丸山浩の買い替え候補!? ヤマハ トレーサー9GT試乗インプレ【3気筒は7000rpmからバキッと!】

ヤマハ トレーサー9 GT試乗インプレッション

145万2000円という価格にて、3気筒ならではのスポーツ性能に電子制御サスペンションやコーナリングランプといった魅力的な装備をプラスした俊敏ツアラー・ヤマハ トレーサー9GT。愛車の買い替え候補を探しているヤングマシンテスター・丸山浩氏には、特に気になって仕方がないモデルのようだ。


●文:ヤングマシン編集部(宮田健一/中村友彦) ●写真:長谷川徹/真弓悟史

【テスター:丸山浩】今回のテストを行うのは、ヤングマシンでおなじみウィズミー会長・丸山浩氏。弾けるような3気筒エンジンの楽しさに、取材当日の気分はこれまでになくハイ。おかげでプロフィール写真もいつもより高く飛び跳ねた!

車重が重量級ツアラーとは断然違っている

私(丸山)は今、たいへん迷っている…。普段の都内の移動用として、また休日のツーリングの相棒として、3点ボックス付きのマシンが欠かせないものになっている私は、ヤマハFJR1300をずっと長いこと愛用しているのだが、そろそろ新しいのにも乗り換えてみたい。そんなことを思っていた矢先に、同じヤマハから新型の「トレーサー9 GT」が登場。買い替えするとしたら候補になるのだろうか…?

【’21 YAMAHA TRACER9 GT】●色:銀 赤 灰 ●価格:145万2000円

FJRに対するトレーサー9の魅力は、なんといっても1000ccを超えない適度なサイズ感に十分なパワー。そして重量級のFJRとの車重の違い。オートクラッチ仕様のASとの差はなんとは76kg! マニュアル仕様でも69kgもの違いがある。FJRも走り出せば長距離クルージングの快適性には代えがたい魅力があり、新型トレーサー9GTにはそれを覆すだけの魅力があるのか、かなり購入本気モードでワクワクしながらの試乗となった。

このトレーサー9GTは、元々は車名が「MTトレーサー」であったたように、MT-09から派生したバリエーションモデル。’21モデルではそのMT同様に3気筒エンジンをユーロ5に適合すると同時に、排気量をアップ。フレームも完全新設計のものとなった。

KYB製の電子制御サスペンションが新たに付いたことなどで、先代からは約5kgほど重くなっているのだが、リッターアドベンチャーと比べると取り回しは相変わらずラク。車両価格も、そのサスペンションやIMU/コーナリングランプ/上下両対応のクイックシフターといった電子制御が充実したことにより23万円アップしたが、それでも145万2000円。電制サス付きでこの価格はかなり魅力的だ。なお、’21モデルでは機械式サスのSTDは国内発売されない。

先代モデル[左]のイメージを踏襲しつつ、フォルムを洗練させた新型[右]。排気量は845→888cc、馬力は116→120ps、車重は215→220kgへと変化している。

MT-09譲りのエンジンで、峠も元気に攻められる

新設計のフレームは、ヘッドパイプ位置が30mm下がるなどディメンションはかなり変化しているのだが、先代と直接比較したわけではないものの、ライディングポジション的に大きく変わった印象はあまりない。トレーサー9はオンロードに特化したモデルだが、いわゆるアドベンチャー系と同様の雰囲気を持つマシンを適度にコンパクトにした、日本人にも扱いやすい感じ。シート高は2段階に設定できて、標準はローの状態だ。

トレーサーのシート高は810mmなのだが、身長168cmの私だと両足のつま先がツンツンといった感じ。新型MT-09の825mmよりは低いのだが、シート幅があるために09よりは厳しめだ。ボックスに荷物を満載したときのことを考えると少々心許ない気がする。まぁリッター越えの巨大なビッグアドベンチャーと比べれば良好だが、それでも最近はアフリカツインが両足ベタベタに着くようになったり、ハーレーのパンアメリカが停車時に5cmも車高が下がるハイトフレックスサスペンションを装備してきてどんどん身近になりつつあることを考えると、うかうかしていられないという気もするのだ。

