MotoGP ’20シーズン開幕直前

’19 MotoGPを振り返る〈ホンダ編〉【トップチームを衝き動かす危機感】

手が届かないところに行ってしまった──。ライバルたちにそう思わせるほど強かった、’19シーズンのマルク・マルケス選手×ホンダRC213Vの組み合わせ。より高みを目指すがゆえの”苦しいシーズン”について、ホンダ・レーシング関係者の話を交えつつ振り返る。


●文:高橋 剛 ●:取材協力・写真:本田技研工業 ※本内容は記事公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。※掲載されている製品等について、当サイトがその品質等を十全に保証するものではありません。よって、その購入/利用にあたっては自己責任にてお願いします。※特別な表記がないかぎり、価格情報は税込です。

#93:マルク・マルケス
#99:ホルヘ・ロレンソ

現実的にこんなことが起きるとは、にわかには信じがたい結果だった。もはやマンガだ。いや、マンガにしてもあり得ない荒唐無稽さだ。’19年のマルク・マルケスは、全19戦のうち優勝12回、2位6回。第3戦アメリカGPのリタイヤを除き、完走したレースすべてを優勝と2位で終えたのだ。「チャンピオン」という言葉がこれほど似合う結果もない。各チーム関係者やライダーからも、「マルケスは別として……」という言葉が自然に流れ出る。完全に別格扱いだ。

マルク・マルケス選手[レプソル・ホンダ]

今のモトGPは恐ろしく精度が高い。予選も決勝も、100分の1秒、1000分の1秒という単位で競われている。「重箱の隅を箸でつつくのではない。針でつつくようなものだ」と技術者たちは口を揃える。 

そんな中での、マルケスの圧勝。第15戦タイGPでチャンピオンを決めてからも一切手綱をゆるめなかった。消化試合と言ってもいい残り4レースでさえ、優勝3回、2位1回。シーズン終盤になって勢いを増した新人ファビオ・クアルタラロ(ヤマハ)を徹底的に退け、彼のデビューイヤーでの初勝利の機会を完全に奪った。ここまで来ると、なにか見てはいけないものを見てしまったような気さえしてくる。 

屈託のない笑顔の影に、マルケスは何か恐ろしいものを潜ませているのではないか。モトGPデビューイヤーの開幕前に彼にインタビューしたが、記事のタイトルは「したたかなベビーフェイス」だった。あれから7シーズン、したたかさだけではない何かが、彼とホンダを突き動かしているのではないか。

どのライダーともフェアに向き合っている

’19年末、合同記者会見に臨んだHRCレース運営室長の桒田哲宏氏は、しきりと反省の弁を口にした。後に「苦労話を聞かせてくれ、と記者の方たちに言われたから……」と笑ったが、反省の言葉は真摯そのものだった。

(左)桒田(くわた)哲宏氏:ホンダ・レーシング取締役 レース運営室長。’00年ホンダに入社し、四輪F1エンジン開発を担当。’10年からMotoGPで制御技術開発を担当。’16年からHRCレース運営室長に。MotoGPに限らずHRCのレース活動全体を執り仕切る。(右)若林慎也氏:ホンダ・レーシング取締役 開発室長。二輪R&Dセンターエンジン設計部署から’99年にHRC入り。RC211Vのエンジン設計PLなどを担当した。’05年から再びR&Dセンターへ。’18年4月にHRCに戻り現職に。

主にはホルヘ・ロレンソのことだった。「彼が安心して走れるマシンを提供できなかったのは本当に申し訳なく思っています」と桒田氏。「マルクがチャンピオンを獲り、コンストラクター、チームの各タイトルも獲って三冠を飾れたのはもちろん嬉しい。ですが、ホルヘが望むマシンを作れなかったことは本当に悔しいですね。いいこと、悪いことの両方があるシーズンでした」と振り返る。 

ロレンソは、コーナリングスピードで勝負するタイプのライダーだ。’18年半ばに彼の移籍が決まると同時に、ホンダは周到に準備を進めてきた。過去、ホンダではまったく経験のないタイプのライダー、というわけではない。経験則に照らし合わせながら、「ホルヘが望むマシンはきっとこうに違いない」と、ゼッケン99を付けたRC213Vを作り込んでいった。 

ホルヘ・ロレンソ選手[レプソルホンダ]

ホンダには意地もあっただろう。マルケス+RCVの組み合わせはあまりにも圧倒的で、それゆえに「RCVはマルケススペシャル。彼にしか乗りこなせないマシンだ」という話があたかも事実であるかのように広まっていた。だが、桒田氏はこれを真っ向から否定する。「マルクが望むマシンを作るのとまったく同じように、ホルヘが望むマシンも作る。それが私たちのやり方です。マルクのチームメイトがダニ・ペドロサだった時は、”ダニスペシャル”と言ってもいいマシンになっていましたよ。どのライダーにもフェアに対峙するのが私たちのスタンスです」

同じRC213Vという名を冠していても、中身はまったくの別モノと言ってもいいマシン。マルケスバージョンとロレンソバージョンの違いはかなり大きく、私たち一般ライダーが乗っても分かるほどの差があるのではないか、と桒田氏は言う。「マルケスにしか乗れないマシン」という風評を覆すためには、ロレンソがRCVで目覚ましい走りを見せ、トップ争いを演じることほど効果的なやり方はないはずだった。 

だが、現実は厳しかった。ロレンソのリザルトは最上位でも13位と、まったく振るわなかった。「負傷など思わぬ要因があったとはいえ、ホルヘが満足して安心して走れるマシンにならなかったのも事実。時にはマルクが驚くような速さを見せてくれましたが、好みに合わせ切れませんでした。その要因は、私たちの引き出しの少なさに他なりません」

実に率直に、力不足を認めるのだ。その一方で、開発室室長の若林氏は「ホルヘと組んだからこそ得られた知見もたくさんあります。車体でいえばフレームからトップブリッジまで、エンジンで言えば制御のあり方など、大きく違う方向に振れるだけの経験が蓄積されました」と、技術者たちにとってはプラスになったことを強調する。

――もし、ロレンソが引退せずにもう少しホンダで走っていたら、タイトル争いをしていたと思いますか? 

そう桒田氏に尋ねると、「そう思えなければ、エンジニアを辞めてます」と即答だった。

桒田氏・若林氏は「苦しいシーズンでした」と口を揃える。マルケスの4連続タイトルという華々しさからすると疑いたくもなる言葉だが、実際に楽な戦いではなかったようだ…【’19 MotoGPを振り返る〈ホンダ編〉後半へ続く】

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