
新型コロナウイルス感染症で世界が揺れた’20年にモトGP王者となったスズキのジョアン・ミル。しかし’21シーズンは王座を防衛することができず、ランキング3位に終わる結果に。GSX-RR持ち前の好バランスを崩さないための慎重さが、ライバルにスキを与えてしまったようだ。スズキ開発チームへのインタビューをもとに、元GPライダーの青木宣篤氏が分析する。
●文/まとめ:ヤングマシン編集部(高橋剛) ●取材協力:スズキ
変則的だった’20年の開催スタイルはスズキの追い風
スズキのチーム体制は非常にコンパクトだ。単純に参戦台数だけ見ても、他メーカーの多くが4台を走らせているところにきて、スズキは2台。予算規模は概ね半分ということになる。’21年のドゥカティに至っては8台だから、スズキはその1/4だ。
それで’20年はジョアン・ミルがタイトルを獲得したのだから、費用対効果は極めて大きい。と同時に、ラッキーだった面も非常に大きかったと、ワタシは思っている。
コロナ禍でのシーズンという、ちょっと特異なパターンだった’20年。いくつものレースがキャンセルされ、同じサーキットで2週連続でたびたびレースが行われるという変則的な開催スタイルとなった。
結果としてスズキが不得意なサーキットでのレースが減り、得意とするサーキットでの開催が増えたこともあり、ミルは着実に高得点を稼ぐことができた。レースには運という要素も確実にある。だが、それを掴める時にしっかりと掴むかどうかは、実力次第だ。’20年のミルは、スズキに向かって吹いた風を確実に自分のものにして、王座に就いたのだ。
そして、’21年。スズキ・モトGPプロジェクトリーダーの佐原伸一氏、そしてGPチームテクニカルマネージャーの河内健氏は「スズキとしては、いつもの通りやるべきことをやりました」と口を揃える。結果は、ミルがランキング3位でチャンピオン防衛はならなかった。チームメイトのアレックス・リンスはランキング13位。前年のチャンピオンチームとしてはちょっと寂しいが…。
’20年型のバランスを崩さず継承したものの…
「’20年型から’21年型への変化で外観上分かるのは、ウイング形状と小型化したダッシュボード。あとはカラーリングぐらいでしょうか」と佐原氏。
「エンジンまわりで言えば、(開発制限のレギュレーションにより)本体を変えることはできないので、補機類の変更のみ。吸排気系の見直しや、メカニカルロスとフリクションの低減といったことで出力向上を図りました」
河内氏はこう言う。
「ウチとしては例年通りの取り組みで、開幕前のテストでもまずまずの成果が得られていたんですが、いざカタールで開幕してみると、ライバルの皆さんはもっと頑張ってきていた。『これは厳しいぞ』という予感はありました」
佐原氏が補足する。
「ウチとしては、せっかくの好バランスを崩すのが怖いんです。だから例年と同じように開発して、ライダーからも大きなコンプレイン(不満)はありませんでした。でも、いざレースになってみたら競争力が足りなかった、ということ。レースの成績は、ライバルとの相対的な関係で決まります。ウチは、ライバルに比べて性能の向上幅が少なかった。それがミルのランキング3位という結果に表れています」
佐原氏の語るとおり、 「バランス」はスズキを語るうえで外すことができないキーワードだ。実際のところスズキのバイクはレーシングマシン/量販車の別を問わず、軒並み優れたバランスを備えている。スーパースポーツモデルのGSX-R1000Rなどは素の部分から本当によくできたバイクで、乗るたびに「いいバランスだなぁ」と感心してしまうほどだ。
その源流とも言えるGSX-RRも同様だ。ワタシはこのマシンをテストしたことがあるし、最近も’21年型をライディングさせてもらったが、確かにバランスはいい。だが、それが武器になるかどうかは、ちょっと微妙だ。
GSX-RRは、クモの巣グラフとも言われるレーダーチャートで例えるなら、5角形の性能評価5項目のすべてを4.8に揃えようとしているようなイメージだ。
