かつては「高校生にバイクは不要」と書かれたリーフレットを配布していたほどの”三ない運動”推進県・埼玉が、ここへ来てなぜ運動を取りやめるに至ったのか? 「高校生の自動二輪車等の交通安全に関する検討委員会」で会長を務めた日本大学理工学部の稲垣具志助教に話を聞いた結果、三ない運動の歴史的経緯や日本の安全教育上の課題が明らかになった。
●文:田中淳麿(輪) ※本内容は記事公開日時点のものであり、将来にわたってその真正性を保証するものでないこと、公開後の時間経過等に伴って内容に不備が生じる可能性があることをご了承ください。※掲載されている製品等について、当サイトがその品質等を十全に保証するものではありません。よって、その購入/利用にあたっては自己責任にてお願いします。※特別な表記がないかぎり、価格情報は税込です。
緊急措置としては”三ない運動”を高く評価
(以下、稲垣氏)”三ない運動”というのは歴史的に考えるなら緊急措置だったんです。当時はとにかく対策を打たないと高校生が死んじゃいますよと。バイクが高校生を殺すわけじゃないけど、暴走族が社会問題化したり無謀な運転で命を失うことがあったから、緊急措置としての三ない運動には非常に意味がありました。これは高く評価すべきです。一方、三ない運動の効果が出てきて死者も減り、社会情勢も変化した今、約30〜40年前に行った緊急措置が現在の交通社会の安全を緊急措置としては高く評価考えるにあたってふさわしいかどうかを再検証する必要があるはずです。
消極的な日本の安全教育
日本の交通安全教育というのはけっこう消極的なんです。すごく対象者を守ろうとする。ガードレールや信号機を作れってやってるんですけど、守った子供たちに対して何ができているんですか? という一歩踏み込んだ教育としては弱いところがある。小学生がやっている集団登校で言うと、上級生が下級生を見張っているという程度。例えば、イギリスでは、集団登校は「Walk In Bath」と言うのですが、その中で交通安全教育を体系化して考えています。役割演技法で上級生が下級生に対して「ここはどういうことに注意すべきか」「こういうことは絶対にやってはならない」ときちんと教えます。こうすることで双方の意識が高まるんですが、日本の場合はただ集団で歩いているだけです。守るという意味においては功を奏していても、守られた子供たちが実際の交通社会の中でどういった所作で動くべきなのかなど、そういった教育の機会が失われている状況なんです。
教育の主体が子供じゃない
三ない運動もこれと同じです。高校生をバイクに触れさせないことで守られてはいます。でも、大人になってから乗る人もいます。乗り出したら事故に遭う確率は0%にはできません。三ない運動をやることで教育に乗っかる子供たちの何かしらの成長に寄与することが行われているのであれば構わないけど、ただ単にバイクに乗る機会を3年間遅らせるためだけのものだったら意味がない。「私が教育者としてこの子たちの面倒を見ないといけない3年間は、彼らはバイクで事故に遭うことはありません」と言ってるだけの話です。それでは主体が教育を受ける子供たちになっていない。どちらかと言うと管理する側の視点で言ってるものなのです。高校生が生涯にわたって事故の当事者とならないために必要なことは何なのかを、あらためて考える必要があります。
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