規格を知って、もっと安全に走ろう!

バイク事故 死因の53.5%は胸腹部……命を守る「胸部プロテクター」の選び方


●文:ヤングマシン編集部(上屋洋) ●写真/取材協力:アールエスタイチ

ライダーの胸部を事故や転倒の衝撃から守ってくれる胸部プロテクター。近年は装着率も高まってきたが、ヘルメットのような装着義務があるわけでもなく、安全基準やその選び方など、まだまだ知られていないことも多いと感じる。そこで今回は、胸部プロテクターの必要性や誕生の経緯、現行の安全規格、そして具体的な製品の選び方に至るまで、多くが感じるだろう疑問や不明点を解説してみることにした。これを読めば胸部プロテクター選びの迷いがスッキリ消える!?

頭部より致命傷になりやすい胸/腹部の損傷

バイクの魅力とは何か?それは、風を切る走行感覚やスピード感、さらには4輪に比べて小さいパワーウエイトレシオがもたらす、運動性能の高さや優れた機動性だろう。4輪よりも圧倒的に小さな質量からは、意のままに操り舵をとる感覚や、道路面積に対して小さな占有率が生む解放感も魅力だ。

しかし、これらの魅力はリスクの裏返しでもあり、事故発生時の危険には決して強くない乗り物なのは言うまでもない。では実際に死亡事故が起きてしまった場合の事例を、警視庁のデータから事故統計を見てみよう。

二輪死亡事故の致命傷部位を示したグラフ(2019年に警視庁が集計した東京都内のデータ)。頭部が致命傷となるのは安易に想像できるが、胸部や腹部がこれほど大きな割合を占めていることは、まだまだ認知度が低いと言えるだろう。

データは最も過密で事故のリスクが高い都内における、2輪死亡事故の致命傷部位を示したもの。事故としては単独と右折時の比率が高いとの結果が出ている。歩行者や4輪を避けようとしての単独転倒や道路外への逸脱、4輪との接触で道路上に放り出されたり、相手に激突してしまった状況などが考えられる。

グラフが示すとおり、致命傷となるのは頭部が35.7%で最も多く(死亡事故の4割にはヘルメットの脱落も含まれる)、続いて胸部が32.1%、さらに腹部が21.4%となっている。胸部と腹部の合計は53.5%と、頭部よりも高い致死率なのだ。

衝突相手の4輪車や、縁石やガードレールなどの構造物に胸部や腹部を強打することにより、折れた肋骨が肺や内臓に刺さったり、内臓破裂などを引き起すなどの深刻な事態を招く。外観ではダメージが見えなくても体内で損傷が起きている場合も多く、特に心臓や肺の損傷は重大な生命危機に直結する。これを防ぎ、被害を最小限に抑えようというのが胸部プロテクターだ。

日本における胸部プロテクターの誕生

ライダーの胸部を守るプロテクターを国内で初めて製品化し、1996年に発売したのはホンダの用品部門であるホンダアクセスだった。これは1994年に警視庁から国内の2輪ウエアメーカーに対して「白バイ隊員を守るプロテクターを開発してほしい」という依頼があったのがきっかけだ。

人間の基幹臓器は頭骸骨や肋骨などで守られていることを参考に、「肋骨を二重に守る骨」をイメージして開発されたというが、いくら丈夫でも剣道の「胴」や「甲冑」ではバイクに乗りにくい。そこで考えられたのが、軽量で衝撃に強く装着性にも優れた樹脂を用いた製品だった。

ホンダアクセスが採用した素材は、自動車のバンパーなどにも使用されるポリプロピレンを中空成形したもので、耐衝撃性と成型の自由度が大きいのが特徴。当初はプロテクター入りのベストをジャケットの下に着込むタイプだったが、後に取り付けボタンを装備してジャケットに直接プロテクターを固定できるようになり、さらにジャケットの脱ぎ着を妨げないよう、ファスナー部で左右に分割できるタイプへと進化。

ホンダではこの思想を他メーカーにも積極的に呼びかけ、取り付けボタン寸法の共通化など、メーカーを超えての普及に注力。国内の胸部プロテクター市場に先鞭を付ける役目を果たしている。

国内で最初に胸部プロテクターを発売したのはホンダアクセスだった。ホンダは国内のトップメーカーであると同時に、1960年半ばから安全運転活動を行うなど、製品の開発と共に、人との関わりについても考える姿勢がDNAに流れている。

バイク用ジャケットの内側に付けられた胸部プロテクターの取り付けボタンは、その寸法が共通化されており、メーカー間で互換性がある。

胸部プロテクターの安全規格「CE規格」を知ろう

胸部プロテクターはヘルメットと異なり、装着の義務はない。それゆえ必須となる製品規格も存在しないが、現在国内の主要2輪ウエアメーカーでは、EUの指定製品基準・CEで定められた2輪車用プロテクター規格「EN1621-3」を採用する例が多い。これは胸部プロテクターを対象とした規格で、他には、肩・肘・膝・臀部の「EN1621-1」、背中の「EN1621-2」、エアバッグの「EN1621-4」といった規格が存在する。

今回話題としている胸部プロテクターのレギュレーション「EN1621-3」では、

①乗員への保護面積(人体に合った充分な胸部面積を保護しているか)
②人間工学への適応(人間工学やライディングギアとして適切か)
③衝撃吸収性能(人体に伝わる衝撃を吸収・減少させられるか)
④面剛性性能(衝撃や変形を「点から面」に変換し分散させられるか)
⑤加湿条件での性能(濡れても同様の性能を発揮できるか)

の5項目がそれぞれ評価される。さらにEN1621-3にはレベル1とレベル2というふたつのグレードが設けられており、レベル1は①②③と⑤を、レベル2はそこに④の面剛性性能を追加した評価内容となっている。

