圧倒的な技術力を備えているホンダが、まさかの苦戦…。モトGP’21シーズンのホンダは、マルク・マルケスが3勝を挙げたものの、低調に終わった。絶対王者マルケスに負傷の影響が残り、本調子を取り戻せない中、開発チームには今までとは違う次元のチャレンジが求められている。ホンダ開発チームへのインタビューをもとに、元GPライダーの青木宣篤氏が分析する。
●文/まとめ:ヤングマシン編集部(高橋剛) ●取材協力:ホンダ
【解説:青木宣篤】2ストのGP500ccクラスと4ストのモトGPクラス両方を戦い、ブリヂストンやスズキの開発ライダーも務めた。モトGPを心から愛するライディングオタク。
惨敗のシーズンを糧に’22年のマシンへと活かす
まさかホンダが、こんなに苦しむとは…。ホンダとしては”惨敗”と言っていいシーズンだっただろう。
’21年は、マルク・マルケスが3勝を挙げたものの、前年の負傷の影響が尾を引き、ランキング7位に終わった。チームメイトのポル・エスパルガロはKTMから移籍したばかりで、ランキング12位。ホンダのファクトリーチームでは考えられないような順位だった。
その原因がどこにあるのか、シーズンを通して自分なりに考察してきたつもりだ。その答え合わせの意味合いもあって、ホンダが開催したオンラインのモトGP取材会に参加した。ホンダ・レーシングレース運営室長の桒田(くわた)哲宏氏は、「非常に厳しいシーズンでした」と振り返る。
「’20年も厳しかったんですが、それよりさらに…」と、率直に認めながらも苦い表情を浮かべた。
「’20年型はタイヤの使いこなしと動力性能ナンバーワンを目指しました。それを受け、’21年型は安定性や旋回性、スロットルの開けやすさ、そして空力性能なども見直し、『扱いやすさ』を重視。ホットな話題である車高デバイスにも取り組みました」と説明するのは、’21年型RC213V開発責任者の程毓梁(チェン・ユーリャン)氏だ。
「今になって振り返ると、’21年の前半戦は競合他社に対してタイヤの理解度が不足していましたね。そのことを真摯に受け止めてタイヤの理解を進め、ハードウエアもアップデートしていきましたが、序盤の遅れを取り戻すには至りませんでした」
桒田氏が補足する。
「ライダーは常にリヤタイヤのグリップ不足を訴えていましたね。どうにか解決しようといろいろトライしました。タイヤに余計な外乱を与えず機能させるとは、いったいどういうことなのか、根本から考えました。その結果、解決のためには車体全体を大きく変えていく必要がありました。いろんな技術手段を投入しましたが、実は’22年型のエッセンスも入れ込んでいるんです」
“リヤタイヤのグリップ不足”は、’21シーズン中に多くのライダーたちからたびたび聞かれたコメントだ。もう少し具体的に聞いてみると、「路面コンディションなどさまざまな要因によって、グリップの変化が大きかったんです。簡単に言えば、過敏だった」
チェン氏も、「決勝レースでの耐久性もそうですが、絶対的なグリップ力自体も、他メーカーに比べると劣っていたのが事実だと思います。予選で前の方につけられなかったのは、皆さんが見ての通りですね…」
「第12戦イギリスGPでポル(エスパルガロ)がポールポジションを獲りましたけどね」と桒田氏は苦笑い。「路面μによってはタイヤのパフォーマンスを引き出せない状況があったのは確かです」
扱いやすさとパワー。相反する要素を追求
ワタシの見たところでは、’21年のホンダは実に多くのフレームを試している。現在のモトGPはエンジンの開発は凍結されているが、車体の開発は自由に行える。縦/横/ねじれ剛性のいいところを模索していたように見えたので、そのことをチェン氏に尋ねてみた。
「大きく分けると2種類のフレームを試しました。その中でもいろいろな仕様違いがありましたので、実際の数で言えばもっと多いです。
ただ、青木さんがおっしゃるように、縦/横/ねじれ剛性の最適値を狙って開発したわけではありません。’21年型RCVのコンセプトは『扱いやすさの追求』でしたので、それを具現化するためのフレーム開発を行った、ということです」
桒田氏は、「トライ&エラーでいろいろやってみたんですよ。アイデアが正しいかどうかは、実際にやってみないと分からない。事実、試行錯誤の中で分かったこともたくさんあります」
チェン氏はたびたび「扱いやすさ」と言った。
意外と思われるかもしれないが、安全性はレーシングマシンの開発において非常に重視されている。パフォーマンスを高め、限界に挑戦することはレースの宿命だが、だからといってライダーを危険にさらすわけにはいかない。日本の各メーカーは、特に安全意識が高いのだ。
そして今のモトGPマシンは、非常にハイパワーなエンジンを搭載して高速かつ高荷重。それを支えるフレームも、安全を考えると高剛性化しやすい。これがまた扱いやすさとは相反する要素で、簡単に言えば”硬すぎて曲げにくいフレーム”になりがちなのだ。
チェン氏は「高剛性=安全というわけではないが、私たちが安全第一に考えているのは確かです」と言う。
