MotoGP ’20シーズン開幕直前

’19 MotoGPを振り返る〈ホンダ後編〉【みんなで喜び合えるのがレースの醍醐味】

手が届かないところに行ってしまった──。ライバルたちにそう思わせるほど強かった、’19シーズンのマルク・マルケス選手×ホンダRC213Vの組み合わせ。ホンダ・レーシング関係者の話を交えつつ”苦しいシーズン”について振り返る。後編となる本ページではホンダの強さの源に迫る。


●文:高橋 剛 ●:取材協力・写真:本田技研工業 ※本内容は記事公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。※掲載されている製品等について、当サイトがその品質等を十全に保証するものではありません。よって、その購入/利用にあたっては自己責任にてお願いします。※特別な表記がないかぎり、価格情報は税込です。

前ページより続く)

改めて’19年のシリーズランキングを見直してみる。ホンダは、ファクトリーチームがマルケスとロレンソ、サテライトチームがカル・クラッチローと中上貴晶という陣容だ。

マルケスは圧勝を飾ったものの、次点のクラッチローはランキング9位に留まった。以下、中上が13位、そしてロレンソが19位。仮説に意味はないが、マルケスがいなければ完敗どころの騒ぎではない。サテライトチームだけで比較しても、クラッチローはヤマハのクアルタラロ、そしてドゥカティのジャック・ミラーの後塵を拝している。

桒田氏、若林氏は「苦しいシーズンでした」と口を揃える。マルケスの4連続タイトルという華々しさからすると疑いたくもなる言葉だが、実際に楽な戦いではなかったようだ。

……というより、「楽な戦いではない」と思い続けること、そうやって緊張感を保ち続けることこそが、ホンダの強さの源になっている。 

マルク・マルケス選手[レプソル・ホンダ]

’19年型RC213Vは、比較的大がかりな変更を受けた。エンジンへの吸気レイアウトをよりストレートにするために、ヘッドパイプに穴を開け、そこをダクトが貫通している、とされる。ホンダは公言していないし、写真でも明らかではないのだが、若林氏は否定もしない。「横から見ると真っ直ぐドンと吸気ダクトが配置されたのは確かです。ヘッドパイプまわりがだいぶ変わるので、車体の変更には苦労しました」 

その「苦労」とは、エンジン性能、車体性能の両方を高めるためのものだ。桒田氏はこう説明する。

「どのみち穴は開けるなら、それを肯定すればいい。そうすれば、今までとは別の剛性バランスのフレームを作っていけるんです。設計上の制約がなくなったと捉えれば、自由度は高まる。エンジンのためにフレームが性能を失うことはあり得ないし、その逆に、フレームのためにエンジン性能が損なわれることもあり得ない。狙いはあくまでも両方を高めることです」

19年型RCVは明らかにエンジンパワーが向上している。内部的には相当な見直しを受けたことに加え、吸気レイアウトの変更も大きく影響しただろう。そして同時に、車体性能も高めてしまおうとするのだ。 

だから、「苦しいシーズン」となる。言ってしまえば、あれもこれも、すべてを欲しがるがゆえの苦労だ。だが、その姿勢がなければ勝ち続けることなど到底できない。

「負けて悔しいのは当然」と桒田氏。「ですが、勝っても『もっといいものを作りたい』と思うんですよ(笑)」

19シーズンのマルケスは12勝を挙げたが、満足した様子はついぞ見せなかったと言う。

「勝っても勝っても勝ち足りないようなんです、マルクは」と桒田氏。「つくづく貪欲。常に危機感を持って、成長し続けていますよ。走行後も汗だくになりながら微に入り細にわたってコメントしてくれるんですが、その精度はどんどん高まっている。フィジカル、メンタルも鍛え続けている。

その姿勢は、私たちエンジニアもまったく同じです。常に少しでもよくしよう、速くしようとしています」

桒田氏も若林氏も「努力」という言葉を使わない。彼らにとって、それが当たり前だからだ。そのモチベーションの源は、意外にも人間臭く、泥臭いものだった。桒田氏が言う。

「何かをやろう、何かを作ろうという時に、自分たちだけでは何もできないんですよ。部品の製作にあたって具体的に協力してもらう企業さんも必要だし、そうやって作ったマシンをうまく運営してくれるチームも必要だし、才能あるライダーも必要です。

もっと言えばスポンサー様も関係各位、そしてもちろんファンの皆さんも含め、たくさんの方たちが関わりあってくださっているからこそ、レースが成り立っている。

皆さんの思いを背負って、私たちはレースをしているんです。そして、その思いにきちんと応えるには、結果を出すしかありません」 

若林氏も「勝つと、みんなに喜んでもらえるんですよ。自分たちも心から『よかったなぁ』と思える」

「エンジニアはそこに喜びを感じるんです」と桒田氏。

「多くの人たちに『おめでとう!』と言ってもらえること。それがレースの醍醐味です。自分の仕事で、こんなに多くの人が喜んでくれる。しかもすぐに結果に出るから、自分の仕事の意味や価値も実感しやすい。こんなに素晴らしいものはありません。

そして絶対に忘れてはならないのは、ライダーの存在です。彼らはリスクを背負って命懸けで走ってくれる。彼らのためにも、私たちは安心して速く走れる最上のマシンを提供し続けたい」

ロレンソに適合し切れなかったこと。マルケスが連覇したこと。悔しさと喜びの両方を、同じように進化に結びつけようとするのだ。その動機が、周囲やライダーへの純粋な感謝や敬意だとしたら──。

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