ブリヂストンがMotoGP(ロードレース世界選手権)でタイヤサプライヤーだった時代に総責任者を務め、2019年7月にブリヂストンを定年退職された山田宏さんが、その当時を振り返ります。2010年のMotoGPは、ヤマハワークスチームのホルヘ・ロレンソ選手がチャンピオンに。ブリヂストンはワンメイク2年目のシーズンを、きめ細やかな対応で乗り切りました。
TEXT: Toru TAMIYA
ライバル勢の怪我もあって、シーズンを圧勝したロレンソ選手
前回話題にしたように、“火星のような”場所にあるサーキットで初めて開催された2010年のアラゴンGP。その翌戦は、本来なら4月開催予定だったのにアイスランドでの火山噴火による影響で10月に延期された、第14戦日本GPでした。チャンピオンシップは、ヤマハワークスチームのホルヘ・ロレンソ選手が、ホンダワークスチームのダニ・ペドロサ選手を56点リードしたランキングトップ。この日本GPを含めて残り5戦でしたから、ペドロサ選手としては挽回に向けて後がない状態だったのですが、蓋を開けてみたらペドロサ選手はFP1(練習走行1回目)の3周目に転倒して負傷……。これにより、ロレンソ選手のチャンピオンがほぼ確実になりました。ペドロサ選手は日本でもファンが多いライダーのひとりですから、欠場にガッカリした記憶があるMotoGP好きの方々も多いかもしれません。
ちなみにこの年は、あのバレンティーノ・ロッシ選手が初めてブリヂストンブースでのトークショーに参加してくれて、そのことはこのコラムの第50回で話題にしたのですが、このトークショーにはこの年に日本人で唯一MotoGPクラスにフル参戦するライダーだった青山博一選手も参加してくれました。当時に別の媒体で書いたコラムを読み返してみたら、青山選手のトークショーでは、ロッシ選手の“足出し”が話題になったようです。
MotoGPライダーがコーナー進入時のブレーキングでイン側の足を出して走るのは、現在ではごく普通になっていますが、これは2009年あたりにロッシ選手が取り入れた走法。2010年の日本GPでは、そんなロッシ選手の足出しが、以前よりも目立っていたようです。司会者から「前のライダーが足を出すと抜きづらいのでは?」なんて聞かれた青山選手は、ロッシ選手に倣って足出し走法を取り入れていたエクトル・バルベラ選手の名前を挙げて、「相手がバルベラ選手ならそれほど気になりませんよ。足が短いから」と、ブースを沸かせてくれたようです。まあ、バルベラ選手は足が短いのではなく身長が169cmなので、例えば181cmのロッシ選手と比べたら体格が小さいだけなんですけどね。ちなみに、青山選手はもっと小さくて165cmです。
そしてこの年のチャンピオンシップは、日本GPの翌戦となった第15戦マレーシアGPで3位に入ったロレンソ選手が、自身初のシリーズタイトルを獲得。ライバルのロッシ選手とペドロサ選手がケガで戦列を離れる時期があったことから、シーズンが終わってみれば2位のペドロサ選手とは139ポイント差という、ロレンソ選手の圧勝となりました。ブリヂストンとしては、MotoGPでワンメイク2年目のシーズン。その序盤から中盤にかけ、ライダーからはタイヤのウォームアップ性に関してリクエストがあったので、気温が下がるラスト3戦はリヤのソフト側にそれまで使っていなかったエキストラソフトコンパウンドを導入するなど、対応面での細かい調整はあったのですが、用意するタイヤのスペックは基本的に大きな変更を加えませんでした。とはいえ、シーズンスタート前にソフトとミディアムのコンパウンドを改良して、温度レンジをよりワイド化。それらの成果もあって、満足できる内容のシーズンとなりました。
ストーナー選手はホンダ、そしてロッシ選手はドゥカティへ!
この年も、シーズンを締めくくったのはスペインのバレンシアGPでしたが、この最終戦および決勝日の翌々日から2日間実施されるバレンシアテスト(翌シーズンに向けた事後テスト)は、とても注目を集めました。というのも、この年でロッシ選手がヤマハを去り、翌年からドゥカティワークスチームに移籍。そしてケーシー・ストーナー選手が、ドゥカティからホンダワークスチームに移籍するためです。2人のチャンピオン経験者、そしてMotoGPライダーの中でも別格のロッシ選手がメーカーを変更するのですから、話題にならないわけがありません。
バレンシアGPのレースウィークにはレース以外にも数々のイベントがあり、金曜日に招かれたのはヤマハのパーティ。パドックのVIPビレッジで開催された会には150名くらいが集まりました。パーティは2部構成で、第1部はロレンソ選手のチャンピオン祝賀会で、第2部がロッシ選手のお別れ会。ロッシ選手だけでなく、チームスタッフやメカニックなど、この年でチームを去る人たちが1人ずつ紹介され、しかも各自のメモリアルビデオが流されていました。あのような演出は、心がすごく温かくなります。また、スポンサーもそれぞれ壇上に呼ばれ、タイトル獲得記念の盾をいただきました。
決勝日の夜は、FIM(国際モーターサイクリズム連盟)による恒例のMotoGP表彰式。会場はコンサートホールで、テレビ放映もされるので、まるで日本レコード大賞……というような雰囲気です。ここでもMoto2の表彰後に、富沢祥也選手のメモリアルコーナーがありました。すると、司会者がコメントを読み上げているところで会場から拍手が沸き起こり、それはすぐに鳴り止むどころか徐々に高まり、最後は会場の人たちが全員スタンディングオベーション。来場者のほとんどがスペイン人なのにもかかわらずです。あれにはとても感動したし、同じ日本人として目頭が熱くなるものがありました。
そしてその翌々日、バレンシアテストがスタートするわけですが、やはりロッシ選手が母国イタリアのドゥカティに乗り、しかもストーナー選手がホンダデビューとあって、サーキットには例年以上の観客が集まりました。イタリア人ジャーナリストたちは舞い上がって、走行開始の1時間も前からロッシ選手のトレーラー周辺に群がるほど。ところが、この日はあいにく天候が悪く、朝に降った雨で路面がぬれている状態で、時間になっても誰ひとりとして走り出しません。それでもロッシ選手のピット前にはものスゴい数のカメラが待機。イタリアのテレビ局は、走行開始予定時間の10時からずっと生中継していたので、1台も走っていないコースをバックに、解説者は時間をつなぐのに四苦八苦していたそうです。ロッシ選手のピットも、シャッターが閉まったままでしたしね。
まあ、とはいえ路面は徐々に乾いて、午後にはみんな走行開始。2日間のテストは翌年にフル参戦するメンバーが全員参加して、無事に終了しました。私も非常に興味があった、ロッシ選手とストーナー選手のメーカーチェンジ。そこで走行終了後には、両選手にみずからコメントを聞きに行きました。2人とも、かなりポジティブなコメントだったのを覚えています。面白いのですが、このバレンシアテストというのは例年、メーカーを変えたライダーが「今年のマシンよりいい」なんて、揃いも揃ってポジティブなコメントを残す傾向にあります。本当はそんなこと、あり得ないはずなんですけどね。翌年に向けて、ライダーのモチベーションが高まるからだと思うのですが、これはバレンシアテストの“あるある”ネタです。
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