【サイズはほどよく扱いやすい】ライディングポジションは高い位置に座って幅広いハンドルを握る、いわゆるアドベンチャー系と同様のものだが、リッタークラスよりほどよくコンパクト。横幅が少ない3気筒で下半身はスリムであるものの、足着きは両足のつま先がツンツンに近いかたちと少々高めだ。[身長168cm/体重61kg]

さて、他社のアドベンチャーたちがエンジンの持ち味で独自のキャラクター設定を打ち出すのが目立ってきたなかで、トレーサー9が持つMT-09譲りの並列3気筒もなかなか負けてはいない。3000〜5000rpmぐらいの低回転域では2気筒のMT-07のような従順さとほどよい鼓動感を楽しませつつ、そこから6000rpm以上へと上昇させていくときのパワーの盛り上がり感、7000rpmを超えるとパッキーンと回る元気の良さは09と本質は変わらず、そこをツアラーという枠組みの中に収めた車体のパッケージングで、09ほど過激には感じさせないながらもしっかりとスポーツさせてくれる。その気になって峠で楽しんでいると、ステップのバンクセンサーがウッカリ削れてしまうほど元気な一面が魅力だ。

トラクションコントロールはプリセットの2モードに、スライドコントロールとリフトコントロールと合わせてそれぞれ3段階を任意に設定できるマニュアルモードを用意。オフにすることもできる。パワーセレクトのD‐MODEも4段階となり、先代からさらに細かくなった。この電子制御も合わせてエンジン設定はMT-09と共通ということだが、トレーサー9はちゃんとツアラーらしい落ち着きを合わせ持っていることもポイントだ。トレーサー専用開発のタイヤもいい感じにマッチングしている。共通コンポーネントを上手く料理したと言えよう。

そしてトレーサー9GTの目玉は、KYBのセミアクティブ電子制御サスペンションだ。モードはドライのスポーティーな走りを主体にウェットにも対応したA‐1と、荒れた路面に適したA‐2の2つ。切り替えてみると、よく動いてショックを吸収するA‐2に対し、A‐1ではかなりコシが出てハードな走りにも楽しく応えてくれる。言うなればMT-09のSTDとSPのサスペンションがスイッチひとつで同居しているかのよう。車両価格はそのぶん上がってしまっているが、いちいちセッティングを切り替える手間を考えれば、他社の電サス装備車が軒並み200万円超えであることだし、150万円以下で手に入るトレーサー9は十分すぎるほどお得だろう。いろんなシーンと出会うツーリングで、このサスは便利だ。

トレーサー9は他にもツアラー装備が充実。マウントにハンドリングへの影響を減少させるダンパーを内蔵したオプションの専用サイドケースは、スリムなのにフルフェイスヘルメットが入ってしまうのだから驚き。しかもサイレンサーは車体下にあるので、両方のサイドケースに入れることができる。そのためタンデムでもトップケースは他の荷物で占有しておけるのは嬉しい。

また、手動式で高さが変えられるスクリーンもツアラーなら必須の装備だ。高速道路ではときどき目の前に風が巻き込むことがあったのが気になったが、ちょっと前傾してみたりスクリーン位置を微調整したりすることで解消できた。MT‐09ではSPのみの装備であるクルーズコントロールも、約50km/h以上で2km/hごとに好きな速度を設定する一般的なタイプが、トレーサー9GTでは標準で付いてくる。ドゥカティの新型ムルティストラーダV4が採用した自動追随のアクティブクルーズコントロール型であればツアラーとしては最高なのだが、そうなると価格が一気にハネ上がるだろうからここは我慢しよう。従来方式のクルコンでも長距離ではずいぶんと疲れずに済む。夜間のワインディングは試していないが、コーナリングランプも嬉しい装備であることは間違いない。

【新設計のダンパー入りサイドケース】重量物であるサイドケースは、ガッチリ固定してしまうと車体の左右の傾きにお釣りが来てしまい、ハンドリングが悪化してしまう。トレーサー9GTはこれにダンパーマウントで対処した。サイドケースマウントはダンパー装備により可動するようになっている。ケースをわざと軽く動かすことで反動を逃がす仕組みだ。

