頂点を極め、ロードレース史にその名を刻みつけた男たち。荒れ狂う2スト500ccのモンスターマシンをねじ伏せ、意のままに操った彼らのスピリッツは、現役を退いて時を経た今もなお、当時の熱を帯びている。伝説の男たちが生の声で語る、あのライディングのすべて──。ヤングマシン’12年11月号掲載の「THE CHAMPION TECHNIQUE」復刻インタビューの最後を飾るのは、“キング”ことケニー・ロバーツ御大です。
●インタビュー:高橋 剛 ●インタビュー撮影:真弓悟史 ●レース写真:ヤマハ発動機/YMアーカイブス ●取材協力(当時):株式会社モビリティランド/ヤマハ発動機株式会社
ひとたびこの乗り物を愛し、ライディングを愛してしまったら、もう戻れない
この男が「キング」と称されるのは、世界GPで3連覇を達成したからではない。 ロードレースに革新的なライディングスタイルを持ち込んだからでもない。 ケニー・ロバーツの小柄な体には、みっちりと詰まっているものがある。 それは、確として揺るぎない信念と、バイクへの深い愛だ。
15分バイクに乗るだけで 世界はすべてOKになる
── 今もバイクに乗るのが楽しくて仕方がないそうですね。
ケニー・ロバーツ(以下KR) 12歳の時から、私はバイクに乗り続けている。……ちょっと待て、50年も経つのか! 信じられない(笑)。
今もバイクを楽しんでいるが、毎日乗っているわけではない。だが、もしバイクを取り上げられたら、私の人生はそこで終わりだ。私は「モーターサイクル・パーソン」なんだ。
モトクロッサーにも乗るし、自宅のコースでダートトラックもする。イベントなどでレーシングマシンに乗ることもある。街乗りもするよ。クルーザーを持っているし、オフロードもオンロードも走る。
あらゆるジャンルのバイクが楽しいんだ。バイクはバイク、みんな同じだ。タイヤがふたつ、エンジンがひとつなら、私は何でも乗る。楽しむためにね。それが私の人生なんだ。
── そんなにもバイクを愛している理由を教えていただけますか?
KR それは無理だね(笑)。理由なんて自分でも分からないんだ。
でも、バイクは私を解放してくれるんだ。仕事のトラブルで腹が立って仕方がない時、15分バイクに乗るだけで、ヒュッ、すべてが消える。ひどい頭痛さえ治ってしまう。
どんなに難しい世界に生きていても、2時間もバイクに乗れればそれですべてOKだ。バイクは、私の内なるパワーの源なんだよ。
今もバイクに対する情熱を持っている。私の息子(ケニー・ロバーツ・ジュニア)は世界グランプリでチャンピオンになったが、私ほどの情熱は持っていなかった。今の彼は、バイクなしでも生きていける。私はそうではない。私はバイクに乗らなければならないんだ。
── ストリートを走る時は、何を感じているのでしょうか?
KR ひたすらリラックスしているよ。私はいいクルマを持っているし、クルマで出かけることもあるが、時間の無駄のように感じてしまうんだ。
どこかに行くならバイクの方が楽しい。新鮮な空気をヘルメットに受けながら、気持ちいい道を走るんだ。妻にとっても、バイクのタンデムシートの方がずっといいはずだよ。
── バイク乗りっていうのは、誰も同じなんですね……。
KR そうだと思う。みんな同じ情熱を持っている。それを説明するのはとても難しいことだ。
ひとたびこの乗り物を愛し、ライディングを愛してしまったら、もう戻れない。1、2時間も走れば、誰だって「ファンタスティック!」と言うに決まっている。
── 一方で、バイクには「危険」という側面もあります。
KR バイクでの転倒は避けられない。足を出さずに止まるだけで、ゴロンだ。危なくないとは言えない。
だが、危険なんてどこにでもあるものだ。今この部屋で転んで頭を打つことだってできるからね(笑)。危険はどこにでもあるが、自分次第で切り離すことができるんだ。
── 日本人はリスクを避けたがる傾向があります。だからバイクのように危険を内包する乗り物を敬遠しがちです。
KR 「バイクは危ない。だから乗るな」。それでは問題は何ひとつ解決しない。問題はバイクの危険性じゃない。必要なのは、ライダーが危険をコントロールできるようになるための教育システムだ。
経験のないライダーがいきなり速いバイクに乗るのは、非常に望ましくない。もし速いバイクに乗るなら、まずサーキットで学ぶべきだ。
