特集:ナイケン徹底解剖#5/5

ヤマハNIKEN(ナイケン)を作った熱き男たち【開発者インタビュー】

ヤマハ・ナイケン

フロント2輪の強烈な存在感。見たことのない近未来的なデザイン…。バイクの常識をことごとく覆して、2018年バイク市場において大きな話題となったヤマハNIKEN(ナイケン)は、ヤマハの「バイク愛」がたっぷり込められた1台だ。このニューモデルを徹底解剖する本特集、最終編#5では世界初のスポーツLMW市販化を実現したヤマハの開発者にインタビュー。ナイケンに対する彼らの並々ならぬ熱い思いについてお伝えしたい。

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ナイケン

私も真っ先に購入予約しました

NIKENプロジェクトリーダー:鈴木 貴博さん

「そもそもLMWでスポーツバイクを作ろう=ナイケンを作ろうということになったのは、トリシティの開発によって導かれたことでした。トリシティを開発する過程でLMWの利点がいくつも見つかっていったわけですが、その中でフロント2輪は、安心感だけでなくスポーツ性も実は大きく秘めているということをテストライダーも含め乗って感じていたんです。コレはちゃんと作ると面白いぞと。しかし、トリシティのLMW機構そのままでは”ステアリング干渉”という障壁があることも分かってきました。トリシティはコミューターですので、それが影響するまでのバンク角は持たせていなかったのですが、ナイケンは別。スポーツするためにバンク角45度という設定は外せません。ステアリング干渉がある状態で走ってみると何かが違う。私たち開発メンバーも皆バイクが好きでこだわりがありますから、それは許せない。最終的にこれを解消する”LMWアッカーマン・ジオメトリー”にたどり着いたことで、市販車開発に完全にGOサインが出せたという感じです。

ヤマハ・ナイケン

最も大変だったのは、軽快感を出すことでした。実は安定感という部分ではLMWの機構で何の問題もなく実現できてしまったんです。むしろ、開発当初は安定感が高すぎて困ってしまったくらいです。ここでもメンバーはこだわり派ばかりですから、スポーツバイクとしてはちょっと動きが鈍くなってしまうなんていうのは許せません。とことん妥協しないで理想のものを作り上げたという感じですね。実は私も真っ先に購入予約に申し込みました。作り手が自ら惚れ込んで手に入れたいと思う自慢の仕上がりです。

ナイケンは、ある程度バイクを乗り継いできたライダーをターゲットにしています。経験がある皆さんだからこそ、乗ってみればその魅力や実力をしっかり感じてもらえるのではないかと思っています。ナイケンはスポーツ性だけでなく、LMWによる疲れにくさといったメリットも兼ね備えています。ツーリングに出かけてワインディングを気持ちよく走り、”こんなに楽しかったんだな”という、初めてバイクに乗った頃のような新鮮な心地よさを再認識してもらえると嬉しいですね」

スキーのパラレルを想像してみてください

車体設計プロジェクトチーフ:平川 伸彦さん
「”ステアリング干渉”と言っても、なかなか理解するのは難しいかもしれませんが、”LMWアッカーマン・ジオメトリー”を使わないとバンクしていくに連れてフロントタイヤの向きがどんどん外に開いていってしまうと考えてください。スキーのパラレルで例えると、板の先が開いていると速度が落ちたり、キレイに曲がれませんよね。両方の板の向きがキチンと揃っていないとスポーティには滑ることができません。これと同じことが言えるんです。タイヤの向きがキチンと定まるようになっているナイケンは、実に気持ちいいコーナリングを見せてくれますよ。