専用のトップ&サイドケースはオプション設定(ステー込みで12万5400円)。トップケースはタンデムストッパーを兼ねており、握りやすいグリップ形状と合わせて2人旅も快適。

【コーナリングランプ】目のように見える部分はヘッドライトではなく、バンク角が7度以上になるとカーブのイン側を照らすコーナリングランプ。IMUで制御している。

速くて扱いやすくて機能十分なマシンが欲しい人にピッタリ

トレーサー9GTは、「アドベンチャー系のビッグツアラーに憧れているけれど御しきれないほど大きい必要はなく、ちょっと軽量でそこそこ扱いやすく、電子制御装備も最先端のものをテンコ盛りまではいらないけれどそれなりに充実したものが欲しい。オフロード性能はまず走ることがないから必要ないかな」そんな風に思っている人はずばりターゲットとなるマシンに仕上がっていた。同じエンジンとフレームを持ちながら、スイングアーム長/タイヤ/各種快適装備とそれに伴う車重増を上手く使ってMT‐09との棲み分けをよりハッキリさせており、3気筒の醍醐味をしっかりツアラーとして楽しませてくれるようになっていた。

サウンドについても、マフラーは同じように見えるのにMT-09より音がうるさく聞こえないよう工夫されている。装備面でも車高自動調整機能やアクティブクルーズコントロールといった派手めな飛び道具こそ持たないものの、電子制御サスペンションを持っているだけでもツアラーとしては十分に高機能。それを150万円以下のパッケージに収めているのだから、スゴいとしか言いようがない。アドベンチャースタイルのツアラーもいろんな個性で細分化されてきたものが増えるなかで、私が乗り換えるとしたら何がいいのか、本当に悩みそう…。

セカンドオピニオン:従来型以上にサーキットが楽しめる

【2ndテスター:中村友彦】旧車から最新モデルまでオールマイティなフリーライター。タイヤへの造詣も深い。

このセカンドオピニオンは、ヤマハが開催したサーキット試乗会の報告である。トレーサー9GTは、見た目を裏切ると言いたくなるほど、思い切ってコーナーを攻められる‼ というのが率直な感想。

従来型でもサーキット走行を楽しめたものの、タイヤが現代のロードスポーツの定番である前後17インチで、アドベンチャーの匂いがする車両としてはサスストロークがあまり長くない(’21年型のホイールトラベルはF:130/R:137mm)新型トレーサーは、パワーユニットとシャーシが格段に洗練され、電子制御のサポートが充実したことも相まって、従来型よりいろいろな面で無理が利き、その結果として速く走ることができる。

ただし、それは「アドベンチャー/ツアラー系のバイクにしては…」という注釈付きで、基本設計の多くを共有するMT‐09と比較すると、やっぱりトレーサー9GTは大きくて重かった。まぁでも同条件で2台を比較しなければ、大きさと重さはそんなに気にならないのかもしれない。

なおMT‐09とトレーサー9の比較で興味深かったのは、ABSとトラクションコントロールの利き方である。作動が非常に滑らかで、利かせながらのブレーキング&アクセルオンが行いやすいMT‐09と比較すると、トレーサー9GTの作動感はゴツゴツしていて、右手から力を抜く場面が何度かあった。

制御系が共通という事実を考えると、この差異は車重やタイヤが原因のようだが、安心/安定感が魅力のトレーサー9GTが、ここぞいう場面で雑さを感じさせるのはちょっと残念。と言っても、この件もサーキットを激走して初めてわかることだから、公道では大きな問題にはならないだろう。

余談だが、今回の試乗後に微妙な難しさを感じたのはタイヤである。前述したように、MT‐09のABSとトラクションコントロールは非常に滑らかだったものの、交換時にOEMのS22ではなく、たとえば同じブリストンでハイグリップ指向のRS11、あるいはトレーサー9GTと同じツーリング&ロングライフ重視のT32を履いたら、現状の絶妙なフィーリングが失われる可能性があるんじゃないだろうか。逆にトレーサー9GTにS22を履くと好感触が得られるかもしれない。電子制御が進んだ現行車は、タイヤ交換時にそういった要素も考える必要があると思う。


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