これらのテストはヘルメットとは異なり、日本国内に承認機関が存在しないため、海外の承認機関にサンプルを送って試験を行っている。テストの具体的な手法や規格は一般向けの公開が制限されているため、残念ながらここでは解説できないが、ジャンルとしてはヘルメットの試験法と似ている部分もあるので、興味のある方はJIS規格の「JIS T8133 乗車用ヘルメット」を検索すればイメージは読み取れるはずだ。

また、CE規格については今回、2輪ウエアメーカーのRSタイチに話を伺ったが、同社の胸部プロテクターにはEN1621-3の前に「pr」と入る製品が存在する。このprは「以前の」といった意味の英語「pre(プレ)」のことで、CEが胸部プロテクター規格の正式発効に先立ち、2015年に発表した暫定スペックであることを表している。

これは数値的にほとんど変更されることなく、2020年にprを省いた「EN1621-3」が正式発効されたが、RSタイチに「pr」付きの製品が多く存在することは、5年以上前からCE 規格を積極的に取り入れた胸部プロテクター開発を行っていたことを意味している。国産他社に先駆けてCEを基準としていた、同社のこの姿勢は評価に値するだろう。

また、胸部プロテクターに関しては、市販マフラーの認証でお馴染みのJMCA(全国二輪車用品連合会)が、CE規格に合致した製品を推奨する活動を2016年8月から行なっている。ロゴマーク内の星の数が保護能力を表しており、星1つは先述したCEのレベル1に、2つならレベル2に相当することを意味している。

テストを受けたRSタイチ製の胸部プロテクターのサンプル。テストでは金属製の半球形の突起に規定の条件でプロテクターを打ち付ける。中央の白くなっている所が衝撃を吸収した部分。ヒビは入っているものの、割れることなく面剛性を保っている。

向かって左下にあるマークに注目。「CE prEN1621-3」は、プレ規格に合致した乗車用胸部プロテクターであることを、「C-TYPE B」は、チェストワンピースタイプ(=C。チェスト分割タイプはDCと表記)で保護面積が広面積のタイプ(=B)ということを、「LEVEL2」は面剛性の基準を取得していることをそれぞれ表している。

RSタイチが2021年1月に発売予定のNXV018 HELINX レーシング チェストプロテクター(6600円)は、prが付かない正式発効規格「EN1621-3」に同社で初めて適合した胸部プロテクター。2021年1月1日から発効するMFJロードレース規則にも準拠している。ちなみに「C-TYPE A」の「A」は保護面積が狭面積であることを示している。

JMCA の推奨プロテクターマーク。星の数が先のレベル1とレベル2を表している。用品店の店頭などで見られるので購入時は参考になるだろう。

どう選ぶ? 胸部プロテクター

まずは所有しているジャケットの内側を見てみよう。胸ファスナー内側の左右にボタンが数個並んでいれば、現在国内で販売されているほとんどのプロテクターが取り付け可能なはずである。このボタンがない場合はジャケットの下に着るベスト型を選ぶか、またはプロテクター対応のジャケットに買い換える必要がある。最近は胸部プロテクターを標準装備したジャケットもあるので、こちらもお勧めだ。

次に保護性能だが、安全性を求めて購入するのだから、先に記したようにJMCAも推奨しているCE規格(EN1621-3)相当の製品を選ぶのが安心だろう。これもレベル2の製品を選べばより高い安全性が得られるはずだ。

最後は形状だ。当然、面積が広く大きなプロテクターが保護範囲も広く、万が一の際も効果を期待出来るが、自分の体型や使用時の装着感など、ライディング時の自由度を考慮することも重要だ。せっかく装着してもライディング中に辛い思いをするのでは意味がない。友人や知人が使っていれば試着してみるのも良策だろう。

近年は中央部で左右に分割でき、ジャケットの脱ぎ着を容易にしたタイプや、女性用に胸部の形状を変えた商品などバリエーションも増加している。着用のひと手間はあるものの、致死率部位の50%以上を保護出来る事を意識して、より安全なバイクライフを楽しみたい。

ジャケットの種類にとらわれず胸部プロテクターを身に着けたい場合は、このようなベルトやベストタイプの商品を選択する。写真はRSタイチのTRV068 TECCELLセパレート チェストプロテクター(ベルトタイプ。1万6830円)。

分割タイプ(写真左)はファスナーを下ろすのに併せて左右に分割できるため、ジャケットの脱ぎ着が容易。対して一体タイプ(写真右)は取り付けボタンを外す必要があるものの、重量面や強度で優れる。自身の走行パターンに応じて選ぶと良いだろう。

RSタイチのTRV063 TECCELL チェストプロテクター(ボタンタイプ。1万2100円)は一体タイプの胸部プロテクター。同社初のCE規格対応品で、シンプルながら高い基本性能で車両メーカーのOEM品に採用された実績も持つ。

TRV063は胸部を膨らませた形状とした女性用も設定(1万2100円)。もちろん男性用と同様、CE規格に適合している。

中央で左右に分かれ、ジャケットの脱ぎ着が楽な分割可変タイプ。RSタイチの TRV067 TECCELLセパレート チェストプロテクター(ボタンタイプ。1万4080円)は一体型のTRV063に対し約50g重いものの、セパレート型として世界最高の剛性を実現しているという。prEN1621-3 LEVEL 2もクリアしている。

TRV079 HELINX セパレート チェスト(7920円)は、CPS(Chest Protector System)と呼ばれる、胸部プロテクターの収納機能を備えたタイチ製ジャケットに対応する胸部プロテクター。ジャケット着脱時の動きをスムーズにする常時分割式を採用しており、胸部プロテクター脱着の煩わしさから解放される。


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