ヤマハ・ナイケン

スポーツ性を実現するためには、LMW機構でフロントヘビーになりがちなところ、自然で軽快なハンドリングを実現するために前後重量配分も徹底しました。ライダーを重要なマス要素と考えて乗車位置を吟味。跨るとちょっと後ろかなと思われても、走り出すと自然でしょう? 前後配分はライダー抜きだと60:40ですが、乗車時には50:50を実現するようにしたんです。細身のMT‐09と比べて足着き性がちょっと厳しくはなりましたが、これはLMWで重くなったぶん剛性的にフレームを広げた…というわけではなく、快適性のためのみです。ナイケンはロングツーリングも楽しんでもらいたいモデル。そのために疲れにくいようシートを広めに取ったからなんです。足着き性を良くするためにシートのアンコ抜きはしない方がいいですね。せっかくバランスさせたライダーディメンジョンが崩れてしまいますから。ちゃんとローダウンリンクキットも作りましたから、そちらを使っていただくのがベストです(笑)。

スポーティさの実現のためにはタイヤもこだわっていますよ。タイヤはブリヂストンの協力によって専用品をわざわざ作ってもらいました。具体的には構造から通常のモーターサイクル用とは違っていて、こちらの方がフロントは軽くなっています。だから、サイズが合うからと違うタイヤを履かせたらハンドリングはきっと重くなってしまうでしょうね」

今回のデザインはLMW機構を力強く表現

プランニングデザイン:安田 将啓さん

「ナイケンのデザインはいかがですか? 簡単に表現するのは難しいかもしれませんが、”なんだか野獣が前脚で掴みかかってくるような…、そう思ってもらえたら私たちの狙いどおりです。

今回はフロント2輪というLMW機構を、スポーツバイクとしていかに力強く見せるかということが当初からのキーコンセプトでした。ナイケンのプロトタイプであるMWT‐9の時代から、この考えは同じでしたね。片側2本と特徴的なフロントフォークはトリシティでは内側に装着されていましたが、バンク角の深いナイケンでは機能面でも意味のある外側に装着されています。こうしたメカ的に力強さが感じられる部分を最大限に活かしたデザインとしました。とにかくLMWをしっかり見せたい、多くの皆さんに知ってもらいたいということで、機構の周囲を隠すような造形は避けたり、パラレログラムリンクが目立つようにあえて違う色で塗装してみたりといった工夫もしています。苦労した点と言えば、ブレーキホースなどがデザイン上の邪魔にならないよう配管方法を模索したりといった細かい部分でしたね。

ヤマハ・ナイケン

異形なスタイルではあるんですけど、実は無駄な部分というのはないんです。ボリュームあるフロントフェイスも正面から見ると平行四辺形のように左右に変化するLMW機構を収めるため。メーター脇の盛り上がっている部分も内部ではバンクしたときにフロントフォーク上部がギリギリまで上がってきているんです。ミラーについても一般的なタイプも考えたのですが、視線移動を含めて考えた結果、この位置がベストという形になりました。

LEDのヘッドライトにはMT‐ 09にも採用されている最新のユニットを使用しています。このユニットは配光特性が安定しており、配置自由度が高いヤマハ自慢の技術のひとつです。複数を組み合わせることで色んな表情を持たせられるので、今回もデザインに大きく役立ちました。そうそう細かいところで言うと、軽量化のために内部のライトステーひとつとっても開発陣は形状にこだわっているんです」

スポーティかつ快適な専用セッティングになっています

エンジン設計プロジェクトチーフ:鈴木 明敏さん

「LMWでスポーツバイクを作るとなった際に、ヤマハが持つ様々なエンジンを検討したのですが、最終的にNIKENに求められる要素にもっともバランスのよいMT-09の直列3気筒=CP3エンジンをベースとしました。パワーに優れ、かつコンパクトサイズにまとまっており本当にいいエンジンだと思います。

ただ、MTのCP3エンジンそのままでは、ナイケンのキャラクターに対してちょっとレスポンスが尖りすぎている部分がありましたので、FIセッティングなどを最適化。さらにクランクウェブの慣性マスも18%増やして、MTよりは粘りのあるマイルドな方向の特性にしました。ナイケンはスポーツバイクであるとともにロングツーリングを楽しむためのバイクでもあるので、爽快であると同時に快適な走りを楽しめるようなセッティングを目指したんです。

