青木宣篤の上毛GP新聞

元GPライダー青木宣篤が振り返る、ドゥカティ歴代モトGPマシン全見せ【苦難の歴史は進化の歴史】

ドゥカティ歴代モトGPマシン全見せ写真集

●監修:青木宣篤 ●写真:Ducati MotoGP.com

’03~’06:メインフレームレスという挑戦

モトGP開始翌年の’03年、デスモセディチGP3でデビューを果たしたドゥカティ。前方に鋼管トレリスフレームを配しながら、エンジンを主要車体構成部品とするメインフレームレス構造を採用していた。低荷重域では非常に不安定だが、意を決してバチッと高荷重をかけるとビシッと安定する。気難しい特性は量産車とよく似ていた。

ドゥカティ デスモセディチGP3

[’03] GP3:ロリス・カピロッシ(年間4位)&トロイ・ベイリス(6位) [写真タップで拡大]

ドゥカティ デスモセディチGP4

[’04] GP4:ロリス・カピロッシ(年間9位)&トロイ・ベイリス(14位) [写真タップで拡大]

ドゥカティ デスモセディチGP5

[’05] GP5:ロリス・カピロッシ(年間6位)&カルロス・チェカ(9位) [写真タップで拡大]

ドゥカティ デスモセディチGP6

[’06] GP6:ロリス・カピロッシ(年間3位)&セテ・ジベルノー(13位) [写真タップで拡大]

’07~’08:難物を王座に押し上げた天才

年を追うごとにアップデートを続けたが、低く、長く、接地感が得られにくいデスモセディチは、パーシャルがないと言われるほど猛々しいエンジンの出力特性もあって、乗りやすいマシンとは言いがたかった。’06年までの4シーズンでわずか4勝と苦戦していたが、モトGPが800cc化した’07年、ケーシー・ストーナーが加入するや瞬く間に10勝をマーク。それまでの不調がウソのような快進撃で、なんとチャンピオンを獲得してしまった。これはもう天才ストーナーだからできたワザでしかない…。

ドゥカティ デスモセディチGP7

[’07] GP7:ケーシー・ストーナー(年間1位)&ロリス・カピロッシ(7位) [写真タップで拡大]

'07モトGPチャンピオン ケーシー・ストーナー[ドゥカティ]
'07モトGPチャンピオン ケーシー・ストーナー[ドゥカティ]

’07年にチャンピオンを獲得した、天才ケーシー・ストーナー。 [写真タップで拡大]

ドゥカティ デスモセディチGP8

[’08] GP8:ケーシー・ストーナー(年間2位)&マルコ・メランドリ(17位) [写真タップで拡大]

’09~’10:短命に終わったカーボンモノコック

GP9でカーボンモノコック構造を採用。これがまた、曲がらない。ストーナーは’09年に4勝、そして’10年に3勝を挙げているが、これこそ天才のワザ。その様子を見たバレンティーノ・ロッシが「オレならタイトルを獲れるけどね」と、落とし穴にハマるのだった…。

ドゥカティ デスモセディチGP9

[’09] GP9:ケーシー・ストーナー(年間4位)&ニッキー・ヘイデン(13位) [写真タップで拡大]

ドゥカティ デスモセディチGP10

[’10] GP10:ケーシー・ストーナー(年間4位)&ニッキー・ヘイデン(7位) [写真タップで拡大]

’11~’12:もうひとりの天才=ロッシには乗りこなせず…

’11年に意気揚々とドゥカティ入りしたロッシだったが、カーボンモノコックのGP11に乗るや「こりゃアカン!」と驚いた。エンジンも猛々しく、もっとも乗りやすいとされるYZR-M1からの乗り換えはもはや不可能だった。シーズン途中で素材をアルミに変えてみたものの、やはりダメ。そしてロッシらしい強権を発動し、’12年にはそれまでの歩みをすべてひっくり返し保守的なアルミツインスパーフレームを投入させた。

ドゥカティ デスモセディチGP11

[’11] GP11:バレンティーノ・ロッシ(年間7位)&ニッキー・ヘイデン(8位) [写真タップで拡大]

ドゥカティ デスモセディチGP12

[’12] GP12:バレンティーノ・ロッシ(年間6位)&ニッキー・ヘイデン(9位) [写真タップで拡大]

’13:いぶし銀参入でまっとう化

2シーズンでドゥカティを逃げ出したロッシに代わり、’13年、開発能力が高いアンドレア・ドヴィツィオーゾが加入。負の遺産は大きくなかなか成績は出なかったが、マシンはジオメトリーを含めまともな方向に。

ドゥカティ デスモセディチGP13

[’13] GP13:アンドレア・ドヴィツィオーゾ(年間8位)&ニッキー・ヘイデン(9位) [写真タップで拡大]

’14~’15:縦剛性向上に執着し始める

エンジンパワーという武器を生かすべく、ドゥカティはブレーキング性能をどんどん高めていった。この頃から縦剛性の増強に執着。「縦を強くして曲がらないなら、横を弱めりゃいんじゃね?」というノリを感じるが、そううまくはいかない。適切なねじれ剛性が得られず苦しみ始める。ドヴィは問題点を指摘していたのだが……。

ドゥカティ デスモセディチGP14

[’14] GP14:アンドレア・ドヴィツィオーゾ(年間5位)&カル・クラッチロー(13位) [写真タップで拡大]

ドゥカティ デスモセディチGP15

[’15] GP15:アンドレア・ドヴィツィオーゾ(年間7位)&アンドレア・イアンノーネ(5位) [写真タップで拡大]

’16~’19:制動性能にこだわりすぎ

どうにかフロントの接地感を得ようと空力デバイスにこだわりまくる一方、車体作りは迷走を続ける。制動性能は相変わらず高く、エンジン特性も改善されたが、コーナーのボトムスピードが高められず、旋回性は劣っていた。

ドゥカティ デスモセディチGP16

[’16] GP16:アンドレア・ドヴィツィオーゾ(年間5位)&アンドレア・イアンノーネ(9位) [写真タップで拡大]

ドゥカティ デスモセディチGP17

[’17] GP17:アンドレア・ドヴィツィオーゾ(年間2位)&ホルヘ・ロレンソ(7位) [写真タップで拡大]

ドゥカティ デスモセディチGP18

[’18] GP18:アンドレア・ドヴィツィオーゾ(年間2位)&ホルヘ・ロレンソ(9位) [写真タップで拡大]

ドゥカティ デスモセディチGP19

[’19] GP19:アンドレア・ドヴィツィオーゾ(年間2位)&ダニロ・ペトルッチ(6位) [写真タップで拡大]

’20~’21:ドヴィツィオーゾ離脱がどう出るか

マシンの問題点を指摘し続けるドヴィツィオーゾと、ゼネラルマネージャのジジ・ダッリーリャの軋轢が深刻化。ついに’20年をもってドヴィは離脱する。最新のGP21はまたもハデなウイングレットが目を引くが、構成に大きな変化はなさそう。果たして……。

ドゥカティ デスモセディチGP20

[’20] GP20:アンドレア・ドヴィツィオーゾ(年間4位)&ダニロ・ペトルッチ(12位) [写真タップで拡大]

ドゥカティ デスモセディチGP21

[’21] GP21:ジャック・ミラー&フランチェスコ・バニャイア [写真タップで拡大]

マシン&ライダーの変遷まとめ(’03〜’20)

ドゥカティ モトGP参戦マシン&ライダーの変遷

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