真剣に走ること、それがすべてじゃない

世界GP王者・原田哲也のバイクトーク Vol.12 「ロレンソのクラッシュに思うこと」

  • 2019/7/1

1993年、デビューイヤーにいきなり世界GP250チャンピオンを獲得した原田哲也さん。虎視眈々とチャンスを狙い、ここぞという時に勝負を仕掛ける鋭い走りから「クールデビル」と呼ばれ、たびたび上位争いを繰り広げた。’02年に現役を引退し、今はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。そんな原田さんのWEBヤングマシン連載は、バイクやレースに関するあれこれを大いに語るWEBコラム。第12回目は、カタルニアGPで3人のライダーを巻き込んでクラッシュしたホルヘ・ロレンソについて。

TEXT:Go TAKAHASHI

MICHELIN

「スタート5秒前でもサインに応じろ」というプロ意識

ヨーロッパラウンドに入って、ますます盛り上がってきたモトGP。少し前のことになりますが、6月16日に行われた第7戦カタルニアGP決勝でのホルヘ・ロレンソ(ホンダ)の転倒について触れたいと思います。2周目に、アンドレア・ドヴィツィオーゾ(ドゥカティ)とマーベリック・ビニャーレス(ヤマハ)、そしてバレンティーノ・ロッシ(ヤマハ)を巻き込んでリタイヤした、あのクラッシュです。

最初に言っておきたいのは、いろいろな見方があって当然だ、ということです。ここで書かせてもらうのは、あくまでもかつてGPを戦っていた僕の考え方で、これが正解かどうかは分かりません。見方も考え方もいろいろあると思います。

僕の見解としては、あのクラッシュはナシです。あってはならない。2輪のバイクでレースをしている限り転倒は仕方ありませんが、他車にぶつけることはできるだけ避けなければならない。しかもわずか2周目に転倒するなんて、勢い任せの若手ならまだしも、5回も世界タイトルを獲っているトップライダーが犯すべきミスではありません。

「元レーシングライダーとして、ロレンソの気持ちは理解できる」としつつ……。

というのは、モトGPはれっきとしたプロスポーツだからです。僕は現役GPライダー時代、アプリリアに加入した時に、チームからプロ意識を叩き込まれました。「あなたたちライダーが走れるのは、ファンやスポンサーやメディアがあってこそ。彼らとの関係を大事にしなさい。もしスポンサーにサインを求められたら、それがレーススタート5秒前であってもきちんと応じなさい」と。

もちろん、実際にスタート5秒前にサインを求められることはありませんでした。でも、それぐらいの心構えでいろ、ということは本気で教え込まれました。年間何日かはスポンサーやメディア対応、そしてイベント参加などファンサービスに充てることが契約でしっかり決まっていました。アプリリアの前に所属していたヤマハでは、僕はもっと守られていました。走ることに専念できた。ヤマハに限らず、日本のファクトリーはそういう傾向がありました。当時は当たり前のように思っていましたが、それが正解だったのかは……。

今、全日本ロードが難しい局面に立たされているのは、実は僕たちの時代の負の遺産じゃないかと申し訳なく思うことがあります。レースが盛り上がっていたあの時代に、僕たちエントラント(参加者)は、もっともっとファンやスポンサーの皆さんを大事にするべきだったんじゃないかと。真剣に走ることがすべてだと思い込み過ぎていて、モータースポーツの成り立ちを忘れていたんじゃないかと。

見てもらえなければ、レースは成立しない

モータースポーツは、れっきとしたスポーツです。走っていた身としては、フィジカルにもメンタルにも高いレベルが求められるスポーツだと理解しているし、ライダーはいろいろな意味でアスリートだと思う。その一方で、モータースポーツは巨大なショービジネスでもあります。参加している側はつい忘れてしまいがちですが、どんなに真剣な戦いであっても、見てくれる人がいない──つまりショーとして成り立っていなければ、そもそもレース自体が成立しないんです。モータースポーツは、他のスポーツと比べてケタ違いにお金がかかりますからね……。

全力であること、頑張っていることなんて、競争をしているんですから当たり前です。そのうえで、見て面白いショーになっているかどうかが非常に大切です。全日本が盛り上がっていたあの時代に、僕たちがそういうプロ意識を高く持っていれば、スポンサーもファンも離れることなく、もっと日本に定着していたのではないかと思うんです。

