが、第3戦からスタートしたヨーロッパラウンドで、かなり善戦してくれたのです。ヘレスサーキットで開催された第3戦スペインGPでは6位。ウェットコンディションとなったル・マンの第4戦フランスGPはリタイアでしたが、ムジェロの第5戦イタリアGPでは4位と、まだタイム差があるとはいえトップ3まであとひとつに迫り、シーズン最初の目標にしていた表彰台登壇は近いと自信を持つことになったのです。
ところが、第6戦カタルニアGPで7位となって以降、第7~11戦までは16位、13位、13位、9位、10位と低迷します。当時は多数のファクトリーチームと有力なサテライトチームが参戦しており、サテライトチームから参戦するルーキーとしては、トップ10入りならそれほど悪くない成績と考えることもできるのですが、シーズン序盤に期待を高めていたぶん、もどかしさを感じる時期となりました。もっとも、この第11戦までは、ヨーロッパのサーキットを転戦していて、玉田選手にとっては初めて走るサーキットがほとんど。いまになって振り返れば、そういう状況でよく頑張ってくれていたと思います。
ちなみに、9位となった第10戦チェコGPが開催されたブルノサーキットでは、事前テストも実施していて、非常によいデータを記録していました。そのため我々は、初表彰台を達成するならこのコースなのではないかという期待もあったのです。しかしそれは実現できず、シーズンは間もなく終盤戦。我々はやや焦りを感じていました。
一方で、玉田選手がレースで記録する数々のデータに救われることも……。例えば自信があったチェコGPは9位に終わりましたが、前年のレースタイムに照らし合わせると、玉田選手は3位に入賞できるタイム。つまり、我々が進化していないのではなく、ライバル全体のレベルアップが著しいということがわかりました。10位だった第11戦ポルトガルGPでも、区間タイムのうち最終のセクションT4では、ロッシ選手やジベルノー選手よりも玉田選手のほうが速いことも判明しました。結果が残せないレースが続く一方で、我々には表彰台に向けた光も見えていたのです。
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