ヤマハ・ナイケン

また、ナイケンでは全体重量がMTより大きく増えていますが、クランクマスを増やしたことで発進加速もトルク不足を感じずスムーズに行える利点がありますね。さらにトランスミッションにはYZF-R1と同じ素材を使用しました。これは表面処理とかではなく材質そのものがMTとは違っています。重量増も含めたミッションにかかる負荷に対して十分な強度を確保することが狙いです。

先ほどツーリングを楽しんでもらうためのバイクでもあると触れましたが、CP3エンジンとしてはトレーサー900に続いてクルーズコントロールも搭載しました。それにアシスト&スリッパークラッチやクイックシフターもありますから、ぜひ長距離も堪能してほしいと思っています。ワインディングまで疲れずに行って、現地ではスポーティな走りをたっぷり楽しんで、またあまり疲れずに帰宅する、そんな楽しみ方を私たちは目指しました」

コーナリングが一段上手くなった気になります

車両実験プロジェクトチーフ:前田 周さん

「“LMWアッカーマン・ジオメトリー”を見つけるまでは、深く寝かせていくとフロントタイヤの向きが互いに理想の方向とズレてしまい、引っ掛かり感というかハンドリングの重さに繋がっていました。そこを克服できたのがナイケンです。ハンドリングのイメージとしては、2つのフロントタイヤの間にあたかも一般的なバイクのタイヤが通っているような感じで、ごく自然に進行方向が掴めるようなものとなりました。

ヤマハ・ナイケン

LMWによるフロントタイヤの限界は、よっぽどμの低い状況だと現れるかもしれませんが、一般の道路だとなかなかお目にかかれないと思います。我々も散々テストしたわけですが、フロントが滑って困るような状況は、アイスバーンの上くらいのものでした。構造的にはリヤの方が若干軽いため、限界が来るとしたらそちらが先になるでしょう。ただ、もし滑ったとしてもゆっくりで、フロントが落ち着いていることから挙動も安定しているので、そのあたりでも安心感に優れています。それにスポーツバイクとして、ハイレベルなライダーなら、トラコンを切ってリヤタイヤを意図的に滑らせることで、より向きを変えるといった走りにも十分対応できる設計になっています。

“一段上の上手くなった気になれる”というのがナイケンのキーワードのひとつです。やっぱり初心者から安心感を持ってコーナリングを楽しめるのが何よりの強みでしょう」

LMWでは初のトラコンを採用しています

電装設計プロジェクトチーフ:八木 俊紀さん

「LMWでは初のトラコン搭載車となります。これまでの一般的な2輪では前輪と後輪の2つのホイールの車速差で演算していましたが、LMWでは2つの前輪とひとつの後輪ということで演算方法が変わって、より複雑になっているのが大きな違いです。演算部分はトリシティがABSで既に導入しているため、理論的に確立している部分ではありました。そのため大きく苦労したというわけではありませんが、やはり排気量も違うということでしっかり造り込みを行いました。トラコンの段階設定については、基本的に他のヤマハスポーツバイクと同じような感じとしています。全体的に介入を早めたりとか、そうしたキャラクターにはしていないですね。本当に普通の2輪感覚で乗ることができます。

ヤマハ・ナイケン

メーターはナイケンにふさわしい質感を持った反転液晶による専用のものを新作しました。電装面で苦労した点は、やはりハーネスの取り廻しですかね。デザインの邪魔になってはいけないし、かと言って内部に余裕があるわけではない。かなり一杯いっぱいに詰まっています。そもそもLMW機構やエンジンを外に見せるデザインになっていますから配線を隠せる部分は実は多くない。ナイケンには本当に無駄な部分というのがないんですよ」


ここで紹介させていただいた方たち以外にも、数多くの開発者がナイケンに携わった。いずれもバイクを心から愛し、その楽しさを追求することを喜びとしている。彼らの想いこそが新しい創造を生み出す原動力となっているのだ。


●まとめ:宮田 健一 ●撮影:松井 慎/飛澤 慎
※この記事は『ヤングマシン2018年12月号』に掲載されたものを基に再構成したものです。

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