GPも、ドルナがプロモーターになり、スポーツとしての賛否はありながらも、ショービジネスとしては大成功を収めている。今やF1よりも人気のレースになって、多くのスポンサーが集まり、ライダーの契約金も上がり、エントラントは大きな恩恵を受けています。それもこれも、見て面白い、魅力的なコンテンツになっているからです。オンボードカメラの見応えのある映像、レース直後のライダーたちのインタビューを始め、豊富なコンテンツを作るために、ライダーを含めGP全体が協力している。

メーカーの論理で言えば、もっと開発競争をしたいというのが本音かもしれません。今はレギュレーションの縛りが厳しいし、タイヤもワンメイクです。モータースポーツとして見れば、技術面での進化度合いが遅くなっているのは事実です。でも、そのおかげでマシンの差が拮抗し、レースは毎回白熱して、見応えのある面白いバトルが展開し、多くの人たちが見てくれる。その恩恵の方がはるかに大きいと僕は思います。レベルは高いですしね。

Quartararo, Catalunya MotoGP race 2019

原田さんがモト3時代から注目していたクアルタラロは同じカタルニアGPで初表彰台をゲット。

さて、そういう目でロレンソをクラッシュを見ると、やっぱりナシだと僕は思う。ロレンソは真剣だったし、調子もよく攻めることができていた。ビニャーレスをパスするチャンスだった。そして人間が走らせるバイクのレースである限り、ミスすることも、ミスによる転倒もあり得ることです。焦りがあったでしょうし、ガソリン満タンで止まりにくい面もあったでしょう。元レーシングライダーとしてはよく分かります。だから、ロレンソという個人を責めているつもりは僕にはありません。

でも、スタートしてわずか2周目で、トップ争いをしている3人を巻き込んで自分もリタイヤなんて、ショーとしてはあってはならない。プロのレーシングライダーとしてやってはいけないことです。これが最終ラップで優勝を懸けてのバトル中ならまだ理解できます。ですが、序盤からトップ争いしていた上位陣がいなくなってしまっては、レースが面白くなくなってしまったのは間違いありません。シーズンを通してのチャンピオン争いにも、大きな影を落としてしまいました。

「じゃあ、ああいう場面では攻めないことが正解なのか」という意見もあるでしょう。「そんな手抜きのレースは見たくない」と。もちろん手抜きは論外です。でも、多少なりとも安全マージンを残しておくべきだと僕は考えます。少なくともレース2周目のあの場面は、まだ余裕を持っておくべきタイミングだった。スタート直後でレースが落ち着いておらず、他を巻き込む可能性が高い場面だったわけですからね。

こういう時、便利な言葉として「レーシングアクシデントだから仕方ない」と言われますし、実際、ミスもレースの一部と言えます。人間ですからね。でも僕としては、転倒による影響の大小に応じて適切なペナルティを与えるべきだと考えます。やってはいけないミスは明確にルール化して、しかるべきペナルティがあって当然です。少なくとも他車を巻き込んでの転倒は、ペナルティがあっていいでしょう。転倒しなくても抜く方法、勝つ方法はいくらでもありますしね。

最初にも言いましたが、これはGPに参加していた僕の意見です。ファンの皆さんを始め、別の見方があってもおかしくありません。そして繰り返しになりますが、ロレンソ個人を責めているわけでもない。ただあのクラッシュは、プロスポーツとして、プロライダーとしてのあり方を考えるうえで、とても象徴的だったと思います。

モトGPが成功している今、特に僕が気にしているのは全日本ロードのことなんです。真剣に走ることも大事ですが、それよりももっと大事なことがある……。モトGP第7戦カタルニアGPの2周目に起きたクラッシュを見ながら、自分たちが走っていた時代の反省も含めて、改めて僕はそう考えています。

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原田哲也

原田哲也

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1993年ロードレース世界選手権(WGP)250の世界チャンピオン。1992年に全日本で同クラスのチャンピオンを獲得し、翌年に初挑戦のWGP250で戴冠した。現役当時のニックネームは「クールデビル」。'02年に現役を引退し、現在はツーリングやオフロードラン、ホビーレースなど幅広くバイクを楽しんでいる。