これはワタシの推測だが、高剛性で硬いRCVのフレームをきちんと乗りこなせるのは、ズバ抜けた身体能力とハードブレーキングが身上であるマルク・マルケスなのだ。強烈なブレーキングからマシンをねじ伏せるようなアグレッシブなライディングだったからこそ、RCVを扱い切れた。だが残念ながら他のライダーには難しかった。
そして’21シーズンはマルケスが本調子ではなく、他のライダーと同レベルのパフォーマンスになってしまった。そのことが、RCVの”扱いにくいさ”を露見させたのではないか…。
そんな推測を桒田氏にぶつけてみると、「おっしゃられていることは、あながち間違っていません…」と苦笑いした。
「ずっと言っているように、私たちはマルク・マルケスのためのマシンを作っているつもりはありません。ですが、結果的にそうなっていたことは否めない。私たちも無意識のうちに、『他のライダーもマルケスのような走りができるようになればいいんじゃないか』と思っていたのかもしれませんね」
本調子ではなかったマルケス。だからこそ明確になった課題
桒田氏は最後にこうも付け加えた。
「マルケスがケガをして本調子ではないことは、もちろんネガティブな要素です。でも、そのおかげで私たちは多くを学ぶことができました。’21シーズンで得た知見は、必ず’22年型に生かしていこうと思っています。
それに、マルケス自身も結構変わってきたんですよ。今まで以上に、まわりのライダーをよく観察するようになりました。フィジカルコンディションが思うようにならない中、彼自身の対応力も上がっているように思います」桒田氏は力強く締めくくる。
「扱いやすさを重視しながらも、エンジンの動力性能はあるに越したことはありません。ホンダの色として、負けたくないという思いはある。出力は、まだ足りていません。出し切る。じゃないとライバルに追いつけません」
扱いやすさと反比例しがちな、エンジンパワー。惨敗を経て、’22年型RCVをどうまとめ上げてくるのか、今から非常に楽しみだ。
’21年ホンダの戦績
#93 マルク・マルケス
超人マルク・マルケスも、負傷からの完全復活にはかなり長い時間がかかっている。手負いの状態でも3勝を挙げているのはさすが。思うように走れない期間に、他のライダーのレースを観て学んだことが多かったのだろう。
#44 ポル・エスパルガロ
「予選の1発タイムが出せなかった」と反省の弁を述べていたホンダ開発者たちだが、ホンダ移籍初年度のポル・エスパルガロがポールポジションを獲得している。’20年までのKTMに比べて硬いフレームに順応途中だ。
#30 中上貴晶/#73 アレックス・マルケス
サテライトのふたりは’20年ほどのパフォーマンスを発揮できず。速さはあるのに、まだ不安と戦っている状態だ。ふたりのように中位にいるライダーほど強いプレッシャーにさらされているもの。平常心で戦えばイケる!
※本内容は記事公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。※掲載されている製品等について、当サイトがその品質等を十全に保証するものではありません。よって、その購入/利用にあたっては自己責任にてお願いします。※特別な表記がないかぎり、価格情報は税込です。
あなたにおすすめの関連記事
変則的だった'20年の開催スタイルはスズキの追い風 スズキのチーム体制は非常にコンパクトだ。単純に参戦台数だけ見ても、他メーカーの多くが4台を走らせているところにきて、スズキは2台。予算規模は概ね半分[…]
あらゆる場面で安定性を発揮したクアルタラロ 精神面に脆さを抱えると言われてきたクアルタラロ。シーズン終盤にはドゥカティのバニャイアに圧され、勝てないレースが続いた。しかし冷静さを失わずポイントを積み重[…]
王座獲得はライダー×チーム×マシンの三拍子が揃った成果 '15年以来、6年ぶりにライダーズタイトルを獲得したヤマハ。大変おめでたい。'19年にモトGPライダーになって以降、他を寄せ付けない速さを見せて[…]
どこへ行くのかホンダ… '21モトGP最終戦は11月14日。その直後、11月18〜19日には'22シーズンに向けた公式テストがスペイン・ヘレスサーキットで行われた。'21シーズンから'22シーズンへの[…]
誰が得をしているんだ?? これからいろいろ書きますが、ワタシとしてはあくまでのレーシングライダー側の立場に立ってモノを申しておりますので、あしからずご了承ください。 最近のモトGPを観ていると、「せっ[…]
最新の記事
- 2025年「56レーシング」チーム体制発表! 13歳の富樫虎太郎は全日本J-GP3フル参戦、新たに9歳の木村隆之介も加入
- Wチャンピオンを手土産に世界に再挑戦!【國井勇輝インタビュー】
- 「いつから、いくら下がる?」ついにガソリンの暫定税率廃止へ! 新原付の地方税額も決着……〈多事走論〉from Nom
- 【2024年12月版】シート高780mm以下の400ccバイク10選! 地面に足が着くのはやっぱり安心
- 「これを待ってた」ホンダ新型CB400フルカウル「CBR400RR/CBR400R FOUR」スクープまとめ「かっけー!」
- 1
- 2