ストリートでより安全に乗るために、サーキットでライディングを学ぶ。そうやって危険を減らしていく。日本のサーキットはもっと開かれた場になった方がいい。
ヨーロッパのサーキットは、週末、街乗りのライダーたちが走れるんだ。お金さえ払えばね。レースをしている人たちではない。ごく一般的な街乗りライダーだよ。
速い人も、遅い人もいる。女性も子供もいる。みんな同じ方向に走っているから、危険は少ない。日本にもそういうシステムが必要だと私は思う。しかるべき場所で乗り方を学べば、バイクはより安全に楽しむことができるからね。サーキットはもっと開かれるべきだ。
バイクは危険かって? ああ、危険だよ。だが、クルマだって危険だ。要するに、危険を減らすためにすべきことをすればいいんだ。
── バイクはリスクがあるからこそ、人間性を育むという面があります。この乗り物からは、危機管理や自己責任を学べる。
KR その通り。だが、そう考えられるのは年齢によるところが大きい。残念なことに、ティーンエイジャーの脳はそこまで成熟していない。
だからこそ、若者にライディングを教えるシステムが必要なんだ。「君は速くない」「君はバイクの乗り方を分かっていない」と分からせる。それが分かった時に初めて、彼らは安全に目覚めるんだ。
だから私は若者たちに、ダートでライディングを教えている。彼らはダートで何度も失敗し、自分がうまくも速くもないことに気付く。そしてコントロールの術を学ぶんだ。
教習所なんかなくして、ダートコースをたくさん作った方が、日本の バイク環境はもっと安全になるんじゃないかと思うほどだよ。
── 実現はかなり難しそうです……。
KR ああ、無理だろうね。ダートトラックは、何度も転んでケガをするようなものだから。
だが、教習所でのろのろ走っていても、バイクがどう加速するか、どう減速するか、どう乗ればいいか、まったくつかめないままだ。
安全なライディングを教えたいからと、「コーナーは5マイル(約8km/h)で曲がれ」なんて、バイクについて何も教えていないに等しく、まったく実際的ではない。
まずはバイクという乗り物の基本的な概念を学 ぶべきだ。標識がどうとかは、後回しでいい。乗り方をキッチリ理解してから、公道に出るべきだと思う。
人は確かにお金さえ払えばストリートバイクを買うことができる。しかし、乗り方を知らないままバイクを買い、公道を走るなんて、ブル・シット(クソ食らえ)だ。
教習所の走りなんて誰でもできる。でも公道でいきなり正面からクルマが向かってきたらどうする? どうやってブレーキを使えばいいか、バイクがどうスライドするか分からなければ、大問題だろう?
私の妻は日本の教習所で免許を取った。だが、彼女はバイクの乗り方をまったく知らなかったよ! 私は彼女のためにミニバイクを用意して、ダートコースを走らせた。スライドしたり転んだりしながら、彼女はバイクについてたくさんを学んだよ。バイクにどう乗ればいいのかをね。
── 日本人にはミスは恥だと考え、なかなか挑戦しない気質があります。
KR 練習でミスをしておいていざという時に助かるか、いざという時にいきなりミスをして死ぬか、どっちを選ぶかという話なんだよ。
私だってミスをする。3年に1回は転ぶんだ。若いライダーたちは1日に5回は転ぶけどね(笑)。でも、そんなことは構わない。大事なのは、転倒しないことじゃない。転倒を減らしていくことだ。いいかい、私でさえまだ転ぶんだよ。
── だからバイクを愛し続け、乗り続けるんですね。
KR その通り。同じサーキットを何周走っても、すべての周が違い、すべてのコーナーが違うんだ。やめる理由がない。
今、ロードレーサーではかつてほど速く走れないが、頭は昔と同じように働いている。ダートトラックでは、相変わらず攻め続けている。
私は限界まで攻めるのが好きだ。
※本稿は2018年4月4日公開記事を再編集したものです。 ※本記事は“ヤングマシン”が提供したものであり、文責は提供元に属します。※掲載内容は公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。※掲載されている製品等について、当サイトがその品質等を十全に保証するものではありません。よって、その購入/利用にあたっては自己責任にてお願いします。※特別な表記がないかぎり、価格情報は税込です。
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