スズキ「シン・ハヤブサ」完全解説:総括【飛び道具はいらない。もう知ってるだろ?】

'21 スズキ ハヤブサ

●文:高橋剛 ●情報提供:スズキ

ターボではなかった。6気筒でもなかった。ハヤブサは、ハヤブサだった──。そのことに失望するだろうか? いや、これこそがスズキのスズキたる所以なのだ。変える必要がなければ、変えない。変えるべき点がある時は、徹底的に精査し検討する。分かりやすい飛び道具がないことと引き換えに、ここには信頼できる開発姿勢がある。

きっとじわじわ時間をかけて、この世界に溶け込んでいく

“鈴菌”とか、”変態”とか…。スズキは愛を込めてそう称されることが多々ある。変態の急先鋒と言えるのがハヤブサだ。

有機的なフォルムは、確かに異質だ。世界最速を目指し300km/hの壁を打ち破ったというバックストーリーも強烈な個性と化している。

だが、デザインや背景に見え隠れする変態性は、スズキが生真面目さを覆い隠すためにあえてそう振る舞っている”隠れ蓑”ではないかと感じる。

初代ハヤブサの開発に携わった多くの人々にインタビューしたことがある。商品企画から始まり、エンジン設計/エンジン実験/車体/デザイン/電装とあらゆるセクションの開発者たちに話を聞いたが、彼らはいたって真摯で、丹念で、地道で、実直だった。

長期間にわたるインタビューの果てに到達したのは、初代ハヤブサのどこにも変態性はない、という事実だった。極めてまっとうなメガクルーザーとして、ハヤブサは誕生していた。

初めて乗った時の驚きは、想像とはまるで違うものだった。「こんなにオーソドックスなバイクだったのか」と思わされたものだ。

スロットルを開ければもちろん凄まじい加速フィールに包まれるが、過渡特性が練り込まれているから恐怖感はなかった。ハンドリングは従順でクセがなく、スポーティーではあっても俊敏すぎない。タイトなワインディングでさえ気負わずにライディングできる。正統派ネイキッドに近い感覚だった。変態性などどこにもなかった。

初代/2代目と乗り比べた時にも、強烈な何かを感じることはなかった。初代の印象をほぼそのまま引き継ぎながら、2代目はひときわ上質になり、巨躯を感じさせないほど扱いやすくなっていた。そして、長く乗れば乗るほど、あの巨躯もゆとりという意義があっての選択だと分かる。

数台のバイクで青森から東京に戻ることになった時、迷わず選んだのは2代目ハヤブサだった。欲しい時に欲しいだけのパワーが得られ、気になる引っかかりがどこにもなく、無駄な風圧も感じず、高速道路を安定して走り続け、疲れを知らなかった。

目立った何かはやはりどこにも見当たらない。だが、バイクとしての出来栄えは確実に向上している。2代目ハヤブサにも変態性はなかった。

スズキ ハヤブサ初代/2代目/3代目

新型の3代目は、こういった流れの最先端にある。簡単にまとめてしまえば、初代/2代目の基本設計を受け継ぎながらユーロ5に適合させ、より扱いやすく、より長く楽しめるようにリファインした”だけ”のことだ。

最高出力を落としたことも含めて、「3代目には失望した」という声も、特にヨーロッパを中心に聞かれる。こと変態(とされる)スズキのフラッグシップモデルであるからには、何かしらの派手な飛び道具に期待したくなる気持ちは分からないでもない。

カワサキがスーパーチャージドエンジンを掲げて存分に変態性を発揮しているから、なおさらだ。「真の変態ならもっとすげえモノを見せてくれよ」というわけだ。

さらなる排気量アップ、6気筒化、そしてターボ搭載までも検討…。スズキのエンジニアたちが明かした新型ハヤブサの仕様決定に至るまでのプロセスは、スズキに変態性を求めるファンを大いに喜ばせる。

しかし、そういった飛び道具に簡単には手を出さないのが、スズキのスズキたるゆえんなのだ。

石橋を叩いても渡らない。いったん橋の下に降り、腕組みしながら橋の基礎を見直す。わずかなズレを発見し、修正する。改めて橋の上に戻ると、再び腕組みをして、この橋を渡るべきかじっくりと検討する。

これがスズキのスタイルだ。そして、先進的/躍進的なテクノロジーが踊るレースの世界にあっても、スズキはその慎重な姿勢をまったく崩さない。

’21 SUZUKI HAYABUSA

’20年、スズキは世界最高峰の二輪レース、モトGPで20年ぶりのタイトルを獲得した。GSX‐RRに、少なくとも表向きには際立った飛び道具がないようだった。

’11年をもってモトGP参戦を休止したスズキは水面下に潜り、それまでのV型4気筒から並列4気筒にスイッチ。着実な開発を続けた。あわただしい競争の場から離れていた分、基礎からじっくり見つめ直すスズキらしい開発ができたのだろう。

3年間の潜伏期間を経て’15年に表舞台に復帰した時には、すでにある程度の好バランスができ上がっていた。そこからさらに5年の歳月をかけて、GSX‐RRは完成度を高めていった。

幸いだったのは、開発費高騰を避けるためにモトGPマシンの開発が厳しく制約されていたことだった。エンジンの要であるECUは共通化。タイヤはミシュランのワンメイク。そもそも、飛び道具の使用がほぼ許されない場だったのだ。だからこそ、スズキの強みである慎重で精緻なバランス取りが生かされ、王座へとつながった。

突出した何かがあったから勝ったのではない。モトGPライダーとして2年目のジョアン・ミルがタイトルを獲ったことも、GSX‐RRの普遍性の高さを示している。モトGPマシンにも、やはり変態性は見受けられない。

’20 SUZUKI GSX-RR [2020 MOTOGP WORLD CHAMPION]

スズキのフラッグシップモデルとして、バイクメディアは新型ハヤブサに注目し、喧伝し、ライバルと勝負もさせるかもしれない。だが、ハヤブサの本質はまったく正反対を向いている。

決して派手なバイクではないのだ。スズキが世に送り出すバイクである限り、飛び道具は望むべくもない。だが一方で、変態的なまでに慎重に慎重を極めるスズキが胸を張るからには、優れたバイクであることもまた間違いないのだ。

たとえ分かりやすく突出したサムシングが見当たらなくても、たとえライバルに打ち勝てなくても、乗り込めば乗り込むほど伝わってくる優位点がある。このバイクはきっと、じわじわと時間をかけて世界に溶け込んでいくのだろう。

スズキの新型ハヤブサ開発チームインタビュー動画に、「長いこと乗ってください。10万km、20万km、なんなら50万km…」というコメントがある。決して冗談でも大げさでもないだろう。1年間に2万km走らせたとしても、25年。スズキのオフィシャル動画であるからには、耐久性の裏付けがあっての言葉のはずだ。

スズキ、変態である。

スズキに、飛び道具はいらない。


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