一方、ライバルメーカーのドゥカティは、数年前までストレートスピードが5.5、コーナリングが3といった調子で、レーダーチャートの凸凹が激しかった。しかし調整を続けるうちに、その突出した”5.5″を武器にしながら、トータルパフォーマンスを底上げしてしまうのだ。
さらに彼らは、評価軸そのものを増やすというとんでもないクリエイティブさを見せる。日本のメーカーが5角形で描いていたレーダーチャートを、いつの間にか6角形にも7角形にもしてしまうのだ(笑)。しかも、何だかんだ言いながらそれらをキッチリと形にしてくる。
こうなると日本メーカーは、後追いするしかなくなってしまう。日本人としては非常に残念というか、忸怩たる思いがある。スズキは特にコンパクトな体制でモトGPを戦っているだけに、いろいろな面で難しさはあると思うが、ひとつでいいから”突出した何か”を見せてほしいと思う。バランスを崩すことから生まれるものも、きっとあるはずだ。

「一番大きく変わったのはカラーリング」と冗談めかす佐原氏(’20年型はスズキ創立100周年記念のスペシャルカラーだった)。実際のところ、’20年型との違いはほとんどないと言っていい。大型ウイングレットも、試行錯誤の結果、元の形状に。 [写真タップで拡大]

地道で実直な開発姿勢がスズキの特徴。モトGPマシンにおいてもその考え方は貫かれている。カウル類を剥いでみても、’20年モデルから大きな変化は見られない。慎重な開発によってバランスは守られているが、コレという突出した強みが見当たらないのも確か。飛躍に期待。 [写真タップで拡大]
カーボンフロントフォークはハンドリングの軽快感向上に寄与している。ブレーキキャリパーには冷却フィンが。一時は素材として熱に強く高剛性なベリリウム合金を用いていたが、現在は禁止されアルミ合金製モノブロックに。だが、アルミ合金はベリリウム合金に比べて熱に強くないため大型化してしまう。これを抑えるためにフィンを刻み、少しでも小型化を図っている。 [写真タップで拡大]
ラスト2戦、予選戦略の見直しが決勝の結果に
バランスを重視した結果、ライバル──特にドゥカティには取り残されてしまった感があるスズキだが、明るい要素もあった。
佐原氏は、「最後の2戦はよかったと思います」と語った。ミルが予選3番手/決勝2位表彰台を獲得した第17戦アルガルヴェGPと、同じくミルが予選4番手/決勝4位だった第18戦バレンシアGPのことだ。
スズキはここ数年、予選のタイムアタックで1発のタイムが出せないことに苦しんでいた。決勝になると粘り強くジワジワと順位を上げ、’20年はその成果としてチャンピオンを獲得できたのだが、ライバルのパフォーマンスアップが著しかった’21年は決勝での追い上げが難しくなり、予選グリッドの悪さがそのまま決勝結果の悪さにつながってしまったのだ。
だが佐原氏の言葉通り、最後の2戦のミルは予選から好ポジションにつけ、決勝もそのまま好成績。予選の重要性が浮き彫りになったレースだった。「作戦なので細かいことは言えませんが、今までもったいないことで損をしていた、ということです。タイムアタック中に黄旗が掲出されてラップタイムがキャンセルされたり、他のライダーとの位置関係で思うようにアタックできなかったり…。そういったことを避けるために、ピットアウトのタイミングを含めて、予選もしっかり戦略立てるようにしたんです」
ワタシも現役時代に経験しているが、予選中、前に誰がいるかでタイムを出しやすかったり、逆に出しにくかったりする。相性というか、一緒に走りやすい相手、走りにくい相手がいて、タイムの出方が若干違う。
本当に”若干”だが、その”若干”がグリッドを大きく分けるのが今のモトGP。決して侮れない。バランスを重視し、コレと言った飛び道具がない今、こういった小さなことの積み重ねが大きな成果を生む可能性はある。
’21年のスズキの戦績
#36 ジョアン・ミル
#42 アレックス・リンス
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